Page15:模倣ノチカラ

 翌日。レイがセイラムシティを歩いていると、背後から聞きなれてしまった声が呼びかけてきた。


「レーーーイーーー!」

「お前の知能は鶏並か」

「ガーン!? 会って早々いきなり!?」


 開幕早々辛辣な言葉を浴びせられたフレイアは分かりやすくショックを受ける。

 が、レイの呆れは収まらない。


「お前アホだろ。散々俺に関わるなって言った傍から声かけて来るとかアホの極みだろ」

「アホって言うなー!」


 可愛らしく頬を膨らませるフレイア。

 諦めの悪い人間だとは思っていたが、ここまで無鉄砲直球勝負な性質だとは流石のレイも予想外だった。


「俺トラッシュ。君未来あるルーキー。関わるメリット無い、分かる?」

「分かってる分かってる。だから自分の意志でレイに絡んでるの」

「なんだそりゃ……」


 あっけらかんと言ってのけるフレイアを前に、レイは「こいつに特別な思慮なんて無い。絶対理解してないだけだ」と思わずにはいられなかった。


「レイは今日も魔方陣散策?」

「ただの散歩だ。まぁ……それも出来たら御の字かな」

「なんだ、アタシと一緒じゃん」

「ジャックとライラが居ないって事は……分散して魔方陣探しか?」

「そんな所。それにスレイプニルの言葉も気になってね」

「スレイプニル?」


 フレイアの口から突然スレイプニルの名前が出て来た事を訝しく思うレイ。


「うん。昨日レイと別れた後に会ったんだ」

「街に下りて来たのか? 珍しいな」

「ライラ達もビックリしてた。それでね、別れ際にスレイプニルが言ったの『よくないモノが湧き出そうだから、今日あたり気を付けろ』って」


 反射的にフレイアが告げた、スレイプニルの言葉を考えるレイ。

 スレイプニル程の高ランク帯魔獣ともなれば、広域の魔力探知が出来てもおかしくはない。恐らくスレイプニルはそれでセイラムシティを流れる魔力を調べたのだろう。

 だがレイは違和感を感じた。現時点で考えられる術式とそのバグを考慮すると、今日はボーツの発生が起こるとは思えなかったのだ。


「……レイ?」


 顎に手を当てて考え込むレイにフレイアが声をかけてくる。


「…………まぁ、強化ボーツの事もあるし、警戒するに越したことは無いか」

「そういえばレイ。あの強化ボーツの事なにか分かった?」

「なんにもだ。今の所思いつく限りの術式を組み合わせて考えてみたけど、今までに発生したバグと全然一致しない」

「ありゃ、詰まってたか」

「残念ながらな……スレイプニルは他に何か言ってたか?」


 首を横に振るフレイア。相変わらず抽象表現ばかり使う王獣である。


「こりゃ本人に聞いた方が早そうだな」


 そう言うとレイはギルド本部がある方角へと足を動かし始めた。

 幸いそれ程離れた位置ではないので、馬車に乗る必要はなさそうだった。


「あぁ待ってレイ!」


 一人でギルド本部に向かおうとするレイを、フレイアは慌てて追いかけ始める。

