Page16:孤独ノカクゴ

「……デコイ……モーフィング、システム……」


 絞り出すように、眼の前でボーツを変身させた術式を答えるレイ。

 そう、今目の前でボーツ達が身に纏ったのはレイと同じ偽魔装だった。よく見ると若干歪な形状をしているが、基本的なシルエットも色も全てがレイのものと一致していた。


「「「ボォォォォォォォォォッツ!!!」」」


 ボーツ達の咆哮を聞いて我に返る面々。


「ハッ! レイ、ボーっとしてる場合じゃない! 来るよ!」


 フレイアに喝を入れられ、レイもハッとなる。

 そうだ、今はボーツの正体がどうこうよりも、こいつらを広場の外に出さずに倒す事が先決だ。

 レイは急いでコンパスブラスターを構え直す。


「ボォォォツッ!!!」

「クッ!!! 重いッ!」


 一体のボーツが、肥大化させた鉤爪でレイに襲い掛かる。

 何とかコンパスブラスターで防ぐが、偽魔装の恩恵で腕力が強化されている。弾き返すどころか、辛うじて横に流すのが精一杯だった。


「どりゃァァァァァァァァァ!!!」

「ボッツ♪」

「ッ!? 固い!」


 今まで以上に出力を上げた一撃を叩きこむフレイア。だがその一撃を持ってしても、偽魔装で強化されたボーツには大したダメージを負わせられなかった。


「インクチャージ!」


 鈍色の栞をコンパスブラスターに挿入する。フレイアが慌てている一方で、レイはある程度冷静さを取り戻していた。

 頭の中で術式を高速構築していく。先程と同じ術式だ。

 完成した術式をコンパスブラスターの刀身に纏わせる。だがそれだけでは終わらない。


「もう一本、インクチャージ!」


 レイは更に追加で栞を挿し込む。先程構築した魔法術式を維持したまま、並列思考でもう一つの魔法を造り上げていく。

 魔力刃生成、破壊力強化、攻撃エネルギー侵食特性付与、出力強制上昇。

 完成した魔法がインクとなって刀身に纏わり付く。そして先程の術式と交わり一つの大きな魔力刃を形成した。


「フレイア、そのボーツをこっちに!」


 レイの呼びかけに小さく頷くフレイア。するとフレイアはすぐに、眼の前に居たボーツの背を殴りつけてレイの元まで吹っ飛ばした。

 一方レイ近くに居たボーツ達も、レイに襲い掛かろうと近づいてくる。

 レイは落ち着いて、接近しているボーツが全員射程圏内に入るのを計っていた。


 そして、タイミングは来た。


「特殊エンチャント……偽典一閃ぎてんいっせん!!!」


――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 逆手持ちのコンパスブラスターから生成された巨大な魔力刃を、レイは大きく振るう。接近していたボーツ達は残す事無く、その身体を断ち切られてしまった。


「……一撃でやっちゃったよ」

「種さえ解かってりゃ対策は出来るって奴だ」


 一先ずこれでレイ達の周りに居たボーツは片付いた。残るはグローリーソードの面々が相手していたボーツのみだ。

 レイ達は間髪入れず、振り向いてグローリーソードの様子を確認する。


 ハッキリ言って地獄絵図に近かった。

 突如変身したボーツを前に隙が出来たのだろうか、地面には何人もの操獣者がのた打ち回っている。剣が落ちているあたり、倒れているのは前衛の者達だ。

 後ろに視線をやれば後衛部隊の者達が足を震わせながら応戦している。


「ニードル・フォレスト!」


 キースも植物操作で作り出した根の棘を一斉に生やして攻撃する。何体かのボーツは股から貫かれて絶命したが、まだまだ数は残っていた。

 更に付け加えると、元々強化されていた再生能力が更に増しているのか、手足等にダメージを負っていたボーツの傷は瞬く間も無く再生しきっていた。


「あっちゃ~、向こうさん酷い事になってるわね」


 呑気な感想を口にしながら、フレイアは剣を構える。


「ねぇレイ、さっきの技で残りのボーツ一掃できそう?」

「……そうしたいのは山々なんだけどなぁ~」


 フレイアの提案に乗りたい気持ちはあるレイなのだが……一つ問題があった。


「手持ちのデコイインクが残り少ない。さっきの方法を使ってもあの数のボーツを一掃できるかどうか……正直ギリギリだな」


 片手に鈍色の栞を数枚持ちだして説明するレイ。広場に残っているボーツは十数体。一度に二枚の栞を消耗する先程の技で一掃するには、栞の残り枚数があまりにも心もとないのだ。


