Page25:夜明~白銀継承之刻~

 レイの叫びは、フレイアに届いた。

 目の前にいるフレイアこそが何よりの証拠だった。


「大丈夫? ……そうには見えないかな?」

「フレイア……なんで?」

「なんでって、そりゃあレイが『助けて』って叫んだのが見えたから。だから来た、簡単でしょ」


 堂々と言ってのけるフレイアに、微妙に呆れそうになってしまうレイ。

 もう少し疑いの心持つべきだと内心思ってしまうが、そこで疑わないのがフレイア・ローリングという少女なのだろうとすぐに理解できた。


「てかお前、この短時間でどうやって来たんだ!?」

「ん、聞きたい? それはね~」


 フレイアが理由を言おうとした瞬間、レイの後ろから土が抉れる爆発音とボーツの断末魔が響いてきた。

 振り向くと、ボトリボトリと砕けたボーツの身体が次々に地面へと落ちて行く。

 レイが呆然とその光景を見ていると、落ちて行くボーツの破片の向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。


「レイ!」

「アリス!? お前も来てたのか」

「うん、連れてきてもらったの」


 魔装に身を包んだアリスが、レイの元に駆け寄る。

 レイの傷に気が付いたアリスは、すぐにレイの治療を始めた。

 ミントグリーンの光で傷を癒して貰っていると、森の奥から白銀の美しい毛に身を包んだ一体の魔獣が姿を現した。


「無事だったようだな」

「……スレイプニル」


 足元で再生を始めている変身ボーツを踏みつぶしながら、スレイプニルはレイの元に歩み寄る。

 意外な存在の登場に少々面食らったレイだが、すぐに大凡の状況は理解できた。


「お前ら……スレイプニルと来たのか?」

「うん」

「そゆこと。救難信号弾が見えてすぐに、スレイプニルがアタシ達を運んでくれたの」


 仮にも王獣が個人を助ける為にやって来るなど前代未聞、レイは開いた口が中々塞がらなかった。

 一先ずレイの無事を確認できた。レイがアリスとスレイプニルに守られている事を確認したフレイアは、眉間に皺を寄せながらキースの方を向く。


「さーて、随分ウチの整備士とじゃれ合ってくれたみたいだけど……アンタが事件の犯人で良いのかな?」

「感心しませんね。貴女の様な将来有望な若者が、トラッシュ風情を囲うとは」

「うるさい。教師らしからぬ発言してないで、質問の一つくらい答えたらどうなの?」

「……貴女の想像にお任せします」


 はっきりとした答えを出さないキースにフレイアが苛立ちを募らせていると、治療中のレイが声を上げた。


「犯人で正解だ! 三年前の事件も今回の事件も、全部コイツの自作自演だったんだ!」

「……なるほど、つまりコイツをブっ飛ばせば解決するって事ね」

「おや? トラッシュの戯言を信じるのですか?」

「信じるに決まってんでしょ。レイはアタシの仲間だ」


 それを聞いたキースは呆れかえった様に首を横に振る。

 切断された右足は既に再生を終えていた。


「残念です……貴女は良い戦力になりそうだから、先日の件を不問にして私のチームに迎え入れようと考えていたのですが……残念でなりません」

「先日?」

「せっかく巡回担当の部下を言い包めて、私の華々しい一ページを飾ろうとしたのに……よくもまぁ邪魔をしてくれたものです」


 フレイアだけではない、その場に居る全員がキースが言っている事を理解できた。

 第六地区のボーツ発生事件、その際に巡回の操獣者が来なかったのはキースが手を回したせいだったのだ。


「アンタ、それでどれだけ街に被害が出たか解ってんの!?」

「英雄譚を作る為に必要不可欠な犠牲だよ。結果的に私に助けて貰えるのだ、民衆は感謝して私を祭り上げる! としてね!!!」


 たった一言。その一言が発せられた瞬間、フレイアの怒りは一気に頂点に達した。


「ヒーロー? アンタが?」

「そうさ! 最高の力、最高の人望! 最強の操獣者という証明と名誉! 貴族である私にこそ相応しい称号だ!」

「……ざけんな」

「その為なら手段は選ばん! かつての同胞だろうが民衆だろうが、幾らだって犠牲してみせる!」

「ふざけんなァァァ!!!」


 腹の底からフレイアが咆哮する。威嚇など無い、その声に含まれているのは純然たる怒りだけであった。


