ep5.絵画に閉じ込められた王子様
でろん、とした肉汁
「実は、この国、”グレイトキングワンダーランド”では今、国家を揺るがす大事件が発生しているのだ」
マルルの青い瞳が、出会った時のように黒色を帯びてくる。
「大事件……?」
私は唾をごくりと飲み込むと、マルルの気迫に内心おののきながら耳を傾けた。
「国王、グレイトキング・テトラス様のご子息、テンペスタ王子が絵画の中に閉じ込められてしまったのだ!」
マルルの瞳はついに真っ黒になってしまった。感情が高ぶると青い瞳が黒く変化するらしい。
この国の王子様が絵画の中に閉じ込められた……て……。なんて世界なの。話が突拍子もなさすぎて、いまいち実感が沸かない。
マルルは手に持つ肉を今度は皿の上にガチャリと叩きつけて、続けた。
「あろう事かその犯人は、国王の秘宝、ペンと消しゴムと定規まで持ち出して行ったのだ!!私と言う者がついておきながら……なんという屈辱!!」
ん?
ペンと消しゴムと定規……?
それが王様の秘宝……??
あの、ペンと消しゴムと定規で間違いないのかな?人間界にもある……。
でも、今のマルルに質問はちょっとしづらいな~、ハハ……。
「これを見るがよい」
困惑している私に向かい、今度は、食べ過ぎてお腹がパンパンになっているネズミを掴んで手の平に乗せると、
「ミズネ! 絵画テンペスタを出せ!」
とそのネズミに向かい言った。
ミズネ?
あのネズミ、ミズネという名前があったのね!それも単純に逆さま言葉の。
『あいあいさー』
ミズネはそう言うと、空気を吸い込み頬をパンパンに膨らませ…いや、それはもう見事に大きくありえないほど膨らませ、それから口を大きく開けると、絵葉書ほどの大きさの、金色の額縁に入った絵が飛び出してきて、マルルはそれをキャッチしてみせた。
「ミズネは私のペット兼バックなのだ。なんだって口の中に収納してみせるのだぞ、凄いだろう」
『へっ!驚いたか人間!私のこの偉大な力に恐れ慄いただろう!』
ミズネは得意そうに胸を張ってそう言った。
私はそんなミズネに何も言い返せないまま、マルルの持った絵を見た。
「あ!この絵、私見たことがある!」
それは、いつか図書館で見た画集の中にあった絵だった。
画家の名前は忘れてしまったけれど……確か、絵の題名は、『テンペスタ』
そしてその絵には、子供に乳をあげる婦人と、一人の青年、空には迫り来る
「これはもともと王様のコレクションの一つだった、人間界で描かれたテンペスタという絵画なのだが、ここを見てくれ、この青年を」
よくよく見ると、絵の左側に立ち、長い杖か棒のようなものを持っている青年の目が、きょろきょろと動いているのがわかった。私は驚いて反射的に体を仰け反らせた。
「この青年が、王子様?!」
「そうなのだ、本物の絵の青年は髪の毛が黒いが、この青年は金髪だろう。王子は実にサラサラで美しい髪の毛をしてられるのだよ」
「ひゃー、顔も美しいですね」
「うん、とっても美男子なんだ」
「さすが、ファンタジー界の王子様」
マルルの漆黒だった瞳はいつの間にか綺麗なブルーに戻っていて、寂しそうな顔をして言った。
「王子は心もお優しいお方なのだ。恐れ多いが、唯一の私の友達……なのだ」
王直属の護衛と王子様の友情……。
素敵、なんて素敵なのかしら!!
私は勝手に想像を膨らませて、二人の友情に胸が熱くなった。
「王子を助けたい、そしてその三つの秘宝を取り戻したい、だから私を呼んだのね!?」
私はガチャンとテーブルに手をつきながら立ち上がると大きな声で言った。
そして、
「なんで!?」
と聞いた。
マルルはガクッと肩をずらしてから、ずれた頭巾を直しながら言った。
「そんなに張り切って言う台詞じゃあるまいが…まぁ、そういうことなんだ。それでおぬしを呼んだのには、三つの理由がある。まず一つ目に、14歳だということ。二つ目に、夢を失ったこと。三つ目に、まだ夢を見たいと願っていること」
「!」
私はへなへなと椅子に座り込んだ。
「それだけ?」
「それだけではない、重要なことなんだ」
「そう……」
夢を失い、まだ見たいと願っている……。
そう、思い出した。 思い出してしまった。
自分の心の奥の、大切な部分をー。
思い出したら、何故だか急に力が抜けてしまった。
「夢を取り戻したいという想い、その強い思いが、王子を救う鍵となる」
マルルはそう言って、またミズネに絵を食べさせた。
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