その肆(よん)
俺はそのガキ(おっと失礼、言葉が汚かったな。少年だ)と、向かい合って立った。向こうは自信満々、名前を村上君というそうだ。
構わず俺にかかってくる。
しかし機先を制するように、俺が礼をして見せると足が止まり、戸惑ったように礼をした。
勝負は一瞬だった。
相手が奥襟を取りにくる間もなく、俺の方が先に襟と袖をがっちりつかみ、内股で投げつけていた。
何が起こったか分からないというような顔をして、目を白黒させた村上君は、立ち上がってもう一度かかってこようとしたが、俺がまた礼をしたので、仕方なく礼を返し、そのまま引っ込んだ。
次の相手はかなり横幅のある太った三年生、名前を吉田といい、主将を務めていた。弐段だそうだ。
(デブはちょっと苦手だな)そうは思ったが、特に何ということもなかった。わざと相手に掴ませ、向こうが強引に内股に来たのをすかしてやったところ、ものの見事に背中から畳に落ちた。
しかし流石に主将というだけのことはある。
潔く負けを認めて礼をきちんとし、下がっていった。
次も三年生、遠山君といい、初段の生徒だ。
こっちは思ったより背が高い。
(後で聞いたところ、弐段にリーチがかかっているところだという)
175ある俺よりも頭一つ分はあるから、恐らく180程だろう。
組み合うといきなり大外刈りが飛んできた。
しかし引き付けが足らない。
俺は身体を捻って腰に乗せると、払い腰で投げた。
黒帯は以上の三人だけで、他の四人は茶帯が一人、後は全員が白帯だったが、結局全員を投げ飛ばすのに10分もかからなかった。
同じことを三回は繰り返したかな?
だが、結果は明らかだった。
ええ?
(自慢話は嫌いじゃなかったのか?)って?
俺はウソも嫌いだ。
だからありのままを喋ったにすぎんよ。
七人の部員たちはへたり込んで、ぜいぜい肩で息をしている。
こっちも少しは汗ぐらい流したが、額を拭ってそれでおしまい、という程度だった。
『どうですか?』
ハリソン先生が心配そうな眼差しで俺に声をかけてくる。
『もう一度基礎からやり直した方がいいでしょうね』俺は答えた。
『みんな、分ったかい?小父さんだからって舐めないことだ。ダテに四段までいってるわけじゃないんだぜ』
今度は部員たちに声をかけた。
『1か月後だったよな?ハイスクールの柔道クラブとやるってのは?それまでに何としても君らを勝てるようにしなければならない。何故ならそれが俺の仕事だからだ。強くなりたかったらついてこい。やる気がなけりゃ、辞めて貰って結構だ。さあ、どうするね?』
正直、俺はあまり期待していなかった。
いや、むしろこういう場合、期待しない方が気分的に楽なのかもしれない。
ところが、である。
翌日の放課後、俺が練習時間に学校にやってきて、道場に行くと、あのやる気がまったく感じられなかった連中が、既に全員勢ぞろいして練習を始めているではないか。
俺の姿を見ると、全員腹の底からという感じで『オッス!』と挨拶した。
ただまあ、まだ初日みたいなものだ。
騙されんぞ。俺は思った。
俺はまず、本当に基礎の基礎から練習をやり直させた。
黒帯の連中は正直不服そうだったけれど、俺が最初に言った言葉がよほど応えたのか、それでも必死にくらいついてきた。
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