第11話 その名はビート
奴隷市場を見て回っていると新しい奴隷が到着したというので、その契約の様子を見させて貰うことにしたのだが、そこで逃げ出した奴隷に人質にされてしまった。
逃げることはいつでも出来るが、そうすることでこの奴隷が酷い目に合うのは忍びない。放っておく方が都合が良くなると思うので、ここにいる人達がどうするのか観察することにした。
「おい! なぜ手を離した!」
「スミマセン! しばらく大人しくなっていたので、油断しました」
先ほど説明してくれた人が作業責任者のような人に怒られている。
その間にもトランスが出口を固める指示を出し、着実に包囲を進めているのでなんとも手際が良いものだと感心していると、深々とトランスが頭を下げてくる。
「申し訳ありません、お客様。直ぐに助け出しますので」
この状況で目線を外せるぐらい余裕ということは、トランスには何か対応策があるのだろう。
そして既にトランスは俺が考えていることを見通した様子であり、最悪の事態にはならないと伺えるので任せることにする。
「いやいや、あんまり気にしなくても良いぞ」
「そうですか……かしこまりました」
「おい! ムシするんじゃねぇ! おマエもコロされたくなかったらオトナしくしていろ!」
背後から脅されたので、事を荒立てないよう素直に従う。
捕まえられたままジリジリと入り口の方へ向かっていくが、ここの人達はどうするのだろうかじっくりと観察し、トランスの方をみると何やら従業員と話をしている。
遠くの音を拾うことができるスキル[聞き耳A]を使って聞いてみると、それは奴隷の契約内容についてであり、そしてどうやらどうするか決まったみたいだ。
トランスが一歩前に出て語りかけ始める。
「ふむ、貴方の名前はビートと言いましたかな?」
「それがどうした? ハヤくイりグチからヒトをノけろ!」
「いえ確認ですよ。ところでここを逃げ出してどうするつもりですかな? 逃げたところで貴方が奴隷ということには変わり無いのですよ。そして、これは立派な犯罪です。このままでは貴方は犯罪奴隷。それが嫌ならば素直にその方を解放しなさい」
「ウルサい! オレはハめられただけだ! ここをデれば、ニドとツカまらない!」
恐らくこのビートは仲間に売られたことで人さらいに捕まったのだろう。そして怪我の理由もその時に抵抗して受けたものだと思われる。
この獣人がここに連れてこられたのには何か事情があると思っていたが、それ以上の何かがあったのかも知れない。
「分かりました……貴方がそう望むのであれば止めはしません」
そう言ってトランスは入り口にいる人達を退かせる指示を出す。
ビートが入口の方向を見て安心したからか力がゆるんだ瞬間、ビートを通して嫌な感覚が伝わる。
どうやらトランスが奴隷紋の力を使ったようだ。
そしてトランスが一瞬にして間合いを詰めてビートから俺を引き離し、その後に硬直したビートを他の従業員達が取り押さえる。
「アヴラム様、申し訳ありませんでした。お怪我はありませんかな?」
「ああ大丈夫だ。それよりビートといったか? あいつはどうなるんだ?」
「残念ながら彼は犯罪を犯してしまいました。それも奴隷としてあるまじき主人への反逆と、傷害未遂です。なので犯罪奴隷として扱わなければいけないでしょう」
「まぁそうなるよな……」
奴隷が一般の人を傷付けるということは許されるものでは無く、処罰の対象になる。だがそれは奴隷の所有者が罪を被らない限りだ。
「……トランスさん、どの奴隷を買うか決めました」
「おや? それはそれは有難うございます。さてどの奴隷でしょうか? 先ほど連れてこられた中だと、狼の獣人などですかな?」
「いえ違います。俺が買うのは……」
俺が指差したのはビートにだ。
「ほう、それはまた面白い提案ですな。犯罪奴隷として買って、仕返しに痛め付けるのですかな?」
分かっているはずなのにこのような質問をあえてしてくるなんて、やはり奴隷商は人が悪い。
確かに犯罪奴隷には命を奪う以外なら何をやっても良いらしく、中にはそういう加虐嗜好を満たす為に奴隷を買う奴もいるみたいだ。
「そうじゃありません。それに契約は普通の奴隷契約にしてもらえませんか? それもなるべく軽いもので大丈夫です」
多少暴れられる程度であれば何とかすることが出来るので、個人的には奴隷契約そのものがいらなかったりするが、そうしないとトランスからビートを引き取ることが出来ない。
機を見て解除しようとは思うが、それまでにビートの問題を解決し信頼関係を築きたい。
「ふむ、そうですか……被害者である貴方様がそうおっしゃるのであれば、先ほどの行いは不問ということに確かに出来ます」
