第68話 真実を知る時 1

 訳の解らないまま連れてこられたのは体育館裏。

 なんだこれは?お話では体育館裏なんて、大抵告白かリンチの舞台にしか使われないけど、どういうつもりでこんな所へ連れてきたんだ?

 まあその二択だと空太の様子から察するに、告白ってことは無いだろう。ということは。


「あのう、空太。アタシはいったい、どうしてこんな所に連れてこられちゃったのかな?」

「ここなら人目もないでしょ。2、3発くらい殴られても文句の言えないようなことをしたんだから、その時にそなえてね」

「やっぱりリンチの方っ!?」

「一人でリンチは無理でしょ。アサ姉がそれを望むなら人を呼ぶけど」

「望むかっ!」


 誰が好き好んで殴られるか。アタシそんなMっ気は無い。


「だいた何も悪い悪い事してないのに、何で殴られなきゃいけないのよ?」


 全くもって訳が分からない。しかしそれを聞いた空太は、表情を強ばらせる。


「それ、本気で言ってる?自分が何をしたか、分かってない?あの御門さんが引いてたんだよ。それがどれだけの事なのか、ちょっとは理解してよ!」

「そ、そんな事言われても」


 アタシだって空気が読めないわけではない。さっきの御門さんの反応や今の空太を見て、もしかして自分が何かしちゃったのかなとは、ちょっとは思っていたりする。

 だけど、それがいったい何なのかがさっぱり分からないのだ。アタシがしたことと言えば、御門さんにお説教をしたくらいなんだけどなあ。


「……アサ姉、御門さんに何て言ったか覚えてる?ソウ兄と恋人だって勘違いされた時」

「ええと、確か壮一の事を恋愛対象として見たことは、今まで一度もない的な事をいったかな」

「それだよ!」

「えっ?ど、どれ?」

「恋愛対象として見たこと無いって、普通そんな事言われたら男は傷付くものなの!」

「ええっ!?」


 ちょっと待ってよ。

 もちろん空太の言っている事は分かるよ。アタシだって男子に、アナタは恋愛対象として見れない何て言われたらショックだもん。だけど今回の場合……


「でもでも、相手は壮一なんだよ。アタシがそういう風に思ってないことくらい、とっくの昔に分かってるじゃん」

「俺としてはアサ姉がどうしてそんな風に思えるかが分からない。もしかしてわざとやってるの?あれだけ思わせ振りな言動をしておいて」

「思わせ振り?そんな事をした覚えは…」

「してたんだよ!アサ姉に自覚はなくても、バッチリやってた!小さい頃からずっと!」

「そんな……」


 おかしいな。アタシは今まで壮一と琴音ちゃんをくっつけようと躍起になってたのだから、勘違いされるような言動を挟む余地なんて無いと思うんだけどな。

 しかしそんな釈然としないアタシを見て、空太はため息をつく。


「本当に何にも分かってなかったんだね。あと、これは本来、俺が言うべき事ではないんだけど、こうなったらもう言うから。ソウ兄はアサ姉の事が好きだから!」

「……は?」


 混乱していた思考が、今度はピタリと止まった。いやいや、それこそそんなハズがない。だって。


「何言ってるのよ。壮一が好きなのは琴音ちゃんでしょうが」

「違うから。それはアサ姉が勝手に思い込んでるってだけで、本当に好きなのはアサ姉だから」

「そんなはずないよ。アタシの目に狂いは無いって」

「アサ姉の節穴のような目なんて当てにはならない」

「酷いっ!」


 散々な言われようだ。だけど空太のこの様子、冗談で言ってるわけじゃないと言うのは分かる。けどそれでも、壮一がアタシの事を好きだったなんて信じられない。


「それじゃあこの際、壮一が琴音ちゃんの事を好きなわけじゃ無かったってのは認めるよ。けど、アタシを好きだったって言うのはちょっと」

「そう思う根拠は?さっきも言った通り、アサ姉の目は節穴なんだから、見てればわかるって言うのは無しね」

「その前提もどうかと思うけど…まあ今はいいや。だって、アタシだよ。何が悲しくてアタシを好きになっちゃうの?壮一ほどのイケメンがさあ」


 一番納得できないのはその部分だ。だって言ってて悲しくなるけど、アタシは琴音ちゃんみたいに可愛いわけでも、何かができると言うわけでもないんだもの。好きになる要素なんて皆無だよ。