 そんなフレイアを背中に感じつつ、レイの中で彼女を拒絶する気持ちが湧いてくる事は無かった。



 ギルド本部に近づくにつれて、街の活気と喧騒も賑やかになってくる。

 いつもと変わらぬセイラムシティの光景。だがレイとフレイアは、ある違和感を感じた。


「なんか……人の流れが妙だな」

「あ、レイもそう思う?」


 この辺りに来る人間は大抵ギルド所属の人間かギルドに依頼をしに来る者達なので、自然と人の流れはギルド本部に向かって行く筈である。

 しかし現在、周りの人間の流れを見てみると、大多数がギルド本部とは真逆の方向に進んでいる。それも早足でだ。


「(逃げてる……のか? でもなんで?)」

「ねぇねぇレイ! あれ見て、あれ!」


 レイが違和感の正体について考えていると、フレイアがレイの袖を引っ張って、近くにあった建物の屋根を指さした。


 フレイアに言われるがままに指さされた場所を見るレイ。

 視線の先には、建物の屋根を軽快に渡り駆ける一匹の猿が見えた。だがよく目を凝らすと、それが普通の猿ではない事はすぐに分かった。

 形こそ猿だが、その身体は無数の木の根が絡まり合って構成されていた。


「アタシあんな魔獣初めて見た」

「あぁ、ありゃドリアードだな。ランクこそ低いけど植物操作を得意としている、かなり希少な魔獣だよ」

「へぇ~レアモンなんだ。誰かの契約魔獣かな?」

「多分キース先生とこのだろ」

「キース先生って……あの問題児集団のリーダー?」

「あぁ。フレイアもこの間見ただろ、キース先生の植物操作魔法」

「あ~、あの木の根で串刺しにする魔法。あれがドリアードの能力なんだ」


 その通りだと、レイが肯定しようとすると、レイの耳に周囲の人間の声が聞こえてきた。


「早く行けー! 避難しなきゃ巻き込まれるぞー!」


「……これは、ただ事では無いみたいね」

「らしいな」


 屋根の上を移動するドリアードはまだ見えている。

 レイ達の身体は自然と、ドリアードを追っていた。


 避難行動に移っている人々の流れに逆らいながら、ドリアードを追う二人。

 ギルド本部近くの広場に入った所で、ドリアードは建物から飛び降りた。


「…………アレは」


 思わず建物の影に隠れてしまう二人。

 ドリアードが降り立った広場を覗き込むと、そこには杖を突いたキースと剣の金色刺繡を付けた集団が十数人程居た。


「あれって、グローリーソードだよね」

「だな……こんなとこで何やってんだ?」


 どうにも気になったレイは、見つからない様に聞き耳を立てる。


「隊長、招集をかけた者たちは全員集まりました」

「よし。皆の者聞いてくれ! 予報が正しければ、もうすぐここでボーツが大量発生する筈だ。街と、街の住民に被害が及ばないよう早急に事態を収束させる。皆変身の準備はいいか!」

「「「応ッッッ!!!」」」


 声を上げて気合を入れるグローリーソードの面々。

 どうやらボーツの発生予報を元に、先回りして対処しようとしているだけの様だ。

 

