第63話 壮一、琴音side 3
訳のわからないまま、体育倉庫に閉じ込められてしった壮一と琴音。
せめてスマホさえあれば誰かに電話して助けてもらう事も可能だけど、生憎二人はまだ体操着のまま。肝心の物は、校舎の中に制服と一緒に置いてきてしまっているのだ。
外部と連絡をとることもできず、焦りだけが募っていく。特に琴音の方は、いたたまれない気持ちで一杯だった。
「ごめん、風見君。私が何も考えずに、二人についていっちゃったから」
鳥さんと牧さんに案内された時、壮一は躊躇していた。恐らく直感的に、何かがおかしいと気づいたのだろう。そこで警戒していればこんな事態になることを防げたのかもしれないけど、それを邪魔したのは私なのだと、琴音は自分を攻めていた。
壮一を急かして、ホイホイ二人について行って。その結果こんな事態を招いてしまった。そう考えると、罪悪感に推し潰されそうになる。だけど。
「何言ってるの?別に倉田さんのせいじゃないでしょ」
「けど、私があそこでついていかなかったら」
「それでも結局、俺は誘い出されていただろうね。いくら怪しいって思っても、放っておける物でもないし。だから、ね」
ポンっと頭に柔らかな感触を覚える琴音。壮一に頭を撫でられているのだと気付いた時には彼は向かい合う形で前に立ち、少し屈んで目線を会わせてきていた。
「そんな風に自分のせいだなんて思わないで」
「う、うん……」
短い返事を返している間に、琴音の心臓は何回鼓動した事だろうか。
じっと目を合わせられた琴音は、その顔をみるみる赤く染めていっている。
(近い!近いよ風見君!)
こんな状況なのだ。壮一も少し冷静さを欠いていて距離感を間違えてしまっているのだけど、生憎その事に気づいていない。
壮一にとっては琴音を落ち着かせるためにやった事なのだが、彼女にとっては別の意味で落ち着かなくなってしまっている。
(黙ってちゃダメ。何か、何か喋らなきゃ。あ、そうだ!アレだよ?)
目を会わせ続ける事に耐えかね、視線を反らした際に見えたのは、外から光を取り込む為に取り付けられている天窓。もしかしたら、あそこから外に出られるかもしれない。
「か、風見君。あの天窓から外に出られないかな?」
「天窓って、アレの事?けど高い位置にあるし、それに…」
「高さなら大丈夫。そこにある跳び箱を踏み台にすれば届くよ」
言うが早いが、すぐに壮一から離れて跳び箱に足をかける琴音。
早くここから脱出したいという気持ちももちろんあったけど、それ以上に壮一から距離を起きたかった。あのまま近くにいたら、心臓が破裂してしまいそうだったから。
しかし、それ故に彼女は焦ってしまっていた。跳び箱に足をかけたは良いけど、慌てていたためその足を滑らせてしまったのだ。
「あっ」
「倉田さん!」
体勢を崩して、後ろに倒れる琴音。背中に衝撃が来ることを覚悟して、思わず身を硬直させる。
しかしやって来たのは予期していた痛みではなく、温かく柔らかな手の感触だった。
「……間一髪」
そんな声と共に目に飛び込んで来たのは、ホッとしたような壮一の笑顔。床に倒れる寸前に背に手を回され、抱き止められたのだと気付いた時、またも彼女の心臓は高鳴った。
しかしそれを悟られないよう、なんとか呼吸を落ち着かせる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。けど、あの天窓から出るのはやっぱり無理があると思う。いくらなんでも小さすぎるよ」
確かに。さっきは慌てていて気付かなかったけど、少し無理があるだろう。よしんば何とか体を突っ込めたとしても、頭から入ったのではそのまま地面にまっ逆さま。足から出るのは体勢を考えると難しいだろう。
「ごめん。焦っておかしな事言ってた」
「気にしないで。さっきは俺が焦っていたのを落ち着かせてくれたんだから、これでおあいこだよ」
「ありがとう。それと…もう放してくれてもいいから」
「あっ、ごめん」
さっきから支えたままの体勢になっていることに気付き、慌てて手を放す壮一。
すると解放された途端に、琴音は距離をとる。
「ごめん、ちょっと馴れ馴れしすぎた。嫌だった?」