「もしアタシが、本物の旭様だったのなら話は別だよ。何かのきっかけで壮一がそっちに目覚めて、BL展開になってもおかしくなかったよ」

「自分を好きになるより、BLの方がまだ可能性があるってこと!?」

「そうだよ。だって、アタシが人から好かれるような人間じゃないって、自分でもよくわかってるもの」


 本当に悲しいことだけど、これだけは自信をもって言えてしまう。だって、前世でそうだったもの。


 前世のアタシはくらい性格で、彼氏どころか友達もあまりいなかった。

 そんな寂しさを紛らわすためにあな恋を始めてハマっていったんだけど。だけどゲームから離れれば地味で目立たず、誰の記憶にも残らないような女の子、それがアタシだ。

 この世界に転生してからは旭様の名を汚さぬよう努めてきたから、少しは行動的になったかもしれないけど、もとがそんなだから少し変わったとしてもたかが知れてるよ。

 ご丁寧に今の容姿も、前世のそれと大差の無いモブキャラのような作りだし。

 それらの事を空太に伝える。自分の恥ずかしい部分を語るのだから抵抗はあったけど、きちんと説明しないと納得してはくれないだろう。

 恥を忍んで語るアタシの話に、空太は黙って耳を傾けている。


「だからがアタシを好きだなんてあり得ないよ。やっぱり空太の勘違いじゃないの?」


 長くなったけど、ようやく全部を言い終えた。

 空太は少しの間黙っていたけど、やがて全てを理解したようにため息をつく。


「なるほどね、アサ姉の言いたいことはよくわかった。でもね……」

「でも……何よ?」

「そんな前世の事なんて知らないから!俺やソウ兄が知ってるのは、乙女ゲームにハマってた根暗な女の子じゃなくて、後先考えずに突っ走って周りを振り回す、まるで台風みたいなアサ姉だけだから!」

「ええっ!?」


 火がついたような空太の物言いに、思わず圧倒される。ていうか台風って。アタシってそんなに周りを振り回してたっけ?

 だけど空太の勢いは止まらない。


「自分が今まで何をしてきたかわかってる?アサ姉は旭様みたいにはできてないって言ってるけど、俺からすれば苦手なことでも諦めず、バカみたいにぶつかっていってるようにしか見えないんだけど!バカみたいって言うのは貶してるんじゃなくて誉め言葉だから!アサ姉が旭様のようにって思って頑張ってる姿に、俺やソウ兄がどれだけ影響を受けたと思ってるの?前世がどうとか、本物の旭様とか、そんなの知らないから。俺達が見てきたのは今ここにいる、春乃宮旭だけだから」

「え、ええと、空太?」

「それが何?勝手に劣等感抱えて、向けられている好意にも気づかないで。それじゃあ好きになったソウ兄や俺がバカみたいじゃない。自分の事を卑下する前に、もっと周りを見てみなよ。誰もアサ姉の事を地味だなんて思ってないし、旭様と比べたりもしてないんだよ。もっとちゃんと、自分とも周りとも向き合ってみてよ!」

「……う、うん」


 まるでマシンガンのごとく喋りまくるその様にろくな返事もできず、アタシはただ頷くばかり。

 けど、ちょっと待って。なんか今、引っ掛かる一文があった気がするんだけど。


「だいたいアサ姉はさあ……」

「ちょっ、ちょっとストップ!」


 強引に話を止めるアタシを、ジトッとした目で睨む空太。ううっ、その視線だけで人を殺せそうだよ。


「何?まだ言いたい事は山のようにあるんだけど」

「う、うん。それはごめん。けど、どうしても気になることがあって。それを確かめないことには、せっかくの熱弁も頭に入ってこないの」


 アタシに対して言いたい事があるのは分かるし、本当ならこんな風に遮る権利だって無いかもしれないけど、これだけはハッキリさせてほしい。


「じゃあ聞くけど、何なのさいったい?」

「ええと、あのね。壮一がアタシを好きだって言いたいのはわかったんだけどさあ」

「まさかまだそこを疑ってるの?」

「実は、まだ信じられないって気持ちはあるよ。けど気になるのはそこじゃなくてね。空太さっき……」

「さっき?」

「好きになったソウ兄や俺がって言ってたよね。『俺が』って、どういうこと?」

「……………あっ」

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