「自分の欲の為に人を傷つけて、街を泣かせて! 事もあろうにヒーローを名乗る? どこまで腐ってんのアンタは!」

「自分の評価の為に、他者を利用して何が悪い? 君だってそうだろう? レイ君の才能とヒーローの息子という肩書、それを欲して仲間に入れたのだろ?」

「違う!!! そんなのはどうでもいい。アタシはレイと、チームの仲間達と一緒にヒーロー目指したいだけだ!」

「ハハハハハ、トラッシュとヒーローを目指す? 笑えるロマンスだね。害悪しかまき散らさないドブネズミに高貴な称号は必要ない!」


 そう断言すると、キースが自身の周りに変身ボーツを集めた。


「どの道真実を知られたんだ、全員生かして帰すつもりはない」

「……あぁそう、アタシも口で喧嘩するより魔本こっちの方がいいわ」


 フレイアはグリモリーダーと赤い獣魂栞を構える。


「一つ聞かせて、アンタは何を守りたくて戦ってるの?」

「ふむ、質問の意図を理解しかねるね」


 キースの返答を聞き、フレイアはどこか哀れみの感情を浮かべて言葉を続ける。


「アタシはね、自分が分かる範囲で誰にも傷ついて欲しくない。自分の近しい人達と一緒に未来を生きたい。そう言うバカみたいな我儘を貫きたくて戦ってんの」

「醜い強欲だね、切り捨てる勇気を持たなければ人の上には立てないんだよ」

「人の上に立ちたいなんて思わない。それに、誰も切り捨てなかったからヒーローって呼んで貰えるんじゃないの? 少なくともレイはその心を持ってた」


 そう言うとフレイアは、グリモリーダーに獣魂栞を挿入する。


「レイの夜がまだ続いてるってんなら、アタシがその夜を終わらせる! Code:レッド、解放ッ!!! クロス・モーフィング!!!」


 Codeを解放し、十字架を操作する。

 イフリートの魔力インクがフレイアの身体を強靭なものへと作り替えていく。

 そしてグリモリーダーから放たれた真っ赤なインクが、半袖のローブとベルト、ブーツ、ガントレットを形成していく。

 最後に放たれたインクが、イフリートを模したフルフェイスメットを形成してフレイアの頭部を覆いつくした。


「アリス、スレイプニル! レイの事をお願い!」

「わかった」


 変身を終えたフレイアはペンシルブレードを構えて、キースとその周りにいる変身ボーツに立ち向かっていく。


「無限に等しいボーツを相手にする気ですか? 愚かな……ならせいぜいボーツの津波に飲み込まれてしまいなさい!」


 キースの指示で変身ボーツが一斉にフレイアに襲い掛かる。

 だがフレイアはその圧倒的数を物ともせず、その圧倒的火力で次々に切り捨てていった。


「レイが攻略法を教えてくれたんだ。変身してようがもう怖くない!」

「だけどこの数相手にどこまで戦えますか?」


 フレイアが変身ボーツを一掃すると、キースが次の軍勢を召喚する。

 客観的に見れば絶望的な状況、だがフレイアは挫ける様子を見せず果敢に戦い続ける。



 レイはそんなフレイアの戦いを食い入る様に見続けていた。


「(あぁ……そうだ……ずっと忘れていた)」


 暗い夜の闇、その果てにある朝日の輝きを。

 そしてその光へと導く、輝く光の魂を持つ存在が何かを。

 レイはようやくそれを思い出したのだ。


「……辿り着いた様だな、レイ」


 スレイプニルはレイが何かに辿り着いた事を悟った。

 目の前の少年は、今なら真に答えを出せるだろう。そう確信を得たスレイプニルは旅人を試す様に、全身から王の威圧を放った。


「スレイプニル……」

「今なら答えられるか? 人の子よ」


 まだ少し身体は痛むが、立ち上がる力はある。

 アリスが心配そうな様子を見せるが、決してレイを止めようとはしなかった。

 レイは覚悟を決めた表情で、力強く立ち上がった。


「本当に必要な事は、全部分かった」

「そうか……ならば今再び問おう!!!」


 今こそ、問いに答える時だ。


「レイ・クロウリーよ、先代エドガー・クロウリーを超えるヒーローとは何か?」


 もう……迷いはない。


「ヒーローとは、魂の在り方、生き方そのもの」


 そうだ、長い時の中で忘れていたのだ。


「父さんを超えるという事は、一人の弱さを認める事。他者を……仲間を信じる心を持つ事」


 何故忘れていたのか、その魂の名前を。


