その禄(ろく)
村上君の次の相手はハイスクールの次鋒、身長はそれほど高くないが、筋肉質の、レスリングの選手でも通りそうな、そばかすだらけの白人だった。
先鋒があっけなく負けたので、さすがに向こうも多少は動揺したのだろう。
向こうは組み合ったら不利だと思ったのか、なかなか引手を取らせようとしない。
しかし村上は本来クールな男だ。
奥襟をしっかり握り、ちょうど握った拳が相手の鎖骨の部分に当たるようにした。
すると襟が大きく開いてくる。
村上はもう相手を完全にコントロールしていた。
時計と逆回りに、彼について回るしかない。
と、村上は左足を相手の左足首にかけ、足払いの要領で倒した。
『技あり!』審判が宣すると、次の瞬間もうすでに彼はがっちりと上四方固めの態勢に入っていた。
幾らもがいても絶対に解けない。
寝技ってのは力任せではないのだ。
相手のかんどころを上手く抑えてしまえば、動くことなどできない。
『一本!』
これで村上君は二人抜きをやったことになる。
流石にギャラリーもざわざわしはじめた。
自校とはいえ、お世辞にも人気がなく、ちまちまとやっていた同好会の連中が身体のでかいハイスクール相手に二連勝もしたのだ。
次第に、空気が変わってきた。
しかし、次の中堅、これは分が悪かった。
向こうは茶帯だったが、身長も身幅も並外れた大男(恐らくスラヴ系))だった。
幾ら技をもってしても、これでは勝ち目はない。
しかし、有効を取られた後、こちらも取り返し、結局3分間フルに闘い抜き、引き分けに終わった。
引き分けならそこで終わりだ。
こちらは次鋒、これは主将の吉田君が務めた。
相手のハイスクールは副将、上背はあるものの、さほど逞しくはない。
しかし根っからの柔道好きの吉田はその巨体を生かして見事に大外刈りで切って捨てた。
残るは向こうの大将。
これは何でも『全米ジュードー選手権』で準優勝した実績がある。正に柔道をやるために生まれてきた男だった。
技の応酬が続き、結果引き分けだった。
会場全体から惜しみない拍手が沸き起こる。
かくして『鷹見が丘国際高校柔道同好会』は、二勝三引き分けという、明かに実力でも体格差でも劣る相手に互角以上の闘い方をしたのだ。
観ていた生徒や職員だって、それが分かったんだろう。
ましてや対戦した者同士は、一番理解できたに違いない。
試合が終わった後、両者が整列して礼をした後、お互いに言葉が分からないまま、がっちりと握手を交わしていた。
さて、試合が終わってしまった以上、俺の仕事は終わりだ。皆が俺に感動の握手なんてものを求めてくる前に帰ろう。
そう思った時である。
『へィ!スタップ!』野太い、さながら野獣の雄叫びのような声が響いてきた。
振り返ると、そこにはあの『元海兵隊の柔道教官、オリンピック銅メダリスト』という、ハイスクールのコーチ氏が目を血走らせながら、こっちにやってきた。
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