第84話 エピローグ 後編 (完結)
「おーほっほっほ!ごきげんよう春乃宮さん」
やはり逃げられそうにない。
声の主は当然御門さん。お決まりの笑い声を上げ、鳥さんと牧さんを連れて、校舎の方からこっちに歩いてきていた。
「こ、今日は御門さん」
「あらあら、何だか元気が無いようですわね?」
さっきまではそこそこ元気だったけど、今無くなったよ。御門さんはそんなアタシの気などお構いなしに、今度は空太に目を向ける。
「そういえば日乃崎さん、今年から高等部に上がられるのでしたっけ。困ったことがあったら何でも相談して良いですわよ。先輩として面倒見て差し上げますから」
「……遠慮しときます」
面倒な人に絡まれて、絶賛お困り中の空太はため息をつく。けどそんなこと言って、御門さんは不機嫌にならないだろうか?もしそうなるとさらに面倒なことになるじゃない。そう心配したけれど。
「そうですかそうですか。それならそれで構いませんよ。何せわたくしは忙しいですからねえ。申し訳ありませんが相談にのる時間なんて、そうそう作れませんわ。おーほっほっほ」
だったら最初から言わないでよ。それにしても、今日の御門さんはやけに上機嫌だ。お決まりの笑い声もいつになく連発している。面倒を起こされるよりはいいけど……ちょっと怖い。
気になったアタシはこっそりと、鳥さんと牧さんに聞いてみる。
「ねえ、御門さんいったいどうしちゃったの?何だかいつにも増して様子がおかしいんだけど」
すると二人は、待ってましたと言わんばかりに、勢いよく口を開く。
「よくぞ聞いてくださいました!」
「実は御門様に、この度かれ……」
「彼氏ができたのですわ!」
牧さんに被さるように声をあげる御門さん。だけど、それを聞いたアタシ達の反応はというと。
「「「「…………は?」」」」
まあこんなものだ。だって信じられないでしょ。あの御門さんに彼氏だなんて。
アタシ達はしばし顔を見合わせていたけど、たまらなくなって疑問をぶつけ始めた。
「御門さん。失礼だと思うけど、相手は本気ですか?」
「失礼だと思うけど、相手は正気?」
「失礼だと思うけど、相手はちゃんと御門さんの事を好きなの?お金目当てってことはない?」
壮一、空太、アタシは、次々と疑問を投げ掛ける。しかし、御門さんは余裕の態度。
「心配には及びません。あの方はちゃんと私の事を愛してくださっていますもの」
「「はい。その通りです、御門様!」」
本当だろうか?だとしたらやっぱり正気を疑うな。だって相手は、あの御門さんなんだもの。
だけどアタシ達が首を傾げる中、琴音ちゃんだけは驚きながらも祝福する。
「おめでとうございます、御門さん。それでいったい、相手はどういう人なんですか?」
「よくぞ聞いてくださいました。今度三年生になられた、南部先輩ですわ」
へえー、この学校の先輩だったんだ。って南部先輩⁉
「ちょっと待って。南部先輩って、あの南部先輩?」
「あら春乃宮さん。ご存じなのですか?」
知ってるも何もその人は……
すると空太がアタシの袖を引きながら、ジトッとした目で睨んできた。
「……誰さ?」
「ちょっ、誤解しないでよ……あな恋の攻略対象キャラよ」
声を潜めて囁く。南部先輩、あな恋ではチャラさに定評があって、可愛い子を見ると声をかけずにはいられない人だったんだよね。悪い人じゃないけど、アタシのタイプじゃなかった。『おまえのような男に大事な琴音ちゃんはやれん!』って思いながらプレイしてたっけ。
「で、その先輩って、あな恋でも御門さんと仲良かったの?」
「全然。と言うか、全く接点が無かった。二人が並んだ事も、会話をした事も皆無よ」
それなのにつきあっているとはこれ如何に?
