ep4.肉肉しい夜


 ガラス気球に乗り込むと、すぐの広いロビーには、人や、人とは言いがたいような者で溢れていた。


 大きな剣と盾を持ち金色の鎧を纏った人と、頭に伸びた長い耳と丸い尻尾のついた色っぽい女が受付で何か喋っている。

 真っ白い長い毛の柔らかそうなソファーには、目も鼻も口もない真っ黒な男が座り、その向かいには白黒の縞々のワンピースを着た黒髪の女がティーカップに口をつけているが、それを持つ手は青く、うろこのようなものが見える。それに談話するキツネのような顔をした親子や、スーツを着て携帯電話で話をしている顔が熊のおじさん、蝶々の羽が生えた可憐な少女、お洒落したドワーフ、首までキリン模様の背の高い美男美女ー。

 たくさんの不思議な者たちが、大なり小なりバックを持ち、旅行に行くような出で立ちで賑わっていた。


「驚いたかい。人間ではない者達を見るのは初めてであろう」


 立ち尽くしてしまった私を見て、マルルがそう言った。

 こくり、と頷くと、マルルは続けて言った。


「みんないろんな町から乗車したんだ。メトロポリタン大都市メロウシティ美しい街へ行くために」

「メトロポリタン……私、メトロポリタン美術館で……!」

「うん、この国の王は人間界の美術品が大好きでな。夜な夜なお出かけになられていたから、あの場所とこちらの世界は繋がっていたのだよ」

「そう、なんだ。夜な夜な、来てたんだ、しかも王様が……でもなんで私が」

「……うむ、それはゆっくり説明しよう。まずは部屋に入ってからだ」

「部屋?」

「メロウシティに到着するには一日かかるからな。あそこに受付があるだろう、あそこで部屋をとるのだ」

「なるほど」


 それにしても、見た目に反してなんと聡明で力強い立ち振る舞いと話し方……王の護衛と言ってたから、相当キレる女の子なのかも……っていうか、年齢ももはや不明。この世界では、普通が普通じゃないんだよね。


 私は彼女の後をおずおずとついて行った。


「魚の4番、っと」

「ひえええぇぇぇ」


 ロビーの奥にある階段を登りドアを開けると、吹き抜けの通路に出た。

 さっきは絨毯が敷いてあったから気にならなかったけど、ガラスだから透き通っていて、地面が丸見えなのだ。怖い。足がすくむ。


「ちょっと待ってぇぇ、お願い~!」


 私は座り込み、低い壁に掴まりながら膝を擦らせゆっくり進んだ。

 

「まったく、臆病じゃのう」

「ひっ!」


 マルルはそんな私の腕を掴み、無理矢理引きずって歩いた。


「ひいいいぃぃぃぃぃ!!」


 階段は担がれ、通路は引きずられる、これを4階まで続けたのだから、たまったもんじゃない。時々すれ違う人が不思議そうにじろじろ見てきて、恥ずかしいやら恐ろしいやらで涙と鼻水が出てきた頃、マルルがようやく、『魚 4』と書かれた部屋の前で立ち止まった。



***



「さあ、聞かせてもらいましょう、何故私がこの世界に招かれたのか!」


 やわ餅のように柔らかな毛長の真っ赤なソファーに腰をかけると、白い絨毯のおかげで元気になった私は真向かいに座るマルルにビシッと指をさし、早速単刀直入に聞いた。


「まずは腹ごしらえだろう」


 しかしそれを冷めた顔でことごとくかわし、一輪の花形の電話のボタンを押すと、「肉のメニューを全部くれ」と言ってみせた。


 

***



 「ひゃー!!美味しそう!!」


 積まれたこんがりもも肉、とろ~りソースのかかった柔らかそうなフィレ肉、ピンク色の薔薇のように美しく並んだしゃぶしゃぶ肉、サイコロステーキ、何かを包んだ爆弾お肉。ああ、全て薫り立つマンガ肉!!


 運ばれて来た瞬間、忘れていた食欲が洪水のように噴出してしまった。

 今ならこれなら全部食べれる気がしている!


「あー美味しいのぅ~~~!!やっぱここの肉最高だわ」


 マルルはそう言いながら、尋常じゃないスピードで食べ始めた。

 見たこともない幸せそうな顔をしている。きっと肉が好きなのだ。


『うっめ~ぜ~!!』


 ネズミもかぶりついている。


 ステーキを食べた私はそのあまりの美味しさにほっぺたが落ちそうになりながら、沸騰している鍋に肉を突っ込みしゃぶしゃぶした。


 マルルはあっという間に10分の9ほど平らげると、


「よし、それでは話そう、大事な話だからよく聞けよ~」


 と、もぐもぐしながら喋った。


 







 








 

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