あの日(4)
鬼になる前に、まだ自分が人間のうちに、世界を見ておこう、そう思った。
何日かぶりに來夢は部屋の外に出た。
天気の良い日でもないのに外は眩しかった。
いろんな匂いがした。
いろんな音が風にのって聞こえてきた。
外の世界は生きていた。
そのままあてもなく歩き回り知らない駅で電車に乗った。
行き先も分からず乗った。
來夢はどの駅でも降りなかった。
終点に着くとそこからまた別の電車に乗った。
何かから逃れるように心がせいた。
止まってしまうと捕まってしまいそうだった。
捕まる?何に?追いかけてくる。
誰が?
わたしだ。
鬼と化した自分だ。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、最初は10両編成だった電車は今ではその半分の長さもない。
車窓から覗く知らない小さな駅はどこか懐かしかった。
來夢は思い出した。
ああ、高校の時まで住んでいた田舎に似ている。
電車がまた次の駅に滑り込む。
駅のホームにぽつんと細長い影が立っているのが見えた。
來夢の心臓が脈打つ。
だんだんとその影に近づく。
目眩がした。
雪也。
雪也は黙って來夢を見つめた。
來夢も黙ってそれに応えた。
2人に言葉は必要なかった。
言葉がなくとも、その唇が触れなくとも、 その瞳が全てを語っていた。
電車がゆっくりとホームを去っていく。
來夢はいつまでも見えなくなったホームを見ていた。
見ていた、澄んだあの雪也の瞳を。
膝の上に広げた両手。
この手の能力がなかったあの頃。
あの頃は何を信じていたか?
何も見えなかったあの頃の方が自分は真実を見抜けていたのではないだろうか?
來夢は誓った。
もう2度とこの手で誰かの心を覗いたりはしまい。
真実はこの手を通して伝わってはこない。
真実はその人の瞳に宿る。
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