第83話 エピローグ 前編

 春の暖かい風が頬を撫でる。

 アタシは桜崎学園高等部の正門に立ちながら、この一年の間に起きた出来事を振り返っていた。

 あの頃は、ずっと待ち望んでいたあな恋の物語がついに始まるんだって、ワクワクしていたっけ。だけどあな恋とは違う、ハチャメチャな事が沢山あって。でも、それでも良いんだ。上手くいかないことばかりだけど、毎日が楽しいって思えているんだから。


 ただひとつ気になるのは空太とのこと。これから上手くやっていけるか、実はちょっぴり心配なのだ。あーあ、こんなことなら……


「こんなことなら前世で、旭様×空太の薄い本でも買っておけばよかったなあ……」

「アサ姉ッ!」


 突如名前を呼ばれて振り返ると、そこには真新しい高等部の制服に身を包んだ空太が立っていた。そう、今日から空太は、この高等部の生徒となるのだ。

 何度も敷地内に入っている空太だけど、入学式が終わったら校内を案内してあげようとここで待ち合わせをしていたのだ。


「ああ、空太。入学式終わったんだ。制服、よく似合ってるよ」

「ありがとう。それより、さっきのは何?薄い本ってどういうこと?」

「前世でお小遣いが足りずに買えなかったBL本。あれを読んでいたら、何かの役にたったのかなって思って」

「何の役に立つって言うの!?俺とあな恋の俺とは違うって分かってるんだよね?」

「勿論。けどそれでも、付き合う上での参考になればと」

「ならないから!」


 そうかなあ?薄い本といえども完成度は高いから、勉強になると思ったんだけどなあ。


「アサ姉、もし今度俺をBLに置き換えたら……別れるから」

「ちょっ、それは勘弁。まだ付き合い始めたばかりでしょうが!」


 不機嫌な空太を慌てて制する。

 そうなのである。空太の進学を機に、アタシ達は正式に付き合い始めたのだ。

 夢で旭様に出会って、アタシはようやく自信を持って言えるようになった。空太が好きだって。そのまま即告白だったらよかったんだけど、いざ気持ちを伝えるとなるととたんに恥ずかしくなって、中々言い出せなかった。お陰で空太には何ヵ月も待たせることになり、とても迷惑をかけたと思う。

 だけど、だけど先日、ようやくその思ってたえる事ができた。



『アタシ、空太が好き。付き合って!』


 それに対する空太の言葉がこれだ。


『……どれだけ待たせたと思ってるのさ』


 せっかくの告白したのにそれは酷くない?そうおもったけど、長い間待たせてしまったのは事実。これはもしかしてフラれるんじゃないか。そう不安になった時、空太はさらに言った。


『まあ、アサ姉だから仕方ないか』

『じゃあ、付き合ってくれるの?』

『当たり前でしょ。今さら無しなんて言わせないから』


 本人は済まして言ったつもりなのだろうけど、その時の空太の顔は真っ赤だった。


 こうしてアタシ達は、晴れて交際をスタートすることとなった。

 だけど…………



「いきなり別れるなんて酷いじゃない!空太はアタシの趣味を理解してくれないの?」


 未だにアタシ達はこんな感じだ。これじや何だか、付き合う前とあまり変わらないような気がする。


「未だに乙女ゲームで遊んでいることも、BLの薄い本を買うことも文句は言わない。けどせめて、俺でイメージするのだけは止めて。耐えられないから」


 ええーっ、空太と旭様、結構絵になると思うんだけどなあ。仕方がない。ここは前世でちゃんと買っていた、旭様×壮一の妄想で我慢を……


「言っとくけど、ソウ兄で想像するのもダメだから」

「心を読まないで!」

「本当に考えてたの?止めてよねそんなの。これは馬鹿な事を考える暇が無いくらい、俺が頑張るしかないのかな」


 ん?頑張って何を?疑問に思ったら空太は、にんまりした笑みを浮かべた。

 いったい何をする気なのかはわからないけど、お手柔らかに。何せアタシは、恋愛に関しては全くの初心者なんだから。

 そんなことを考えていると……


「何してるの、二人とも?」


 聞こえてきたのは壮一の声。振り返るとそこには壮一と、その横に琴音ちゃんの姿もあった。


「空太君、入学おめでとう」

「ありがとうございます。琴音さんもおめでとうございます、ソウ兄のこと」

「う、うん。ありがとう」


 とたんに顔を赤らめる琴音ちゃん。隣では壮一も苦笑している。実はこの二人も、少し前から付き合い始めたのだ。

 一年前、二人をくっつけようと奮闘したけれど、巡り巡ってその願いは叶ったわけだ。もうあな恋に引っ張られている訳じゃないけど、二人とも好き同士なら応援しても良いよね。


「壮一、琴音ちゃんを悲しませるようなことをしちゃダメだからね」

「分かってるよ。旭こそ、空太を困らせるようなことをしないように」

「や、やだなー。アタシがそんなことするわけないじゃんー」


 本当はついさっきそんな事があったばかりなんだけどね。

 それにしても、一度は気まずくなった壮一との関係が、随分と柔らかなものになった気がする。前よりも話し方がフレンドリーになっているし、もしかして旭様と壮一のような理想の親友同士近づけたかなって、ちょっぴり思う。

 意識して引っ張られる訳じゃないけど、理想の関係に近づこうとするのは悪いことじゃないよね。


 しかし、本当にあな恋とは随分変わってしまったものだ。壮一と琴音ちゃんが付き合うのだって本来ならもっと後。アタシと空太にいたっては、ゲーム本編ではあり得ないカップルなのだ。この世界は、これからどんどんあな恋から離れていくのかもしれない。

 少し寂しい気もするけど、大丈夫。これで良かったって、今では心から思えるから……


「おーほっほっほ!」


 ……勿論中には、良くない事だってあるけど。見ると空太達も、聞こえてきた声に嫌そうな顔をしている。できればこのまま聞かなかったことにしたいけど……

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