どうやらあな恋のシナリオから外れた人達がここにもいたようだ。南部先輩もよく付き合う気になったよ。御門さんは確かにぱっと見は綺麗だけど、奇行が過ぎるからなあ。そこに至るまでの経緯が、全く分からないよ。
「あら、春乃宮さんも南部先輩のことは御存じだったのですか?」
「まあ、名前と顔くらいなら」
「どうです?あのイケメンの先輩が、わたくしの彼氏なのですよ!どうですか?羨ましでしょう!」
そう言われてもねえ。やっぱり南部先輩はタイプじゃないし。しかし黙っていたのがいけなかったのか、何故か御門さんは沈黙を肯定ととらえた。
「あらあら、悔しくて声も出ませんか。そうですわよね、あなたは寂しい独り身なのですから。おーっほっほっほ!」
「いや、別にそう言うわけじゃ……」
「構いませんよ。どうぞ思う存分悔しがってください独り身さん。おーっほっほっほ、おーっほっほっほ、おーっほっほっほ!」
何だか段々腹が立ってきた。どうしてそこまで言われなきゃならないの?意味わかんないよ。だいたいねえ……
「誰が独り身よ!アタシにだって空太と言う、立派な彼氏がいるんだから!」
「えっ、アサ姉?」
「おーっほっほ……ほ?」
空太の肩に手を回し、高々と宣言してやった。御門さんはしばしポカンとしていたけど、すぐに気を取り直す。
「嘘をおっしゃい!大方悔しいから、苦し紛れの嘘を言っているのでしょう!」
「嘘じゃないわよ!」
「因みに、付き合い始めたのはいつ頃ですか?」
「ええと、先週くらい?」
「やっぱり嘘です!わたくしが交際を始めたのは一昨日なのですよ!アナタの方が先に彼氏持ちになるだなんて、ありえませんわ!」
「何よその理屈⁉」
結局いつものように、ギャーギャーと口喧嘩をするアタシ達。その間鳥さんと牧さんは、壮一と琴音ちゃんに真相を尋ねている。
「あの、春乃宮さんのおっしゃっている事は本当なのですか?」
「本当だよ。ついで言うと、俺と倉田さんもね」
「まあ、そうなのですか?それはおめでとうございます」
「ありがとう、二人とも。けどそれはそうと、旭ちゃん達どうしよう……」
嘘だ、嘘でないの不毛な言い合いが続き、二人とも息を切らしている。このまま両者疲れて引き分けかと思われたその時、空太がアタシの制服の裾をクイっと引っ張った。
「あのさあ。ちゃんと付き合ってるって証拠を見せれば、御門さんも納得してくれるんだよね?」
「たぶんね。でも証拠って……」
それ以上は声が出なかった。空太の顔がスッと近づいてきたかと思うと、次の瞬間にはアタシの口は塞がれていた。空太の唇によって。
「まあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
御門さんの雄叫びが上がる。まさかいきなりキスをかますなんて思っていなかったようだ。そりゃそうだろう。アタシだって不意打ちをくらって頭の中が真っ白になっているのだ。
「空太くん、大胆」
「やるなアイツ」
「「なんと素晴らしい!」」
皆が思い思いの感想を口にする中、ゆっくりと空太が離れる。そして口をパクパクさせながら動揺しているアタシと、驚いている御門さんを見比べる。
「どう?これで信じてくれました?」
にっこりと笑って言い放つ。うん、これにはさすがに御門さんも信じたみたいだよ。言い返すことが出来ずに、固まっちゃってる。でも……でもねえ!
「空太――――っ!」
拳を振り上げ、空太の頭をポカポカと叩く。
「痛い痛い。良いじゃない、これで御門さんも納得してくれたみたいだし」
「だからって……いきなりこんな……」
「えっ?もしかして……嫌だった?」
「……嫌じゃありません」
「なら問題無いね」
大ありだよ!ほら、皆ニヤニヤしながらこっちを見てるし。それに嫌じゃなくても、もっとムードを作るとか、心の準備をするとか色々あるでしょうが!
「もういきなりキスするのは禁止!だいたい空太はさあ……」
顔を真っ赤にしながら、お説教タイムが始まる。空太は懲りているのかいないのか、暢気に笑みを浮かべている。
まったくこの子には困ったものだ。この先もこんな風に振り回されるのかと思うと気が滅入るよ。
まあ、仕方が無いか。そんな相手を、好きになっちゃったのだから。
アタシは空太に怒りながら、ちょっとだけ笑みを浮かべるのだった。
完
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