「なーんだ、先回りしてボーツを叩こうとしてるだけか。ちょっと拍子抜けかな」

「…………してない」

「ん?」


 拍子抜けと言わんばかりに、頭の後ろで両腕を組むフレイア。だが対照的にレイはグローリーソードの言葉を聞くなり、みるみる顔を青ざめさせていった。

 次の瞬間、レイが発した言葉はフレイアの肝を抜く事となった。


「俺……こんな場所に、予報出してない」

「え?」


 なんとも気まずい静寂が一瞬流れる。

 フレイアが「どういうこと」とレイに問おうとした次の瞬間、人ならざる者のけたたましい鳴き声が辺りに響き渡った。


「「「ボォォォォォォォォォォォォッツツツツツツツツ!!!」」」


 グローリーソードの面々が居た広場に、数十体は居ようかという強化ボーツの大群が姿を現していた。


「前衛部隊はボーツを一カ所に集中させろ。一体たりとも零すな! 銃撃手ガンナーは後方から援護しろ!」


 グローリーソードの操獣者達がキースの指示に従い、行動を開始する。

 大量の強化ボーツの事もあるが、キースの言葉の通りにボーツが発生した事にレイ達は驚きを隠せないでいた。


「ワーオ、本当にボーツが出たよ。しかも大量に」


 呑気な言葉を発するフレイアを余所に、レイはグローリーソードの戦いを注視し続ける。


 名のある大規模チームは伊達では無く、グローリーソードの操獣者達は早々に強化ボーツを数体倒していた。

 前衛の剣士が中心に追い込み、後衛の銃撃手がサポートをする。そして一カ所に集められたボーツは、キースの植物操作魔法によって次々と串刺しにされていく。

 まるで教科書のお手本の様な効率の良さだった。流れる様に無数のボーツが討伐されていく。


「第二波、来るぞ!」


 最初のボーツを倒し終えたと思った矢先に、再び地面から大量の強化ボーツが現れる。

 グローリーソードの面々は先程と同じようにボーツを倒していく。

 しかし――


「ねぇレイ……あれマズいんじゃない?」

「あぁ。前衛の奴ら初っ端から全力で行き過ぎだ、このままじゃ息切れするぞ」


 第二波を討伐し終える。しかし前衛で戦い続けた操獣者達は、既に息も絶え絶えといった様子であった。

 だがまだ終わらない。ほんの一瞬の間を置いて、再び強化ボーツが湧き出て来た。

 前衛の操獣者が「嘘だろ」と叫ぶ声が聞こえてくる。


 グローリーソードの面々は再び同じ作戦でボーツを討伐しようと試みるが、前衛の体力切れが祟ってしまった。


「しまった!」


 数匹のボーツがグローリーソードの猛攻を抜けきり、広場の外に向かって走り出した。


「フレイア!」

「言われなくても!」


 意識的なものは無かった。二人の身体は勝手に動き始めていた。

 グリモリーダーと栞を構えて、二人は逃げ出したボーツに向かって走り出す。


起動ウェイクアップ:デコイインク!」

「Code:レッド、解放ォ!」


 走りながらグリモリーダーに栞を差し込み、二人は同時に変身の為の動作を行った。


「デコイ・モーフィング!」

「クロス・モーフィング!!!」


 変身を完了した二人は、そのまま逃げ出したボーツに向けて攻撃を開始した。


「燃えちゃえェェェェェェェェェェ!!!」


――業ッッッ!!!――

 フレイアは巨大な籠手の口を開き、内部に溜め込まれていた炎をボーツに向けて放つ。直撃を受けたボーツは致命傷こそ免れたものの、逃げるどころの騒ぎでは無くなったのでその場で悶え転がっていた。

