第59話 それでも二人を 2
体育倉庫から出たアタシと空太は、そのままグラウンドに向かって歩いていく。
もう片付けもほとんど終わりだけど、何か手伝うことは無いかな?そう思いながら回りの様子をうかがっていると。
(ん、あれって?)
ふと前方に目が止まった。視線の先にはバラしたテントの屋根や柱を抱えて運ぶ女生徒の後ろ姿が3つ。そしてそれは馴染みのあるものだった。
「あれって、御門さん達だよね」
真ん中にいるのが御門さん。両サイドにはいつも通り鳥さんと牧さんもいる。鳥さん、保健室でうなされてるって聞いてたけど、もう良いのかな?
それにしても、彼女達が運んでいるのは結構な大荷物だ。
「ちょっと手伝おうか」
「いいの?相手は御門さんだよ」
「いいんじゃないの?別にケンカしてる訳でもないしね」
確かにいつもなら面倒臭いから自ら関わろうとはしないけど、今のアタシは機嫌が良いのだ。荷物運びに苦労しているのなら、手伝ってあげよう。
意気揚々と彼女達に近づいていく。
「ふう、まったく重いですわね。どうしてわたくしがこんな物を運ばなくてはいけないのでしょう?」
「それは……御門様がジャンケンに負けたからだと」
「お黙りなさい」
「「はい、御門様!」」
……鳥さん牧さん、あんまり御門さんを甘やかさないで。これ以上おバカになっちゃったらどうするの?それとも、もう既に手遅れだと諦めているのだろうか?
「そうでしょそうでしょ。だいたい、ジャンケンと言えどわたくしが負けるなんてあり得ない事なのです。それなのに、それなのにそれなのにそれなのに…」
「落ち着いてくださいませ御門様」
「テントの柱がひん曲がってしまいます」
うーん。声をかけていいかどうか迷うな。けどいつまでもこうしていても仕方がない。思いきって話しかけてみることにする。
「御門さん」
「出ましたわね春乃宮旭!」
声をかけた瞬間、おもいっきり睨まれてしまった。見れば鳥さんと牧さんも気まずい表情をしている。
「いったい何の用ですの!」
「えーと、テントを運ぶのを手伝おうかと思ったんだけど……って、御門さん。持ってる柱が90度くらいに曲がってるよ!」
「ええ、そうですわね。悔やまれますわ。もし今日の競技に柱曲げ競争なんてものがあれば、あんな屈辱を味会わなくてすんだというのに」
「いつもの事ながら訳がわかんないよ」
しかしここでハッと気づいた。御門さんの悔しそうなこの表情、これってもしかして。
「ひょっとして、体育祭で負けたことを悔しがってるの?」
「ーーーッ!」
あ、どうやら図星だったようだ。
ごめんね、鳥さんに牧さん。言っちゃダメだと言わんばかりに口に指を当てて待ったをかけてたのに、それに気づかずに言っちゃって。
こっそり頭を下げていると、御門さんが怨めしげにこっちを見てくる。
「は・る・の・み・や・さーん!もう下手なお芝居はその辺でいいですわよー!」
「え、お芝居って?」
「とぼけるんじゃございませんわ!アナタのことです、涼しい顔をしてどうせ腹の中では下品に高笑いしているんでしょう!な~んて嫌みな人なんですか!」
「ちょっと、行きなり失礼ね。そんなの知らないわよ」
頬を膨らませて抗議したけど、御門さんのヒステリックは治まらない。
「いいえ、そうに決まってます。こうやって近づいて来たのだって、ネチネチと嫌味を言うためなのでしょう!『戦う前から勝った気でいて、負けた気分はどう?』とか、『今まで大きな顔をしてて良かったね。恥ずかしくて二度と日の当たる場所に出られないくらいの大敗をきしたからね』とか言うに決まってます!」
「何よその言いがかり!御門さんじゃあるまいし、そんな頭の悪そうな嫌みなんて言わないよ!」
「わたくしが間違っているというのですか!?」
ダメだ、全然会話になっていない。いくらなんでもこれは壊れすぎでしょ。
「鳥さん牧さん、いったい御門さんはどうしちゃったの?たかが体育祭で負けただけなのに、いつにも増して変だよ」
そう尋ねてみると、二人は困ったように顔を見合わせる。
「ええと、春乃宮さん。御門様との勝負の件は覚えてらっしゃいますよね」
「あれだけ勝利を確信していたにも関わらず負けてしまったので」
アレか。いや、でも確かに勝負はしたけど。ここまで壊れることも無いんじゃないの?たかが体育祭の勝ち負けなんだし。
しかし、どうやら思った以上に、アタシと御門さんとでは勝負にかけていた情熱に差があったらしい。
「御門様は一週間も前から、勝利宣言のセリフを練習しておりました。原稿用紙と向き合いながら何度も文章の見直しをして。その力の入れようと言ったらもう……」
「力の入れ所が間違ってるよ!セリフの練習をする前に走る練習でもしようよ!」
「御門様の御屋敷では、今朝から祝賀会の準備が行われていました。それを中止するよう手配しなければならなかった時の御門様のお気持ちが分かりますか?」
「分かりたくないよ!」
祝賀会の準備をしてくれていた人達には悪い事しちゃったかな?御門さんも中止じゃなく、残念会に変更すれば良かったのに。それにしても、そこまでこの勝負にこだわっていただなんて。
「ある意味凄いよ。アタシなんてどうでもいいって思っていたのに」
「ぬわぁーんですってぇーーーッ!」
まずい、怒りのあまり呂律が回らなくなっている。これは面倒そうな予感しかしないな。
するとその様子を見ていた空太がため息をついた。
「御門さんならこうなるんじゃないかって思っていたけど、予想以上だった。だから手伝うって言った時止めようとしたのに。アサ姉勝手に行っちゃうんだもの」
「今更そんな事を言われても。それに勝ち負けに関わらず後を引かないようにするって、壮一とも約束していたし……」
「御門さんにそんな正論が通用するとでも?」
それを言われると反論できない。そんなことを話していると、御門さんがプルプルと肩を震わせ始めた。
「は、春乃宮さんアナタ!わ、わたくしとの大事な勝負を!こ、こともあろうにどうでもいいなどと!」
「ごめんごめん。他の事で忙しくてさ」
「他の事ですってー!」
しまった、失言だった。
御門さんはすさまじい怒り様で、自慢の金髪ロールが重力に反して逆立っているよう見える。そしてそれを見てすかさず宥めに入る鳥さんと牧さん。
「落ち着いてくださいませ御門様」
「そうでございます。なにも御門様が眼中に無かったわけではございません。そうですよね?」
祈るような目でアタシを見る牧さん。ここで違うと言ったら、何だか大変な事になってしまいそう。正直に答えた方が良いだろう。
「そう、他に気になることがあったのよ。琴音ちゃんの事ばかり考えていたからつい」
これで怒りが治まってくれればいいんだけど。しかし、なぜか御門さんはよりいっそう目をギラつかせた。
「琴音ちゃん?あの倉田琴音のことですの!?」
バキッ!
