第10話 奴隷市場


 アヴラムは足りなかった[ゴブリンの角]を買う為に、再び街の中心部に向かう。

 最初に市場を訪れた時は見つけることが出来なかったが、今回は3つほどの商会を訪れるだけで必要数量を入手することが出来た。それは喜ばしいことなのだが、これまでの努力は何だったのだとアヴラムは肩を落とす。

 本当は一番大きな商会に行けば簡単に手に入るのだろうが、あそこの#商会長__オーナー__#とアヴラムは顔見知りである。聖騎士団とも繋がりが深く、会うとどうなるか分からないのであまり近づきたくないということで避けることにしたのだ。

 そこよりは小さいが、なかなかに大きい商会に行くと買うことが出来たので問題無いだろう。

 これで当初の目標は達成した訳だが、アヴラムにはギルドに頼まれてもう一つ目的がある。なので乗り気ではないのだがそちらを果たしに行くことにした。


■■■


 自分の代わりに矢面に立って貰う人を用意する為に訪れたのは奴隷市場だ。

 市場と言っても普通のお店みたいに露店が有るわけではなく、大きなテントのような建物の中が奴隷市場となっている。

 初めて奴隷市場を訪れたのだが、一歩足を踏み入れるとそこは空気が重たく感じられ、二の足を踏んでしまう。


──ここは人の命を扱う場なのだ。


 普段接することの無い、命を売り買いすることを生業とした人達とやり取りをする必要があり、心していかなければこちらが飲み込まれかねない。

 なかなか中に入っていくことが出来ないで躊躇していると見知らぬ老紳士に話しかけられた。


「おや? あなた様は初めてこちらを訪れたのですかな?」


「はい、そうですけど……」


 必要性があることを理解はしているが、基本的に奴隷制度に関しては反対だ。そして奴隷を扱う奴隷商人自体にも嫌悪感を感じるので警戒していると、それが伝わってしまう。


「おっと申し訳ありません。私は怪しい者ではないのですよ。私はこの奴隷市場を運営しております、トランス・ファミリアと申します。以後お見知りおきを」


 そう言ってトランスは丁寧に深々と頭を下げてきた。


「そんな立場のある方が、なぜ俺に声をかけてくれたのですか?」


 お金が有るように見えない格好をしているにも関わらず、責任者が声を掛けてくるのは流石に怪しい。考えてみてもわざわざ声をかけてくる理由が思い浮かばないのだ。


「いえいえ、特に理由がある訳では無いのですがね……強いて言えば勘ですかな」


「勘ですか?」


「ええ、こう見えても私は人を見る目だけは確かなのです。貴方様が何者であるかは分かりませんが、"只者ではない"と私の勘が訴えてきましてね」


「そうですか……ですがあいにく俺は有象無象の只者ですよ」


「これまたご謙遜を……ふっふっ。面白い方ですな。もしお邪魔でなければ私がこの市場を案内させて頂いてよろしいでしょうか?」


「そうですね、お願いします……」


 ということで市場を責任者であるというトランスに案内して貰うことになったのだが、奴隷がいる区画まで移動する中で、色々と質問をされる。


「ここにはどのような奴隷をお探しで? ここには様々なご要望に応えるべく、質の良い奴隷を数多く揃えておりますよ」


「そうですね……とりあえず戦闘が出来るという条件を満たす奴隷を見せてもらえますか?」


 いずれ魔王にも挑もうと思っているのだから、戦える戦力であるに越したことはない。


「ふむ…………それでしたら亜人の方がよいですかね。では案内致しますので、こちらへどうぞ」


 トランスに案内され幾つかの扉をくぐった先に亜人がいる部屋があった。

 何重にも扉をくぐった先にあるのは、その戦闘力ゆえに脱走を図られても、足止めが出来るようにだろう。

 しかし真っ直ぐに向かってくれれば良いものの、明らかに遠回りしながら様々な奴隷を紹介されたのでここに来るまで時間がかかった。

 姓奴隷など必要ないというのに、扉を潜るたびに、『ここにも良いのがいるのですよ』と近くに女奴隷を連れてこられ、色気を振り撒かれるので断るのに苦労したものだ。

 自分も男なので誘惑に駆られない訳では無いが、今はそういうことをしている場合ではないと思い直し断った。

 そんなことがしたいのなら、あの勇者の元にいれば良かったのだ。

 断る度に、ニヤニヤして『そうですか、残念です』とか言ってるトランスを一回殴っても大丈夫だろうかと本気で考える。


……やっぱり奴隷商なんて嫌いだ!


 トランスの思惑に乗せられ無いように、何とか飲まれずに乗り切ったので、あとは条件に見合う獣人を見つけることが出来るのかだが、なかなか簡単にいきそうにはない。

 トランスの思惑により奴隷市場に入ってからずいぶんと時間がかかったが、ようやく亜人のいる部屋を見て回り、そこにいる中から、気になった獣人をトランスに一人一人、説明して貰っていく。しかし奴隷の良し悪しと、自分にあった買い方など知らないから選びようがなく、決め手に欠けるのだ。