 だがこの一撃で、逃げ出したボーツを全て止められた訳ではない。

 炎を逃れた二体のボーツが、一目散にその場を離れようとする。


「させるかよ!」


――弾ッ弾ッ!!!――

 銃撃形態のコンパスブラスターから、二発の魔力弾が撃ち出される。

 魔力弾はそれぞれ、鎧化していないボーツの脚部を貫き、その逃走を食い止めた。


「強化されてない箇所なら撃ち抜ける」


 レイ達の突然の登場に、グローリーソードの操獣者達は目を丸くしていた。


「あれは、チーム:レッドフレアの……」

「その隣はトラッシュか」


「取りこぼしたボーツはこっちに任せて!」

「アイツらの手助けとか滅茶苦茶腹立つんだけどな……」

「贅沢言わない、出来る事最優先!」

「分かってるよ!」


 フレイアとレイは、再生を終え始めたボーツに攻撃を再開する。

 何か文句でも言いたげな雰囲気を出していたが、グローリーソードの操獣者達も目の前のボーツの大群に集中する事にした。


「どりゃァ!!!」

「オラァ!」


 フレイアは炎を纏った籠手の一撃で、レイは剣撃形態にしたコンパスブラスターでボーツに止めを刺していく。

 だがそこは強化ボーツ。並大抵の一撃が効かない事は重々承知しているので、相当に出力を高めた攻撃を加えていく。


「ボッツ、ボッツ!」

「追加の取りこぼし、来たよ!」

「そもそも取りこぼすなって文句言わせろ!」


 最初のボーツ達を片付けた矢先に、次の取りこぼしボーツが二人の元に襲い掛かってくる。

 再び高出力の攻撃で対処していくも、負荷も消耗も大きく二人は若干息切れをし始めていた。


「あーもう! こいつら固すぎんのよ!」


 愚痴を零しながらボーツに炎を叩きこむフレイア。

 レイはコンパスブラスター(剣撃形態)で応戦しながら有る事を考えていた。


「(こいつらの鎧化部位、あの時は夜で見え辛かったけど……まさか)」


 戦いながら強化ボーツの身体を観察する。黒く変質したボーツの部位が、レイの中で一つの可能性に当たった。

 だがそれは、昨晩レイ自身が否定した事でもあった。


「(あり得るのか、そんな事が……けどアレはどう見ても……)」


 ソレを実行するか否か、一瞬の間にレイは決断する。


「試すだけ試してみるか……」


 そう言うとレイは、一度ボーツから距離を置いた。

 鈍色の栞を取り出しコンパスブラスターに挿入する。そして頭の中で必要な術式を構築し始めた。

 時間にして三秒程度、比較的長めの術式であった事と実戦での使用が初めての術式だったので構築に手間取ってしまった。

 完成した術式をインクと共にコンパスブラスターに流し込む。


「……来いッ!」


 コンパスブラスターに魔力の光が纏わり付く。

 レイの挑発に易々と乗って来たボーツが、レイに襲い掛かる。

 ボーツが斧化させた腕を大きく振り上げると同時に、レイはコンパスブラスターの一撃を鎧化しているボーツの腹部に叩きこんだ。


「ボッ!?」


 ボーツの短い悲鳴が耳に入ってくる。それと同時にボーツの上半身がズルリと音を立てて地面に落ちた。

 鎧化していた筈の腹部は、まるでバターを切るかの様に容易く切断されていた。


「やるじゃんレイ!」


 強化ボーツを一撃で葬った事を、フレイアは素直に賞賛する。だがレイの頭の中は混乱に満ち満ちていた。


「今の術式で、斬れた?…………じゃあ、このボーツは……」


 コンパスブラスターの刃を見る。刀身には未だ魔力の残りが付着していた。

 今使った術式は初めての実戦使用だった。だがそれは、本来使う場面が現れないとレイ自身が高を括っていた代物でもあった。


 ありえないと思い込んでいた。だがそれは今、レイの眼の前で現実として在った。


「レイ、どうしたの?」

「分かったんだ……強化ボーツの正体……」


 仮面越しに驚くフレイア。

 フレイアはレイにボーツの正体を聞こうとするが、眼の前で起きた異常にそれを妨げられてしまった。


「ボッ、ボォォォォォォ、ツ」


 フレイアの目の前に居たボーツが突然苦しみ始めたのだ。

 地を這うような呻き声を上げる毎に、ボーツの身体が鎧化した部分と同じ黒色に染まっていく。


「なにが起きてるの……」


 異常はフレイアの前に居る一体だけでは無かった。振り向けばグローリーソードと対面していたボーツ達も同じく、不気味な呻き声を上げていた。

 全身が黒く染まっていくボーツの大群。


 次の瞬間、ボーツの身体から鈍色のインクが溢れ出し、ボーツの全身を覆いつくした。


「「「ボォォォォォォォォォォォォッツ!!!」」」


 咆哮が鳴り響く。

 全身を覆っていたインクが晴れ、ボーツが再び姿を現した。

 そしてその姿を見た者達は、誰もが唖然とした。


 黒く染まりきった身体の上に灰色のローブ、ベルト、ブーツ等々。頭部には一本角が生えたフルフェイスメットが形成されていた。


 誰もがありえないと心の中で叫んだ。

 それはボーツが装着する様なものでは無いと誰もが知っていた。

 そして、この場に居る誰もがその姿に見覚えがあった。


 無意識に、皆の視線がに向く。

 その姿があまりにも酷似しすぎていたのだ。


「……レイ?」


 動揺からか、少し声を震わせてレイに呼びかけるフレイア。

 だがレイの耳には届かない。レイの意識は全て、眼の前のボーツ達に向いていたのだから。


 レイは絞り出すように、ただ一言こう呟いた。


「……デコイ……モーフィング、システム……」

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