「でも、不可能じゃないんでしょ?」

「…………」

「アタシがフォローするから、せめて数だけでも減らそう」

「……後で文句言うなよ」


 一か八かの懸けにはなるが、やらないよりはずっと良いだろう。そう考えたレイは栞とコンパスブラスターを構える。術式は既に頭の中で構築し始めていた。

 レイとフレイアの闘争心に勘付いたのか、ボーツ達が一斉に二人の方へと向いた。


「よーし、行くよ!」


 フレイアの声を合図にボーツの大群に向かおうとする二人。

 だが駆け出した瞬間、眼の前で群がっていたボーツ達が一斉に苦しみ始めた。


「ボッ……ボォォォ、ツ……」


 パチパチと偽魔装から魔力が弾ける音が聞こえる。

 明らかに様子がおかしい。二人はその場で足を止めて、警戒しながらボーツの様子を探る。

 攻撃に移る様子は見えない。だが弾ける魔力の音と、それに合わせて身体から漏れ出ているインクが、明らかに危険な雰囲気を醸し出していた。


「なんか……嫌な予感しかしない……」


 ボーツ達がしばしもがき苦しんだ次の瞬間。

 ボーツ達の身体から光と共にけたたましい破裂音が周囲に響き渡った。


「自爆!?」


 思わずフレイアがそう零す。

 ボーツ達は強い衝撃波と共に爆発し、跡形も無く消え去ってしまった。


 爆発の衝撃で軽く飛ばされてしまったレイ達。幸い広場に居た者たちは皆、魔装か偽魔装を着けていたので大事には至らなかった。

 レイ達はなんとか起き上がって周囲を確認するが、既にボーツは一体も残らず消え去っていた。


「まさか自爆するなんてね~」


 追撃のボーツが出てくる様子が無いか確認しながら、フレイアはそう零す。

 レイも周囲を確認する。

 ……新たにボーツが湧き出る気配も無かったので、レイとフレイアは変身を解除した。


「スレイプニルが言ってたのって、これだったんだね~」

「…………そうだろうな」


 戦闘終了したが、レイの顔は浮かないモノであった。

 そうこうしている内に、グローリーソードの面々も回復したのか続々と起き上がっていた。


「なんだよ、今のボーツ」

「あんなの自然発生な訳ない」

「それにあの魔装モドキ……トラッシュが使っていたのと同じ……」


 まだ若干混乱の様子が見え隠れしているが、流石に変身したボーツを見たとあっては、察しの悪い鈍感者でもアレが人為的なものだと理解出来ていた。

 そして同時に、彼らの視線は全てレイに注がれる。レイはすぐにソレに勘付いたが、特別動揺は無かった。

 むしろ、レイに懐疑の視線が投げかけられている事に動じたのはフレイアであった。


「ちょっと……なんで皆、そんな目で見てるの……?」


 フレイアは困惑の声を漏らす。彼らがレイに視線を向ける理由が解らなかったのだ。


「そう言えば、前にボーツを人為的に召喚する術を作った奴が奴がいたよね…………確か、そいつの名前って」

「俺は覚えてるぞ。レイ・クロウリー……あのトラッシュの名前だ」

「じゃあ今までの事件も全部あいつが!?」


 グローリーソードの間で様々な憶測が飛び交う。

 そのあまりの言い様に、フレイアの血は一気に頭の上にまで昇りつめた。


「ちょっとアンタ達、なに勝手に決めつけてんのさ! レイはそんなことする奴じゃ――」

「じゃあ他に誰が居るんだ! 犯行の動機も、召喚術式を組む技術力も、全て揃った人間が他に居るのか!」


 怒り任せに叫ぶフレイアに対して、一人の男が声を荒げて答える。


「動機? なにそれ?」

「薄汚い僻みがあるだろう。我々操獣者に対してのなぁッ!」


 理不尽極まりない、最早言いがかりと称しても違いない言い分。まともな人間なら相手する事も無いこの推測は、瞬く間にグローリーソードの操獣者達に伝染していった。

 レイなら犯行ができる。レイなら実行してもおかしくはない。

 偏見に塗れた思想が、グローリーソードの面々に好き放題言わせる。