「そして未来を……前を見据え続ける事!」


 何故見失っていたのか、この光を。

 そうだ……これこそが……


「この光り輝く魂の名前こそが、【ヒーロー】なんだ!!!」


 信じてくれた、導いて貰った。信じる事を思い出させてくれた。

 自身に疑いの心は無い。これこそが真の答えだとレイは確信できていた。


 しばし静寂が流れる。

 張り詰めた空気は、すぐ近くで行われているフレイア達の戦闘の音すら遮断していた。

 だがその静寂は、スレイプニルの小さな笑い声で砕かれた。


「フフ……正解だ」

「スレイプニル……」


 たった一言。だがその一言だけでレイの心は大きく救われた気持ちになった。

 スレイプニルはその雄々しき一角の先端に白銀の光を集め始めた。


「胸を出せ、レイ」


 そう言うとスレイプニルは、角の先端に集められた球体状の光をレイの心臓付近に挿し込んだ。

 強い衝撃がレイの胸に響き渡る。だが肉体には何の衝撃も無い、レイはすぐにこれは自身の霊体に干渉された衝撃だと理解した。

 角の先に集まっていた光が止み、ほんの数秒の儀式が終わりを告げる。


「お前の新しい魔核だ。契約も一緒に終えておいた」


 スレイプニルの言葉を聞いて、レイは思わず胸に手を当てる。

 自身の霊体に移植された疑似魔核。決して感じ取る事など出来ない筈なのに、何故かレイには自分の中の新しい存在を感じる事が出来た。

 温かい力を感じる。その温かさがスレイプニルに認められた事実をより確かなものへと変えていった。


「もう身体は動かせるか?」

「あぁ、アリスの治療が良く効いた」

「ならば……」


 スレイプニルの全身が眩い銀色の光に包まれる。

 巻き起こる光の竜巻が止むと、そこには銀色に輝く一枚の獣魂栞が浮かんでいた。


『己の手で、因果を断ち切ってみせよ! レイ・クロウリー!』

「あぁ!」


 レイは勢いよく目の前の獣魂栞を掴み取る。

 だが傷が完治していない事もあって、アリスが心配気に声をかけてくる。


「レイ……」

「……なんかさ、不思議な感じがするんだ」

「不思議?」

「今なら誰にも負ける気がしない。今なら最高にヒーローやれる気がするんだ」


 傷の痛みなど最早忘却の彼方。

 レイの心は今までにない程に清々しいものであった。


「でもさ、俺無茶しかやり方知らねーからさ……我儘だけど一緒に戦ってくれないか、アリス」

「……うん。心でも身体でも、レイの傷はアリスが全部治す」

「ありがとな」


 レイは驚愕した様子で立ち竦んでいるキースを見据える。

 今こそ終わらせるんだ三年前事件を。そして守るのだ、父が守ったセイラムシティを。



 レイはグリモリーダーと獣魂栞を構える。


 交差クロスさせるのは、伝説の王の力。

 身に纏うクロスするのは、己の夢と意志。

 そして……


「受け継ぐのは白銀しろがね父さんヒーローの魂!」


 レイは父の声で何度も聞いて来た、その呪文を唱える。


「Code:シルバー、解放!」


 獣魂栞からスレイプニルの銀色の魔力インクが染み出す。

 レイは獣魂栞をグリモリーダーに挿入し、十字架コントロールクロスを操作する。

 今こそ、あの言葉を叫ぶ時だ。


「クロス・モーフィング!!!」


 魔装、変身。

 獣魂栞から流れ出た魔力がレイの全身に流れ込み、その身体を魔法の行使に最適化されたモノに作り替えていく。スレイプニルの力で細胞の一片も残さず強化されていく。

 そしてグリモリーダーから放たれた銀色の魔力はレイの全身に纏わりつき、ローブ、ベルト、ブーツ、グローブを形成していく。

 最後に放たれた魔力はレイの頭部を包み込み、スレイプニルの頭部を模した一本角が特徴的なフルフェイスメットへと姿を変えた。


「馬鹿な、ありえない!!!」

「レイ……それって!」


 キースは狼狽え、フレイアは歓喜する。

 彼らの視界に写るのは眩い銀色の魔装に身を包んだ一人の操獣者。

 王獣スレイプニルと契約を交わした、レイの姿があった。


「さぁ、行くぜ!!!」


 レイは地面に落ちていたコンパスブラスターを拾い上げて、キースとボーツの軍勢へと駆け出して行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る