第67話 真実を告げる時

 辺りが静寂に包まれる。皆まるで水を打ったかのように黙り込み、誰も何も喋ろうとはしない。

 けど、そんなに驚く事かなあ?壮一とはあくまで親友として仲がよかっただけなんだけどなあ。

 そんな事を考えていると、空太が沈黙を破ってくる。


「アサ姉、アサ姉」

「何よ?」

「何よ、じゃないよ。本人の目の前で何て事を言うのさ!」

「だって本当の事じゃん。空太ならよく知ってるはずでしょ。アタシと壮一がそういう関係じゃないって」

「そりゃそうだけど……」



 そりゃ壮一の事は前世から大好きだし幸せになってほしいとは思うよ。けどその相手はあくまで琴音ちゃん。そう思っているからこそ、今までこの二人をくっつけるために頑張ってきたんだから。


「アタシが壮一と付き合うだなんて考えられないわ」

「せめてもっとソフトな言い方をして!ソウ兄、ソウ兄!気をしっかりもって!」


 慌てて壮一に駆け寄る空太。見れば更に顔色が悪くなっている。もしかして、長い間閉じ込められていた疲れが今きたのかな?

 ごめん、美味しいシチュエーションだったから助けるのを躊躇しちゃってたけど、こんなことならすぐに動くべきだった。


「壮一、大丈夫なの?」

「へ、平気だから」

「とてもそうは見えないよ。ごめんね、アタシと恋仲だなんて根も葉も無い誤解のせいで、あんな目に遭わせちゃって」

「うあっ!」

「旭ちゃん、もうやめてあげて!」


 苦しそうに胸を押さえる壮一を心配そうに介抱する琴音ちゃんと空太。

 まさか壮一がこんなに苦しむだなんて。よし、二度とこんな事を繰り返さないよう、御門さんにはもっとハッキリ伝えておくとしよう。


「御門さん、まだアタシ達の事を疑ってるの?」

「えっ?も、勿論ですわ」


 御門さんは振り返ったアタシを見て戸惑ったようだったけど、すぐにまた自信に満ちた顔に戻る。


「長い付き合いですからね。アナタが風見さんの事を好いていることくらいお見通しですわ」

「いや、全然そんな事無いから」

「ヴっ!」


 一瞬壮一の短い悲鳴が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。


「う、嘘をおっしゃい!アナタ、風見さんの事を何度も大好きだの幸せにするだの言ってたではありませんか!」

「あれは友達としての好きだから。友達の幸せを願うのだって、別におかしいことじゃ無いでしょ」

「そ、それはそうですけど。でも…」

「ていうか今まで、ずっとそんな風に思ってたわけ?長い付き合いとか言いながら、全然アタシの事分かってないじゃない」

「うあっ!」

「勝手に勘違いして先走って、これをバカと言わずに何て言えばいいの?」

「ううっ!」

「こんな幼馴染みをもって、アタシは恥ずかしい」

「うわああぁぁぁ!」


 二度とおかしな勘違いをされないよう、腹にたまっている事を全部言ってやる。

 ちなみにさっきから聞こえてくる苦しそうな声は壮一のもの。どうやら本当に調子が悪いみたいだ。大丈夫だろうかと心配していると。


「あの、春乃宮さん。アナタがどう思っているかはよくわかりましたけど」

「風見さんの方は、その……少しはその気があったのかと思われますが……」


 鳥さんと牧さんまでそんな事を言ってきた。これだけ違うって言ってるのに、まだ分かってくれないのだろうか。


「いつまでそんな事言ってるのよ。壮一がそんな風に思ってるわけ無いじゃん」

「いや、でも…」

「あのご様子だと……」

「いい加減にしてよ!そんなのあり得ないから。壮一は長年アタシと一緒にいるんだよ。その間ずっとそんなバカな勘違いしてただなんてあり得ないから!」


 あり得ないから――あり得ないから――ないから――――

 アタシの声が辺りに響く。流石にもう分かってくれただろう。というか、ここまで言っても無理ならもうお手上げだ。

 だけど生憎、御門さん達は何も言わずに顔を見合わせているばかりで何も言わないでいるから、理解してくれたのか今一つわからない。その一方で。


「アサ姉、もう止めるんだ!ソウ兄、ソウ兄しっかりして!」

「風見君聞こえる!?さっきから目の焦点が合っていないけど、大丈夫?過呼吸にはなってないよね?」


 空太や琴音ちゃんは大騒ぎしている。壮一、そんなに気分が悪いなら保健室に連れていった方がいいかな?

