あの日(3)


 6月23日


 雪也がいなくなってしまった。





 來夢は抜け殻のようになった。


 ベッドから起き上がることができないのにちっとも眠れなかった。


 雪也のことをずっと考えていた。


 雪也のことしか考えられなかった。


 自分は本当に雪也から愛されていたのだろうか?


 來夢はじっと自分の手を見つめる。


 なぜ見えなかった?


 この手が見せた映像はなんだったのか?


 あの愛に満ち溢れた雪也の世界はいったいなんだったのか。


 それともこの手はいつも真実を語るとは限らないのか?


 初めて來夢は自分の手を疑った。


 もしこの手が真実だけではなく偽りも見せるのだとしたら、自分はたくさんのことを誤ってしまったかも知れない。


 この手のせいで大切なことを見逃し間違った情報に振り回されてしまった。


 もし本当にそうなら、


 自分は大馬鹿ものだ。


 來夢は手を握りしめ叩きつけた。


 何度も何度も。


 自分の中にあった雪也という1番透明で美しいものが音を立てて崩れ落ちた。


 壊れて消えてしまえばいいものをそれは醜い残骸となって來夢の中に居座り続けた。


 捨てることができないそれは時間が経つにつれどんどん悪臭を放つようになった。


 どうして自分はこんなものが好きだったのか、騙されていた愚かな自分に悪態をつき、一緒になんて死ななくて本当に良かったと安堵した。


 雪也を憎むことでどうにか精神のバランスを保った。


 けれど憎しみは來夢を救いはしなかった。


 救うどころか地獄だった。


 騙されたうえに地獄に堕とされてとより雪也を憎んだ。


 そしてもっと深い地獄に堕ちた。


 もう2度と這い上がれないように思えた。


 自分は永遠に地獄だ。

 

 そのうち鬼になる。


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