「なんでレイを犯人だって決めつけてんのさ……そんなの根拠も何も無い、アンタ達の勝手な想像でしょ!!!」

「根拠も証拠も後から探せばいい!」

「そもそもレッドフレアの。何故そんなトラッシュを庇う? お前が共犯者だとでも言うのか?」


 ギリッとフレイアが歯を噛み締める音が鳴る。

 フレイアは前を向いて、堂々とその言葉を叫んだ。


「友達信じて、何が悪い!」


 叫ぶようにフレイア言い放った後、一瞬の静寂が広場を包み込む。

 そして堤防が決壊したかのように、広場は数多の嘲笑の声が響き渡った。


「アハハハハハハ、トラッシュが友達だって?」

「世迷い言もここまでくれば立派ですわ」

「少し抜けた馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だったなんてなぁ!」


 フレイアを嘲笑う声は当然レイの耳にも入り込んでくる。一言一言が入り込む度に、レイの心臓と胃に言い知れぬ不快感が広がっていった。

 自分が嘲笑されるのは構わない。だが自分に関わった者が嘲笑される事をレイは心底嫌っていた。

 額に青筋を浮かべながら、腰に仕舞っていたコンパスブラスターに手をかけようとする。


 だがそれよりも早くキースが数歩前に出て、手を高く掲げて部下達を黙らせた。


「レイ君……」

「ねぇ、アンタがアイツらのリーダーなんでしょ。自分とこのメンバーが好き勝手言ってるのに、何にも思わないわけ?」

「…………状況証拠が揃い過ぎているんだ……」


 キースは無念そうに目を細め、顔を俯かせる。


「フレイア君……今このセイラムシティで、デコイモーフィングシステムの使用経験があり、その勝手が分かっている人間は何人居ると思う?」

「……まさか」


 フレイアの中で嫌な予感が芽生える。

 顔を青くさせて押し黙るフレイアを見かねたレイが、代わりに答えた。


「俺一人、だな」


 感情の籠っていない声で答えるレイ。それもそうだ、操獣者の街であるセイラムシティで態々デコイモーフィングまでして戦おうとする奇特な人間なぞレイ以外に存在しない。

 そもそも魔核を持たないトラッシュ自体が少数派なのだ。普通なら力がない事を認めて戦闘に参加しようなどと無茶な考えには至らない。


「……技術的な事はできるかもしれない。けど動機はどうなの? あんな言いがかりを真に受けるつもり!?」

「まさか、そんな訳ないさ」


 「だが……」とキースは続ける。


「レイ君のお父さんの件。それは動機考えるに足りるものだよ」

「……街がヒーローを見殺しにしたってやつ?」

「知っていたか、なら話が早い」


 そう言うとキースは杖を鳴らしながら、レイの元に近づいて来る。

 だがそれを遮るように、フレイアはレイの前に立って出た。


「レイに何する気?」

「任意で話を聞くだけさ。そこを退いてくれないかな?」

「嫌だね。アンタに引き渡したらお話だけじゃ済まない気がする」


 一種即発の雰囲気が流れる。


「オイ、変に首突っ込むな。後々面倒な事になるぞ」

「面倒上等。アイツらが気に入らないの」

「だから関わるなって言ってんだよ…………ッ!!!」


 フレイアを巻き込ませたくない一心で、この場から逃がそうと声をかけるレイ。

 だがその瞬間、レイの視界にある男が見えた。


 先程のボーツに手酷くやられたのか、その男は全身傷だらけで立っていた。

 変身したボーツに恐怖を覚えたのだろう、遠目に見ても青ざめて、手足が震えている。だが問題はそこでは無かった。男は両手で一丁の銃を構えていた。

 レイがそれに気づいた時には既に引き金に指をかける寸前であった。

 火事場の馬鹿力とでも呼ぶべきか、レイは今まで経験したこと無い速度で弾道を予測する。が、予測結果は最悪なものだった。

 あの位置、あの角度から撃ってもレイには当たらないだろう。狙いが大きくズレているのだ。


