その伍

さて、それから後、俺がどうやって七人を鍛えたか?

過程については話してもあんまり意味があるとは思えないから止めておこう。

まあ、かの有名なボクシング映画『ロッキー』でも見て想像してもらえれば充分想像がつくと思うよ。

(俺はあの老トレーナーほど、熱血指導したつもりはないがね)

 瞬く間に日が経って、ついに11月の初めのある日曜日のこと、学園の道場は妙に見物客で一杯になった。

 同校では人気も話題もない柔道同好会としては、異例の光景だった。

 もっとも、大半は母校の同好会が米国のハイスクールにボロカスにされるのが見たいという、甚だサディスティックな興味があったからかもしれない。

 見かけだけ見れば、連中のそうした興味を満足させるのには充分だったろう。

 何しろ相手のハイスクールの『ジュードークラブ』の連中は総勢15人、試合に出る5人だけでも、そのうち二人は全米選手権で優勝と準優勝した連中で、将来は確実にオリンピックの代表に選ばれるであろうと言われているらしい。

 スクールボーイなのだから、当たり前だが年齢はこちらと変わらない筈なのに、体形だけ見ると、さながらゴリアテに立ち向かうダヴィデ王の如しである。

向こうは柔道衣を着て並んではいたが、全員正座もせずに胡坐をかいている。

明かにこっちを舐め切っているという態度が丸見えだ。

コーチはコーチで、岩のような体をして、右頬に傷のある赤毛の白人、つまりはこれが、

『元海兵隊上がりでオリンピックの銅メダリスト』というわけである。

 審判は学生時代に一応柔道の経験があった、同校の国語教師が務めてくれた。

 ルールは一般的な柔道の試合、つまりはIJF(国際柔道連盟)のそれに基づいて行われる。

五対五の団体戦。

勝った方が勝ち残るというシステムだ。

 部員達に激を飛ばしたのはハリソン先生だけだった。

『みんな、頑張ろうよ!大丈夫!』

 俺はその後ろで、黙って腕を組んでいたが、彼女に促されてたった一言だけ、

『君たちが必ず勝つという保証はどこにもないが、あれだけの稽古をしてきたんだからな。それだけは事実だ』と言った。

え?

(あんたにしちゃ、入れ込んでいるじゃないか?)って、

 だから俺は見たまましか言わんっていったろ?


 試合は始まった。

 先鋒はあの最初に俺につっかかってきた、二年の村上君、向こうは身長185はある、アフリカ系の大男だ。

 誰もが『勝てない』そう思った。

 だが、村上は勝ったのだ。

 組み合った瞬間、彼は相手の右肘を腕絡みに極め、巴投げの要領で巨体を投げ捨てた。

『一本!』審判の手があがるのと、アフリカ系がタップをしたのは、殆ど同時だった。

『乾さん、あれって反則じゃあ?』

『彼は真捨て身技で投げたんですよ。それに立ち技からの腕絡みは柔道のルールでも別に禁止されてはいませんからね』

ハリソン先生の問いに、俺は涼し気に返した。それにしても上手く決まったもんだ。






 

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