第62話 壮一、琴音side 2
やって来たのはグラウンドから少し離れた所にある体育倉庫。壮一と琴音は、その前に立って気持ちを落ち着かせる。
先ほど道具を片付けにここ来ていたけど、その時は二人はいなかったし、もちろん騒ぎの兆候も無かった。
だけど今、中ではいったい何が行われているのだろう?それを考えると、つい不安になってしまう。
「さあさあお二人とも、早く中へ」
「御門様と春乃宮さんをお止めくださいませ」
「わかったから押さないで」
「旭ちゃん、無事でいて」
鳥さんと牧さんに煽られるように、中へと入る壮一と琴音。
9月だというのに中は熱気でムシムシとしていて、長くいたら熱中症になりそうなくらいに暑く、そして静かだった。
「本当にここ?御門さんがいるにしては随分と静かだけど」
「旭ちゃーん、いるのー?」
そう広くも無い倉庫の中に、琴音の声が響く。しかし返事は無い。どこかに隠れているのだろうか?例えば、そこにある跳び箱の裏とか。
二人が奥へと進もうとしたその時。
ガガッ、ガガガガガッ!
入ってきた扉が、重たい音を立て始めた。驚いて振り返る壮一と琴音。すると二人の目に飛び込んできたのは、扉が閉じる瞬間だった。
「ちょっと、どうして閉めるのさ!」
壮一が駆け寄って開けようとするも、何故かビクともしない。もしやこれは、外から鍵をかけられた?
「鳥さん牧さん、どうしたの!旭ちゃんと御門さんは!?」
琴音も何かがおかしいと感じているのか、叫ぶ声には緊張の色が見られる。今度は二人で扉を開けようとしたけど、結果はさっきと変わらず。
いったいこれはどういう事か?そう思った瞬間、扉の向こうから笑い声が聞こえてきた。
「おーほっほっほ、上手くいきましたわね」
まるで昔の漫画に出てくるお嬢様のような独特な笑い声。リアルでこんな笑い方をする人を、一人しか知らなかった。
「その声は御門さん?」
「どういう事?中にいるんじゃなかったの?」
混乱する壮一と琴音。しかしそんな二人をバカにするかのように、またも声が響いてくる。
「御門さん?さて、何の事でしょう?わたくしさっぱりわかりませんわ。おーほっほっほ!」
「いや、その封印したと言いながら全然封印できていない独特な笑い方、どう考えても御門さんでしょ」
「……こ、コホンッ。わたくし、そのような下品な笑い方などしておりません」
「「はい、その通りです御門様!」」
「やっぱり御門さんじゃないか!」
はっきり名前を言ってしまっているし、もう間違いはない。というか、そもそも最初から間違いようがなかったわけだが。
「あらあら、バレてしまっては仕方がありませんわね。よくぞ見破りましたわね。そうです、わたくしは御門樹里ですわ。おーほっほっほ!」
「……えーと、どこから突っ込めば良いのかな?」
「御門さん、そもそも隠す気があったの?」
扉を挟んでいるためお互いの顔は見えないけど、ドヤ顔をする御門さんに対して壮一と琴音はとても……本当にとても疲れた様子。体育祭でたくさん動いた後なのに、なぜこんな面倒そうな事に巻き込まれなければならないのか。当然の不満が渦巻いていく。
「それで、いったい何がしたいの?旭が大変なことになってるっていうのも、勿論嘘なんだよね」
「あらあら、流石は風見さん。そこまでお見通しですか」
「そういうのいいから。もう突っ込むのも疲れるよ」
「あのー、まずはここから出してくれないかなあ?これじゃあ話しにくいんだけど」
琴音がお願いするも、返ってきた答えは無情だった。
「誠に申し訳ないのですけど、そういうわけには参りませんわ」
全く申し訳なさそうでない声で答える御門さん。薄々想像はついていたけど、どうやら彼女達の目的は二人を閉じ込めることだったらしい。
「こんな事をして何になるのさ?訳がわからないのはいつもの事だけど、これは酷いよ」
「鳥さんでも牧さんでもいいから、ここを開けて」
二人とも悲痛な声を上げる。しかし。
「申し訳ありません。御門様の命令は絶対なのです」
「わたくし達も心苦しくはあるのですけど」
この有り様である。もっともここで『はいわかりました』と言って出してくれるようなら、そもそも閉じ込めるなんてバカな真似はしなかっただろう。