 問題は、そのズレた先には人が……フレイアが居たのだ。


「フレイア!!!」


 考えるより先にレイの身体が動いた。

――弾ッ!!!――

 銃声が鳴り響くと同時に、レイは一瞬をスローモーションの様に感じた。

 レイは左腕を思いっきり伸ばして、フレイアの身体を強く突き飛ばした。

 そして迫り来る魔力弾はフレイアに当たる事無く、レイの左腕に着弾した。


「ぐッ!!!」


 左腕の肉が抉られ、熱を伴った激痛がレイに襲い掛かる。


「馬鹿者! 誰が発砲した!」


 普段の紳士的な振舞からは想像もつかない怒号をキースは上げる。

 その声を聞いた男は、銃を持ったまま震える声で言い訳を述べた。


「だ、だって……あのトラッシュが居たら、またあの化物ボーツが出て…………だから、先に無力化しておけばって……」


 流石に無抵抗の人間を撃ったのは不味いと思ったのだろう。近くにいたグローリーソードの者達は、すぐさま男を鎮圧した。


 そして、突き飛ばされた衝撃で倒れていたフレイアは起き上がり、すぐに目の前で腕から血を流しているレイに気が付いた。


「レイ!」


 フレイアはレイを心配して、慌てて手を差し伸べようとする。

 だが――


――パァァァン!!!――


 乾いた破裂音が鳴り響く。フレイアが差し出した手を、レイは無傷の右手で大きく弾き返したのだ。


「俺の心配なんか……すんじゃねーよ」

「心配くらいするよ! だって――」

「友達なんかじゃねぇ。ましてや、仲間でもねー!!!」


 深い濁りを宿した眼で、レイはフレイアを睨みつける。


「損得勘定くらい上手くしろ。チームが大事なら、お前は自分の事だけ考えてろ!」

「けど……」

「それに言っただろ、俺は一人でいいって!」


 血の流れる左腕を押さえながら、レイはフレイア達に背を向け歩き出す。


「俺に仲間は必要ない」

「レイ!」

「レイ君!」


 心配そうに声を上げるフレイアは無視する。

 レイは呼び止める様に名を呼んだキースに向けて返答した。


「大丈夫ですよ。俺はセイラムから逃げる事は無いんで…………次に会う時は、証拠を揃えてから会いに来てください」


 そう言うとレイは、少し顔を俯かせながらその場を去った。

 その背中からは、強い拒絶の意志が滲み出ていた。


「レイ……」


 フレイアは強く拳を握りしめる。去り行くレイの背中をただ見ている事しかできない自分に、フレイアは心底苛立っていた。










 自分に仲間なんて必要なかった。


 誰かを守る為のヒーローに憧れているのに、自分のせいで誰かが傷つく事がどうしても許せなかった。

 父さんは、誰かに傷を押し付ける様な事はしなかった。その姿をカッコいいと思ったし、その魂に憧れた。


 『目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲』


 目の前で誰かが傷つき、苦しむなら、それらを全て背負う事が出来る人間になりたかった。

 だが現実はどうだ。今まさに自分のせいでフレイアが傷つこうとしたではないか。

 トラッシュという逃れられぬ肩書が周囲を傷つけるならば……自分に仲間は必要ない。近づく者は拒絶して守る。ヒーロー父さんの背中を追う為には必要な事なのだ。


 そうだ、ヒーローになる為に必要なもの。

 それは誰かを助けたと言う結果と実績。

 そしてそれは、全ての敵を倒し、全てを背負えるだけの力。

 そしてもう一つ必要なのは……


「必要なのは……孤独の覚悟だ……」


 眼に見える存在は傷つけさせない。他者に重荷は背負わせない。

 その為に必要なヒーローの数は、独りでいい。


 そう覚悟していた筈だった。だが、広場から去り行くレイの頬には涙が走っていた。

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