雪也の仇(9)


 來夢は立ち上がった。


 すらりと細長い影、長い手足。


 遠くからでも分かるまっすぐに來夢を見つめる瞳。


「來夢」

 

 振り向くと将樹が見ていた。


「來夢」


 将樹の黒い瞳。


 來夢は向かいのホームを見た。


 そこには、


 誰もいなかった。


 來夢はストンとベンチに腰を下ろした。


 また向かいのホームを見る。


 誰もいない。


「あの男を捕まえたら、來夢は元カレから解放されるべきだと思う」


「解放?」


「あの男に復讐したら、來夢は俺だけを見るようになる、俺を好きになる」


 來夢は吹き出した。


「勝手に決めないでよ」


 この先、誰かを好きになることがあっても、雪也以上に愛すことはないだろう。


「1番じゃなくてもいい、雪也の次でいい」


 まるで自分の心を読まれたかのようなセリフで、來夢は将樹をまじまじと見つめた。


「來夢が俺をちょっとでも好きになった時点で、俺の勝ちだから」


「どういうこと?」


「俺には時間がある」


 将樹はゆっくり、はっきりと言った。


「雪也はこれ以上來夢との想い出を増やすことはできないけど、俺は違う。今は少なくてもこれからたくさんの想い出を來夢と作っていける。來夢が死ぬ間際まで作り続けていける」


「想い出は量より質だよ」


「そんなことない。時間には重さがある。見えなくても積み重なることで、大きな存在を突き破る力を持つんだ。少なくとも俺はそう信じている」


 将樹はきっぱりと言った。


「だから來夢、これからを俺と一緒に生きて欲しい」


 アナウンスが來夢たちの待つ電車の到着を知らせた。


 電車がホームに滑り込んでくる。


 電車に乗り込んだ将樹が振り返り來夢に手を差し伸べた。


 來夢はもう1度誰もいない向かいのホームに目をやった。


 そして将樹の手を取った。


 血の通ったその手は柔らかくて温かかった。


「今度さ、新しい手袋買ってやるよ。いつもしてんのもうボロボロじゃん」


「いいよ別に」


「そんなこと言うなよ、俺センスいいからさ、知ってるだろ」


 電車の暗い窓に並んで座る自分たちの姿が映る。

 

「じゃあ、買ってもらおうかな」


 将樹は嬉しそうに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る