「ち、違うの?これはその、嫌とかじゃなくて…」
実は沢山動いた後だから汗臭くなっているのではないかという不安故の行動だったのだが、いかに察しの良い壮一でもそんな彼女の乙女心には気づけなかった。
「と、とにかく嫌じゃないから!誤解しないで!」
「う、うん。あれ?倉田さん、顔赤くない?」
「えっ?ええと、これは……」
「無理もないか。ここ暑いからね。待ってて。御門さん達の用意してくれた保冷剤があるから。飲み物はやっぱり心配だけど、これは大丈夫だろう」
「うん…そうだね」
本当は暑さ以外にも理由があるのだけど。それがバレなくてホッとする。
しかし、この状況がいつまでも続くと言うのは、何だかよくない気がする。壮一と二人でいる事を意識してしまうと、どうしても緊張して仕方がないのだ。
(止まれ、私の心臓。風見君は旭ちゃんの彼氏なんだよ)
実際はそうではないのだが、琴音はそんな事を自分に言い聞かせる。
倉田琴音。恋よりも友情をとった彼女だったけど、旭の前世の記憶が確かなら、彼女は乙女ゲームのヒロイン、いわば恋をする事を運命付けられた女の子なのだ。
それに一度は気持ちの整理をつけたとはいえ、気になる男子と二人きりと言うこの状況は、精神衛生上非常に良くないものであった。
壮一が保冷剤を用意し、琴音が心臓を落ち着かせていた頃、御門さんは体育倉庫から少し離れた場所で、作戦の成功を喜んでいた。
「ほ…ほほっ…おーほっほっほ!ついにやりましたわ―!」
いつものように高笑いをする御門さん。辺りには生徒の影がちらほら見え悪目立ちしているが、みんな関わりたくないため見て見ぬふりをしている。
そんな中これまたいつものごとく、鳥さんと牧さんだけが彼女のご機嫌取りをしている。
「「流石でございます、御門様!」」
「そうでございましょう。わたくしも最初この作戦を思い付いた時には鳥肌がたちましたわ。これで、これで春乃宮さんをギャフンと言わせられますね」
「「はい、その通りです御門様!」」
「春乃宮さんったら、この前の文化祭では風見さんとベストカップルともてはやされ、今日の体育祭では倉田さんと仲が良いところをこれ見よがしに披露するんですもの。少しは痛い目を見て身の程を知るべきですわ」
「は、はい。そのとおり…です御門様…」
「そこでこの作戦ですわ。密室で二人きりになった男女は仲を深めるという都市伝説を応用しましてよ。これで風見さんと倉田さんの仲が深まるのは間違いありません。あの二人は今日、恋に落ちるのです」
「「はい、そのとおり……でしょうか?御門様」」
「そうに決まっています!」
都市伝説というあやふやなものに頼ったわりには、何故か自信たっぷりの御門さん。実際琴音はかなり同様しているのだけど、やはり偶然上手く行ってる感が強い。
「風見さんの心が離れれば、春乃宮さんは惨めに捨てられるのです。しかもその原因が親友の倉田さんだと知ったら、いったいどんな顔をするでしょうか?考えただけで笑いが止まりませんわねえ」
「いえ、あの…」
「私達は…別にそこまで…」
「笑いが止まりませんねえ!」
「「はい、その通りです御門様!ハハハハハハッ」」
何とも異様な光景であるが、笑うかどうかすら御門さんの意思一つで決まる。それが鳥さんと牧さんの生きる道なのである。
「恋人と親友。春乃宮さんは一度にその両方を失うことになるのですわ。おーほっほっほ!」
「さすが御門様、陰険です!」
「極悪非道でございます、御門様!」
「おーほっほっほ…って、あら?それって誉めてらっしゃるのかしら?」
「「ギクッ!も…もちろんでございます、御門様!」」
「ですわよねですわよね。おーほっほっほ!」
鳥さんと牧さんは顔を見合わせてため息をつく。そんなに嫌なら御門さんの取り巻きなんてやめてしまえばいいものを。それでもやめられないのは、あな恋の呪縛故だろうか?
そんな二人とは裏腹に、満足げに笑う御門さん。独特な彼女の笑い声が、夕暮れのグラウンドにいつまでも響くのだった。
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