春の夜(3)


 來夢は将樹の喉が動くのを見届けた。


 2人は長い時間をかけ少しづつビールを飲んだ。


「1つ聞きたいことがある」


 将樹は呟いた。


「なに?」


 将樹は闇の中に何かを探すようにじっと前を向いたままだった。


「どれくらい雪也のこと好きだった?」


「馬鹿じゃないの、今になってそんなこと聞くなんて」


 來夢は残りのビールを勢いよく飲み干した。


「雪也のことは本当に好きだった。でも今のわたしにとって大切なのは家族。そしてそのわたしの大切なものをくれたのは、あなた将樹」


「こんな俺なのにか?」


「将樹の全部をわたしは受け入れたの、それに」


 來夢は将樹の手に自分の手を重ねた。


「わたし確信がある。雪也とはこんな幸せは築けなかったと思う」


「どうして」


「雪也はね1度もわたしを抱かなかったの、今になってもそれがなぜだか分からないけど」


 正面を向いたままの将樹の体がわずかに動いたように見えた。


 が、将樹は何も言わなかった。


「驚かないの?こんなこと聞いても」


 來夢を見ようとしない将樹の視線の先を來夢も追った。


 そこには何もなかった。


 ただ夜の闇が広がっているだけだった。


「俺、知ってる。雪也が來夢を抱かなかった理由」


 聞き取れないほど低い小さな声だった。


「え?」


 來夢は思わず聞き返す。


「俺、知ってるよ、なんで雪也が來夢を抱かなかったのか」


 今度ははっきりとした大きな声だった。


 それと同時に将樹は來夢を見た。


「來夢と雪也はね……」


 将樹はそこで言葉を切った。


「わたしと雪也がなに?」


「もう、時効だよな、だからいいよな言っても」


 将樹はベンチから立ち上がると、砂場の方に向かって数歩歩いた。そして振り返る。


 深夜の公園で、将樹の声が響いた。


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