第8話 ゴブリンの角探し


 商業ギルドで[ゴブリンの角の仕入れ]という依頼を受けたアヴラムはゴブリンの角を求めギルドを後にする。

 ゴブリンを倒して手にいれることは簡単だが、商業ギルドで依頼を受けたからには、一度は正規の方法で仕入れに挑戦したいので、まずは市場を目指すことにした。


■■■


 まず最初に[ゴブリンの角]の仕入れの為にやって来たのは、フェブラの街で最も大きい市場だ。沢山の出店と人通りがあって、一つ路地裏に行くと怪しいお店も沢山ある。ここでなら案外簡単にゴブリンの角を手に入れられるかもしれない。

 とりあえずは魔物の素材を扱っているお店を探して聞いてみることにする。


──数時間後


 結論から言うと、ここにはゴブリンの角は売っていなかった……というよりも、そもそも魔物の素材を扱うお店が少ないのだ。

 そしてゴブリンの角が無いのか聞いてみても、『そんなにほしけりゃ冒険者ギルドに依頼しな!』と言われてしまう。

 これは本当にランクEの依頼なのだろうか?

 市場で仕入れようにも仕入れられないなら、ゴブリンを倒せない人からするともう詰みの状況だろう。それとも自分が知らない方法が有るのかもしれないが分からない。


 しばらく考えても他に良い方法が思い付かず、仕方がないので市場での入手を諦めて街から程近い魔の森にやって来た。

 ゴブリンは比較的どこにでも生息しているが、薄暗い所に好んでいるので草原に行くよりこちらの方が遭遇する可能性が高い。

 まずはゴブリンを探す所から始めるのだが、常時魔法とも言われるスキルを使えば探すことは簡単だ。魔物と戦う上では必須とも言えるスキル[気配察知]を使って魔物の気配を察知し、そこへ向かって討伐を繰り返せば良い。

 さっそく、スキル[気配察知A]を発動し魔物の居場所を探っていく。

 ゴブリンの気配は小さく、他の魔物と見分けることは難しいが、数がいるので見つけるのは難しくない。強そうな魔物の気配もあるが、今は関係ないのでさっさとゴブリン狩りを始めよう。


■■■


 『プギャッ!?』という声を聞いたのはこれで何度目だろうか。


 始めのうちは倒してから角を刈り取っていたのだが、倒すと死体の処理をしなくてはいけなくてあまりにも面倒くさいので、途中からは殺さずに角だけを刈ることに切り替えた。

 聖騎士団にいた頃はゴブリンの相手をしていたのは始めの頃だけで、全くしていなかったのだが、勇者を育てる上でしばらく戦っているなかで、最近身に付けた技術だ。

 角を刈り取るだけでゴブリンの脅威はほとんど無くなくなって、好戦的な動物といったところになるので、倒さず残しておいても問題にはならないだろう……


 しばらくゴブリンの角を刈り取っていたが、そろそろ角ありゴブリンがいなくなってきたのでこのぐらいで潮時にする。

 以前は勇者が止めを刺していたので知らなかったが、角を取られたゴブリンってオネェになるんだな……

 くねくねしたり妙にメスっぽい? (ゴブリンのメスの見分け方はしらないが)動きをするので、角なしゴブリンを見分けるのは簡単だ。しかし脅威は感じないと言っても、ちょっと背中がゾワっとしてきたのでさっさと帰りたくなる。

 よく分からない悪寒に襲われ逃げるように街に戻り、そして商業ギルド[クリフォート]に戻ってきたので、さっそく素材を納入することにした。


 その場にいたゴブリンの数だけ回収したのだが、自分は[魔物素材鑑定]というスキルを持っていないので[ゴブリンの角]が必要数揃っているかは分かっていない。

 スキル[魔物素材鑑定]を取得するのには魔物素材学を学んで、素材の違いを見極める知識を頭に入れる必要がある。

 スキルを取得すれば、後はスキルの能力で自動的に違いが表示されるので便利なものだ。しかし自分が出来なくても回りが分かっていたので取得を後回しにしていたら結局取得しないままになってしまった。

 スキル無しでも見た目でゴブリンの角であることはなんとなく分かるが、小さいか大きいかだけならまだしも、状態の良し悪しまでは分からないのだ。


 ルインの手が空いた頃合いを見計らって受付に顔を出す。他の受付でも納入の受付は行って貰えるのだが、やはり知っている人の所の方が安心する。


「あら? もう戻ってこられたんですか? そうですよね、魔物なんて危ない相手をするのを辞めたんですね。ならどこで仕入れてくれば良いかアドバイスしますよ?」


 何を勘違いしたのか、魔物を倒せずに戻ってきたことにされている。確かに市場で探した時間が掛かったが、それでもまだ日が傾く前で、普通よりは随分と早いのかもしれない。


「いえ違いますよ。ゴブリンの角を持って帰って来たので鑑定をお願いします」


 そう言って集めてきたゴブリンの角を取り出すが、百本ぐらい集めたので机がゴブリンの角で埋まる。


「えっ!! こんなに倒してきたんですか!?」


「あー、倒したのは最初の10体ぐらいであとは直接刈り取ってきたんですがまずかったですかね?」


「直接刈り取る? ごめんなさい。あんまりそういうことに詳しくは無くて……とりあえずはゴブリンの角で間違いないみたいですけど、ギルドの鑑定士に預けてくるのでしばらく待っていてください」


 ルインさんも素材を判別は出来るが、そこまでスキルのランクが高くないので状態までは分からないらしい。

 鑑定が終わるまでに時間がかかりそうなので、次の依頼は何にしようか掲示板を見ていると、直ぐに慌てたルインさんが駆け寄ってきた。


「ちょっちょっ! アヴラムさん! こっちに来て下さい!」


「えっ? えっ?」


 何が何やら分からないが、手を引っ張られて奥の応接室に案内される。

 渡した素材に何か良くないものが混ざっていて鑑定士が激怒してるのだろうか?