「お気に召す者はおりませんでしたかな?」


「そう言うわけではないのですが、奴隷を買うのは初めてなので決め手にかけるというか……」


「そうですか、それは困りました。亜人ですとここにいるものが最上ですからな……であれば一度は犯罪奴隷の方も見てみますかな?」


 犯罪奴隷はその名の通り犯罪を犯したもの達で、真人属などの人種も関係無く、その犯罪の罪により奴隷となった者達のことだ。

 流石に殺人とかになると一般の人に売ることが出来ないので、どこかで強制労働や実験体にされているらしい。

 しかし荒くれ者である一方で実力は確かなので、戦力として数えるのであれば有用である。


「うーん、流石にそれは……」


 自分はつい最近まで犯罪を取り締まる側だったので、誰に恨みを買っているかわからない。

 それに犯罪奴隷は裏切られる可能性が高いこともあって、共に行動するのは憚れるので流石に断った。


「そうですか。ではもう一度見直して見ましょうか」


「そうですね。よろしくお願いします」


 無理にして買う必要は無いが、とりあえず強そうな奴はいるのでその中から選ぶしか無いのかな、と思っていると他の従業員がやって来た。


「失礼しますトランス様。新しい奴隷が入りましたので、こちらに来ていただけますでしょうか?」


「今は接客中だ、後にしてくれないか?」


「こ、これは失礼しました」


 従業員に頭を下げられたが、自分は急ぎの要件ではないので、先にそちらを済ませてもらって構わないと伝える。


「では一緒にこられますかな? どうやら新しい奴隷が入荷したようで奴隷契約を結び直す必要があるのです。もしかしたら、気に入る奴隷がいるかもしれませんよ?」


 急なことではあるが、新しい奴隷が到着したとのことなので、折角だからとトランス誘われて付いて行く。そして奴隷市場の裏口にやって来た。

 そこには馬車の荷台に詰め込まれた奴隷たちと、彼らを誘導する従業員がいて、奴隷たちは順番に下ろされている。

 ここにいる奴隷達はまだ到着したばかりだからか随分とやつれていて、汚れと臭いがキツい。それに目からは気力が失われている。


「はっはっはっ、すみませんね。不快な思いをさせましたかな? でもこれが奴隷として本来の姿ですよ。ここでは少しでも良い商品として売るためにも綺麗にはしていますが、他所に行けばこういう奴隷は沢山いるものです」


 これまで直視をしてこなかったが、奴隷とはそういうものなんだろう。

 奴隷が国を運営していくなかで何故必要なのか教えられてきたが、こういう姿をみるとやはり奴隷という制度に抵抗があることを改めて思い直す。

 聖騎士団では奴隷は不浄の象徴とされ所持を禁止していたので側には居なかったが、捨て子であった自分も一歩間違えば奴隷になっていた可能性もあったのだ。

 必要悪として認めなければいけないことは頭で理解してはいるが、それでも疑問に思わなければいけないという気持ちが心にある。


「……ところで彼らはどうして奴隷になったのですか?」


「まぁいろいろですな。お金が理由の人もいれば、口べらしの為に売られた人も、人さらいに捕まって流れてきたものもおりましょう」


 トランスの回答は概ね想定内の答えであった。

 聖騎士団としてここに来たならば、人さらいとかはアウトな話なので聞けなかっただろう。しかし人さらいは現場を押さえなければ証拠が残らないので意味がない。

 既に奴隷になってしまった人は元から奴隷だったと言われればそれまでであり、お金を払って解放するしか助ける手段は無いのだ。

 今は既に聖騎士団の一員では無く、単独で痕跡を辿って人拐いにまでたどり着くことは不可能なので、ここは深く言及すること無く聞かなかったことにする。


 目の前で奴隷達が次々に降ろされていき、直ぐさま奴隷契約が結ばれていく。

 トランスの説明によると奴隷契約は魔法契約で体に直接契約を刻まれる。そのレベルは様々で、主人に逆らうことが出来ないのは当たり前として、その他は自由に動ける契約もあれば、何をするにしても許可がいる契約もある。

 普通の奴隷であればそこまで強い奴隷契約を結ぶことはせず軽いものが多いが、逆に犯罪奴隷は大概は重い契約になるらしい。

 ここに運ばれてきた奴隷には犯罪奴隷はおらず余り危険性が無いという判断の元、ここに来るまでに掛けられていた契約を引き継ぎ主人の名前を変えるだけで済まされるので、流れ作業のように奴隷契約が終わっていく。


「トランス様、次が最後でございます」


 そうして最後に馬車の奥から運ばれて来たのは小さな獣人だった。

 下を向いているので顔はよく見えないが体にアザが幾つか見られ、ここに来るまでに何かがあったことを物語っている。

 しかし商品であるはずの奴隷に対して奴隷商が、目に見える場所へ暴行を加えるとは思えない。

 だとすると奴隷商人に受け渡される前、例えば人拐いに捕まる時に何かが合ったのかもしれない。


「彼はどうしてこんなに怪我をしているのですか?」


 奴隷を運んできた人に聞くと怪訝そうな顔をこちらに向けてくるが、トランスがお客様であると伝えると直ぐに理由を教えてくれた。


「これはこれは、お客様がこのような場所にいらしたとは思いませんで失礼致しました。見える場所の怪我は引き渡された時に既にしておりました。ですがどうも彼はどうも反抗的なので、ここに連れてくるまで何度も暴れられて、取り押さえるのに苦労しましたよ……今は観念したのか、ようやく大人しくしていますがね」


 ガチャンと突然大きな音がしたと思うと、先程の奴隷がいきなり拘束から抜け出してこちらに向かってきた。どうやら事もあろうに俺を人質にしようとしているみたいだ。

 そして俺の腰にある短剣を引き抜き、脅迫するために首元に当てられる。


「ウゴクな! こいつのイノチがどうなってもヨいのか! こいつをタスけたければ、オレをジユウにしろ!」


 まぁ本当はこうなる前に取り押さえられたし今も簡単に逃げられるけど、犯罪を犯してしまった奴隷の行く末は酷いものになる。

 行動を起こしてしまった時点で、この奴隷の未来は確定してしまったようなものだ。


──それを助けるには方法は一つ。


 どうなるか分からないが、取り敢えずこのまましばらく付き合ってみることにした。

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