ep7.妖艶なサーカス



「ほえ~すごい、地面がぴっかぴか、まるでダイヤモンドみたい!」

「ダイヤだからな」

「ま、まさか、嘘でしょ」

「本当だ」

「ほんとに?!わわわ、人間が聞いたら卒倒しちゃうわね」


 メトロポリタン・メロウシティと書かれた大きなアーチをくぐると、そこはまさにキラキラ輝く大都会だった。ガラスや宝石で造られたような高い建物がひしめいて立ち並び、街全体でパーティーをしているかの如く賑やかで華やかで活気に溢れ、道路は地面から浮いた車やバイク、はたまたホウキに乗った人間まで、様々な乗り物で渋滞を作り混雑している。気球や飛行船の飛ぶ空には巨大なドラゴン型のバルーンも一緒に飛び、口から火を吹いたかと思いきや、それはラメのシャワーになって空を彩った。


 食べ物や甘い香りが混ざり合い独特の匂いが鼻をつつくが嫌ではない。

 気温は春のように暖かく、夢見心地で辺りを見回していた。

 まるで都会の竜宮城ね、と私は思った。


 暫く歩くと、あの、ガラス気球の上から見えた巨大な猫の石像が見えてきた。

 首が左右に動き、左手も招くように動いている。

 この世界の文字は全て古代文字に似て複雑で私にはまるで読めないが、その猫の首元に巻いてあるネームプレートに何か書いてあるのが気になった。赤く点滅しているからだ。


「あれ、あの猫の首元、なんて書いてあるの?」

WEST西の外れは危険、心せよ諸君」

「西の外れは、危険?」

「そうだ」


 そっけなく返されて、なんだかもやもやした。


 その猫が近づくにつれ、花の形の街頭が多くなり、木も葉も白い木が生えた並木道が現れ、その先には丸い広場があって、真ん中にはハートや星型に水が噴出している噴水、そして右の方にはサーカスのテントらしき建物が見えた。左の方には観覧車やメリーゴーランドや屋台、どうやら規模の小さなレジャースポットらしい。トカゲみたいな尻尾の生えた親子が噴水前でソフトクリームを食べている。「いやあ、楽しかったね」と言いながら、猫のスフィンクスにそっくりなカップルが目の前を通り過ぎていった。彼女の着飾ったピンクのドレスがふんわりと揺れるのを見た時、


「さあ、こっちだ」

『さっさと歩けよ、ノロマ~』


 マルルはそう言って、サーカスのテントの中へと入っていった。

 私はミズネにべーっと舌を出してから、足早についていった。


「やあ、マリア」


 テントに入ると、関係者以外は入れなそうな赤いベルベットの垂れ幕が下がった奥へと入り込んでいき、狭くて暗い通路の先のまた垂れ下がっている布をくぐると、マルルは目の前の四角い、ハテナと書いたボックスに腰を掛けている女性に向かってそう言った。


「あら、早かったのね。成功したのね、……彼女かしら。ま、可愛らしいお嬢さんだこと」


 その女性はむせ返りそうなほどの色香を放っており、バニーガールのような赤い服に黒い網タイツ、白い手袋と白いピンヒールのロングブーツを履いていた。

 私は何故か顔が赤くなり、彼女の零れ落ちそうな胸が嫌でも視界に入ってくるので、目が尋常じゃないくらい泳いだ。

 そんな私を見てクスリと笑うと、


「私はマリア・スチュアートよ。マリアって呼んでね。ま、名前はもう数え切れないくらい、あるんだけれど。マルルもマリアって呼んでるから、ね」


 そう言って、ふわりとカールがかかった長いブロンドをかき上げ微笑んだ。


「あ……私は、灯……アカリです、あの……まだなにがなんだか、よく、わかってないんですけど……ヨロシク……です」


 緊張しながらも精一杯自己紹介をする。


『おーマリア、あいかわらずデカパイだなぁ一回くらいその胸に飛び込ませてくれよ~』

「まぁ、相変わらず口の悪いネズミちゃんね。言ってくれたら、いくらでも飛び込ませてあげた、わよ」

『本当か!?わーわー!!』


 マリアはそう言って立ち上がると、マルルの肩に乗っているミズネをむんずと摘み上げては、その柔らかそうな胸の谷間にぽとりと落とした。


『わーっっっ!!天国ぅぅぅ!!』


 私は顔を真っ赤にさせ、押したり転がったり谷間に潜っていくミズネをちらっと見てから、一度咳払いをしてマルルの顔を見た。


「あん、そこは、ダ・メ・よ」


「ミズネ、いい加減にするのだ。大事な話があるんだぞ」


 マルルも心なしか少し顔が赤い気がする。

 そう言うとミズネは『ちぇっ』と言いながらもぞもぞと出てきてまたマルルの肩に飛び乗った。「あら、ちょっぴり残念。後でゆっくりお借りしようかしら、そのネズミちゃん」マリアはそう言って、葉巻タバコに火をつけた。


「まずこのマリアの説明をしようか、マリアは、王の護衛の一人、カメレオン人魚マーメイドと呼ばれている。どんな人物にも成りすますことができる、人魚なのだ。普段はサーカス団の団長をしていて、いろんな街を旅しながら、情報収集をしている。彼女に聞き出せない情報はない」

「……に、人魚……?」


 私が不思議そうにしていると、マリアは口で手袋を脱いで見せた。

 その手の皮膚は鱗でできていて、七色に光っていた。


「そうなの、あたし、海を忘れた人魚マーメイドなの」


 白い手袋を口に咥えた、真っ赤な唇がそう言って微笑んだ。





 



 


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メトロポリタン・メロウシティ 美シ @apotter33

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