 しかし全て自分で手にいれたものであり、他の物が混入していることは無いだろうから、遂に聖騎士団から何か連絡が来たのだろうか?


「ギルド長を呼んでくるので、ちょっと待っていて下さい!」


 理由を説明することなく、ルインは部屋を出ていった。面倒くさいことになりそうなので逃げ出したい所ではあるが、そんなことをしたら、それこそ取り返しの付かないことになるかもしれないので大人しく待つことにした。


 落ち着かないのでしばらく部屋の中を見て回りながら待っていると、扉が勢いよく開いて一人の男が入ってくる。


「おー、君があの素材を持ってきてくれたのか!」


 そう言って、興奮した様子のおっさんが近づいてきて両手で肩を掴んでくる。体を揺らされ鼻息が顔にあたるほど近いのではねのけたい所ではあるが、しかしおそらく彼がギルド長なのではね除ける訳にもいかない。

 遅れて入ってきたルインさんにヘルプの視線を送ると、首根っこを引っ張って引き剥がしてくれた。


「おっほん。すまんすまん、取り乱してしまったな。自己紹介が遅れたが私が[クリフォート]のギルド長を勤めているデミスだ! いやしかし凄い!」


 やはりこの男がギルド長であったが、やはりなぜ連れてこられたのか分からないので聞くことにする。


「それで、なぜ俺はここに連れてこられたのですか?」


 ただのゴブリンの角を持ってきただけで、ここまで興奮する理由が分からない。興奮したデミスは落ち着きを取り戻すまで時間が掛かりそうなので、ルインが説明してくれるみたいだ。


「そうですよデミスさん、落ち着いてください。それとアヴラムさんも落ち着いて聞いてくださいね」


「いや、俺は落ち着いているのだが?」


「そうでしたね……それでですね、アヴラムさんが持ってきてくれたゴブリンの角なんですが、実は凄いことがわかりました!」


「凄いこととは?」


「えっと、それはですね……」


「新素材だよ!」


 ルインが説明するのを待ちきれなかったデミスが横から割り込んできた。


「もう! ちょっとデミスさん!」


「すまんすまん。でも仕事柄、珍しいアイテムには目が無くてな、興奮が押さえきれないんだよ!」


「いや話が進まないから落ち着いてください!」


 どうも興奮が収まりそうにないので、仕方がなくデミスには少し離れておいて貰い、その間にルインに説明してもらうことにした。


■■■


 説明してくれた内容によると、納入したゴブリンの角の中でも、恐らくゴブリンを殺さず刈り取った角の方が、これまでに誰も手に入れたことのない新素材なことが分かったそうだ。

 そしてギルドの鑑定士が持つスキル、[魔物素材鑑定A]で鑑定した結果がこれだ。


――――――――――――――――――――

[ゴブリンの生角:?]

状態:良 効果:攻撃小+

ゴブリンから稀にとれる質の良い角。

身に付けるとゴブリンになれる気がする。

――――――――――――――――――――


 素材のランクは未発見で定義されていないことを表す[?]になっており、素材の説明もただのゴブリンの角と同じ説明で、これも似た素材の合わせる新素材ならではの記述方法らしい。なぜなら違う名前の素材を鑑定すれば何かしら説明文も変わるはずだからだ。


 想定外の事態に状況を上手く飲み込めないが、あんなに簡単に手に入ったのに本当に新素材で良いのだろうか?


「アヴラム君、これは大発見だよ! ぜひうちのギルドから新素材登録の申請をさせてもらいたいのだが良いかね?」


「えっと、俺の名前を使わないのであれば別に構わないですが……」


「なっ! そんなこと……何せ新素材だぞ!?ギルドのアーカイブに登録されることで聖金貨10枚は貰えるのだぞ? 本当に良いのか?」


 今は名前が広まるのは控えたい状況であり、昨日の今日ではあんまり目をつけられることはしたくない。なので断り続けているとルインが問題点を付け加える。


「デミスさん、問題は別にもあって、アヴラムさんはまだ仮契約なのですよ……」


 ルインが言うにはアヴラムが仮契約なので、今の状態で新素材登録をしても、ギルドの功績にはならないらしい。その事実に驚いたデミスが慌ててアヴラムの肩を掴みお願いをしてくる。


「なっなっ!? なら今すぐ登録をしてくれたまえ!!」


 そんなに簡単に登録できるなら初めから登録してるだろうに。本当に一度、落ち着いて欲しい。



 こうして思わぬ事態に、どうすべきか頭を悩ますアヴラムであった。

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