「その代わり、中でもある程度快適に過ごせるよう、色々な物を準備させていただきましたわ」
「倉庫の奥をご覧ください。お飲み物や保冷剤等が入った袋がございます」
言われて目をやると、確かにそれらしきビニール袋が置かれていた。さっそく琴音が中を確認する。
「確かにここは暑いから助かるけど、何をしたいのか余計にわからないよ」
「確かに。嫌がらせをしたいのならこんな物用意しないはずだし……まてよ、まさか飲み物の中に薬でも入っているとか!?」
「えっ!?」
思わず手にしていたペットボトルを落とす琴音。もしそうなら、口にするといったいどんな事になるのやら。こんな閉じ込められた状態で何かあったらなんて、想像したくもない。
しかしこれに慌てたのは御門さん達。
「い、いくらなんでもそんな悪いことできるわけありません!」
「やっていい事と悪いことの分別くらいできますよ!」
「せっかくの人の好意を、そのようにとらえるだなんて。見損ないましたわ風見さん」
「何で俺が怒られる側なの?」
自分達がしていることを棚に上げ、よくもいけしゃあしゃあと言えたものである。だいたい、やっていい事と悪いことの分別がついていないから、こんな事態に陥っているのではないだろうか?
「とにかく、その飲み物は安全ですわ!一服盛るだなんて卑劣な真似はいたしません!わたくしはただ、お二人が大人しくしていただければ、それで満足なのです!」
「「はい、その通りです御門様!」」
「そんなこと言われてもねえ……」
これではいそうですかと納得出来るわけがない。さらに、御門さんの狙いが全く分からない。これが旭を閉じ込めると言うのなら体育祭で負けたことを逆恨みしての犯行と言うことでまだ話は分かる。しかしなぜ自分達が閉じ込められたのか、それがさっぱりわからないのである。
「ひとつ確認したいんだけど、これって体育祭で負けた腹いせだよね。勝敗に関わらず、体育祭が終わったら後を引かないようにするって約束はどうなったの?」
「あら、もちろん覚えていますわよ」
あっさり肯定された。となると、約束を守る気など無いと言うことだろうか。そう考えた壮一だったが。
「いいですか風見さん。家に帰るまでか体育祭ですわよ。つまり今はまだ、体育祭の真っ最中ですわ。確かに後には引かないと約束はしましたけど、これなら問題無いですわよね。わたくし、何一つ約束は破っていませんもの。おーほっほっほ!」
「……なんて屁理屈を」
「酷いよ御門さん。そんなの無茶苦茶じゃない」
「お黙りなさい!」
鶴の一声が琴音の言葉をかき消す。そして黙ったのを確認すると、ゆっくりと告げた。
「わたくしも鬼ではありませんわ。何もずっとこのまま閉じ込めたりはしません。ほんの少しの間、仲良く中に入っていてくれればいいのです。仲良く、ね」
「だからいったい何のために。ちょっと御門さん!聞いてるっ!?」
壮一は声をあげたが、反応が無い。よーく耳をすませると、足音が遠ざかっていくのが分かる。
「御門さん!御門さん!ああっ、何だよこれは」
珍しく苛立ちをみせる壮一。そしてその様子を心配そうに見つめる琴音。
「風見君……きっと大丈夫だよ。そのうち誰かが近くを通るだろうから、その時大声を出せばきっと気づいてもらえるよ。それに、二人で考えたら出られる方法が見つかるかもしれないし、だからまずは落ち着こう、ねっ」
「倉田さん……ごめん、ちょっと焦ってた。格好悪いところを見せて悪かったね」
「そんなこと無いから。風見君はいつだってカッコ……」
良い、という言葉を咄嗟に飲み込む琴音。少し不自然な切り方だったけど壮一は気にする様子もなく、怨めしげに扉を見ている。
「それにしても御門さん、俺達をこんな所に閉じ込めていったいどうする気だろう?今のうちに旭に何かする、なんて事がなければいいけど」
実は先程彼が焦っていたのも、この事が気掛かりだったから。こんな状況になってもなお、壮一は自分よりも旭の身を案じていたのである。
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