「こうなることを分かった上で、率先して前に出てきたくせに人が悪い」
「はて、何のことでしょうか?」
「……まぁいい。なら決まりだな。おい、ビート! 俺がお前の主になるが何か文句あるか?」
「ベツにねぇよ……」
さっきの事があって直ぐなのにまだ反抗的な態度をとれるとは、ビートは見上げた根性をしているようだ。
こうして奴隷を探していただけで思わぬ騒動に巻き込まれたのだが、ビートと奴隷契約を結ぶことになった。
「それではアヴラム様でしたな。契約内容はこれでよろしいでしょうか?」
そういえば奴隷商なので警戒してトランスに名前を伝えていなかったが、契約の為に必要ということで教えた。
「ああ、問題無い」
──────────
[奴隷紋E]
主人:アヴラム
奴隷:ビート
特記禁止事項
[秘密の漏洩]
主人の如何なる情報も許可なく他人に漏らすことを禁ずる。
──────────
一緒に行動するとどうして秘密に出来ないことも出てきて、自分が元聖騎士団それも救国の聖騎士と呼ばれていることも直ぐに知られる事になるだろう。
奴隷契約としてはほとんど無いようなものだが、面倒な事にならないよう念の為に契約内容に秘密保持を含めて貰った。
「それではアヴラム様。契約に使いますので血液を少し頂けますかな?」
奴隷契約を結ぶ為に契約書に血液を一滴垂らし、同様にビートからも血液を貰う。
ビートは流石に諦めたからか今はもう大人しくなったものだが、目はまだ逃げることを諦めていないように見える。信頼関係を築くにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
そしてトランスが奴隷をお客に引き渡すのに汚いままではということで、ビートをお風呂に入れ清潔な服を着せる。
そしてようやく何の獣人かわかるようになったのだが、ビートは灰色の毛並みと蒼い目をした兎人属だった。
「ビート! これでお前は俺の奴隷になった訳だが、奴隷扱いするつもりはない。お前の頑張り次第では解除しても構わない」
「ならイマすぐオレをカイホウしろよ!」
「お前は解放されて、何を望むんだ? 犯罪奴隷になってでもというのは相当の理由があるんだろ?」
「オレはこんなメにアわせやがったヤツらにフクシュウしたい。オレのムラをオソったマモノをクチクしたい」
ビートの話を聞いていくと、暮らしていた村が魔物に襲われて壊滅状態になった後に冒険者を装った人が助けに来たそうだ。しかしそいつらがビートの仲間を助ける振りをして、仲間達を拐っていったそうだ。そして、ビートは仲間を助け出そうとした時に捕まってしまったらしい。
酷い話であり人道的にどうなのかと思うのだが、この国で市民権を得ていない亜人は何も悪いことをしていなくて人拐いに捕まっても、その人権が保護されない。
人を拐う行為はアウトでも亜人を奴隷にするのは問題無いというグレーゾーンなのだ。人道精神に欠けるので聖騎士団でも問題視する動きはあったが、奴隷が国力を支えているのも事実なので、このグレーゾーンは無くなることはなかった。
「そうか、なら今のお前でそれが出来るのか? 復讐心に駆られて、身を焦がす奴はごまんといるぞ」
「カンケイない!オレにはもうカゾクがいない。カエるバショもナい。タタカってシぬならそれでもいい」
「お前は何も出来ずにただ死ぬだけでも満足なのか? それならオレの見込み違いだな」
「チガう! そんなことはナい! そうだ。オレはタタかえるチカラがホしい」
「なら強くなれ! 俺ならお前を強くすることが出来る! 選べ、俺について強くなるのか、一人戦って負け犬になるのか!」
「おマエなら、オレをツヨくデキるのか?」
「出来る! そして俺はお前が必要だ! 俺がお前を強くしてやるし、帰る場所にもなってやる!」
「……ワカった。オレはおマエについていく。だけどまだシンじない。おマエのコトバがウソならスぐにニげダす」
「今はそれでいいさ、それにその時は直ぐに言ってくれ。無理にお前を奴隷にしておくつもりはないし、奴隷契約を解除してやるよ」
こうしてちょっとした一悶着はあったが、ビートが仲間になってくれることになった。
これで目的は果たしたので奴隷市場を出たのだが、日が落ちていたのでギルドには向かわず今日は宿に帰ることにする。
ビートのに『宿に行くけど問題ないよな?』と話しかけるが、そっぽを向いて反応をしてくれない。
返事が無く虚しいのだが、これから少しずつ信頼関係をいけば良いだけだ。
こうしてビートの為にも宿を手配し直し、一日が終わっていくのであった。
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