 そんな事を思っていると、等の本人が閉ざしていた口を開いた。


「旭……」

「喋った!ソウ兄、俺の事分かる?」

「大丈夫、俺は全然平気だから。それよりも旭……」

「何?って、本当に平気なの?全然そうは見えないよ」

「大丈夫……大丈夫だから」

「どうかなあ?壮一って、人に心配かけないようによく無理をするからねえ。嘘ついてもダメだよ、壮一の考えてることくらいちゃんと分かるんだから」

「そうだね。旭はよく分かってくれてるよね。俺の方は、分かってなかったみたいだけど」

「どういう意味?」


 首をかしげていると、慌てたように空太がアタシ達の間に割り込んできて話を遮る。


「そういう話は後で!それよりも保健室。ソウ兄、今はゆっくり休んだ方がいいから」

「ああ……そうだね。ちょっと休ませてもらうよ」

「それじゃあアタシも一緒に……」

「いいからっ!」

「――ッ!」


 普段滅多に聞くことの無い荒めな壮一の声に、思わず伸ばしていた手を引っ込める。

 長い付き合いだというのに、にさっきまでの弱々しい姿も、今みたいに大きな声を出す所も見たことがない。うーんやっぱり心配何だけどなあ。

 すると壮一はハッとしたようにいつもの調子に戻り、そっと笑いかけてくる。


「一人で大丈夫だから。旭達は先に帰ってて」

「そう言われても……」


 向けられた笑顔は引きつっていて、正直無理をしていると言うのがバレバレなのだ。空太や琴音ちゃんも、心配そうな顔をしている。

 しかし壮一はアタシ達を拒絶するかのように一言。


「ごめん、今は一人になりたい」


 それだけ言うと壮一は返事も聞かずに、踵を返して足早に歩いて行く。

 でもねえ、何だか足元おぼつかないし。本当に一人にしていいものかどうか?


「一人にして大丈夫なの。私、やっぱり一緒に行くよ。迷惑かもしれないけど、あんな風見君放っておけないもの」

「そうだね。琴音さんはソウ兄についていてあげて」

「あ、それならアタシも……」

「アサ姉はダメに決まってるでしょ!トドメを指す気!?」


 トドメって、アタシを殺し屋か何かと勘違いしてない?だいたい壮一の様子がおかしいのって、御門さん達に閉じ込められたせいだよね。よし、一度釘を指しておこう。


「御門さん……」

 しかし、注意しようとしたものの、なぜか御門さんは鳥さん牧さんと肩を寄せあいながら、表情を曇らせている。


「は……春乃宮さん。あ、アナタは何て残酷な事を」

「とても人間のする事とは思えません。これではまるで御門様です」

「恐ろしい子、もしかしたら御門様以下かもしれません。風見さんが可哀想です」



 ちょっと、何引いちゃってるの?訳の分からない事言って人をディスって。御門さん以下って何よ。そもそも、閉じ込めたのはアンタ達でしょうが。


「あのねえ、どうしてアタシが責められなきゃ……」

「そこまで。アサ姉はちょっと来てもらうよ」

「えっ?ちょっと」


 文句を言ってやろうとしたのに、それを遮る空太。待ってよ、まだ話は終わってないよ。しかし空太は有無を言わせない。


「いいから来る!琴音さんは早くソウ兄の所へ行ってあげて。御門さんはもう二度とこんな真似はしないで!さっきの悲劇を見たでしょう!」

「はい……アレにはドン引きしましたわ。反省しております」


 珍しくしょげる御門さん。反省してくれたのならいいけど、何だか引っ掛かるものを感じるなあ。

 一方琴音ちゃんは、壮一を介抱しながら空太に声をかける。


「それじゃあ、私は風見君の様子を見に行くから、空太君は旭ちゃんをお願い」

「了解。たっぷりお灸を据えておくから」

「えっ?アタシ何か怒られるような事した?ちょっと空太、腕を引っ張らないでよ。どこにつれていく気?」


 強引に連れていこうとする空太に抗議したけど、力を緩める気配はない。いや、それどころか。


「……いいから来る」

「……はい」


 目が完全に座っている。まるで見るもの全てを凍り付かせるような冷たい視線、かなり恐い。

 今まで見たことも無いようなその恐ろしい表情に抵抗する気も失せ、アタシは言われるがままどこかに連れていかれるのだった。

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