ああ、ついに手にしていた鉄製の柱が真っ二つに折れちゃった。しかし琴音ちゃんの名前が出たとたん更に怒るだなんて、いったいどうして?
「アサ姉、アサ姉。マズイよ」
「マズイってのは見れば分かるけど、なんで?」
「アサ姉は知らないかもしれないけど。御門さん、借り物競争で琴音さんに負けて相当悔しがっていたんだよ」
「え、そうだったの?全然気づかなかった」
「琴音さんと一緒にゴールしてたから、知らなくても仕方がないけど。でもそれも機嫌を損ねる要因だったんだよ。借り物とはいえアサ姉の方が先にゴールしたんだから、御門さんはアサ姉に負けたって思ったんだろうね」
「ええー、何よそれ?」
そんな。競技が被るのを避けたのにこんな事になるなんて。
そういえば御門さん、文化祭の時にはアタシの友達である琴音ちゃんまで目の敵にしていたっけ。そんな二人に並んでゴールされたのでは確かに良い気分はしないだろう。
「それにアサ姉と琴音さん、仲良さげにゴールしたものだから皆から高評価を受けてたんだよ。理想の親友同士だって」
「本当に?いやー、照れるなー。琴音ちゃんと親友同士かー。良い響きだよ」
「対して御門さんは、鳥さんを保健室送りにしてたからね。引いた人もいたみたい」
「それは自業自得ね」
「俺もそう思う」
「お、お黙りなさい!さっきから好き勝手言って!」
揃って溜め息をつくアタシ達に御門さんが抗議する。て言ってもねえ。全部本当の事だし。
「確かに鳥さんの件は少々やり過ぎたかもしれませんわ。ですがあれくらいのこと、そう珍しい話でも無いですわよ!」
ええっ!?あのとても口に出せないような折檻が珍しいことじゃないの?鳥さん、度々そんな目に遭ってるのになんで取り巻きなんて続けてるの?
「その通りです御門様!その証拠に身体も大分慣れて回復も早くなり、もうすっかり完治しています!」
清々しい表情で言い切る鳥さん。
こんな時まで柔順なのかこの人は。もっと自分を大事にしようよ!
「御門さん達の事情はわかったけどさ、もうこの話は良いかな?アタシは別に勝ち負けをとやかく言う気はないから」
「う、嘘をおっしゃい!向こう数十年嫌味を言い続けるつもりでしょう!」
「そんな陰湿なことしないよ!だいたい後を引くようなことはしないって、壮一とも約束したじゃない」
まさか御門さん、約束を忘れてたんじゃないよね?自分が勝ってたら数十年ネタにするつもりだったの?勝負には拘ってなかったけど、今なら勝てて良かったって思えるよ。
けどこうなった以上、明日以降御門さんから体育祭の話題が出ることはないだろう。きっと今日の出来事は黒歴史にするに違いない。
「じゃあ、アタシ達はもう行くから。御門さん達も片付け頑張ってね」
最初は手伝おうかと思ったけど、もう疲れた。彼女等が運んでいたテントも、もう使い物にならなくなってしまっているし。アタシまで先生に謝りに行く気にはなれない。
御門さんはアタシの声が届いているのかいないのか、何かをブツブツ言っている。
「このわたくしが負けるなんて負けるなんて負けるなんて…」
「御門様、気をしっかり持ってください!」
「生きていればきっと良いことがあります!」
よし、長居は無用。空太と頷き合うと、示し会わせたように踵を返して歩き出す。
「このわたくしが負けるなんてーーーッ!」
断末魔のような叫びが背中に届く。御門さん、よほど悔しかったんだろうな。
「ねえ、大丈夫なのかな?御門さんを放っておいて。腹いせに何か意地悪してきたりしない?」
「うーん、いくらなんでもそれは無いかな。今日の件は体育祭が終わったら後を引かないようにするって約束だったし。忘れていたみたいだったけど、さっき注意したしね」
「だと良いけど」
「平気だって。空太は心配性だなあ」
そう言って笑って見せたけど、後で思うと自分が浅はかだったと反省せざるを得ない。
どうやらアタシは、御門さんを見くびっていたようなのである。
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