第58話 それでも二人を 1
長かった体育祭も閉幕。生徒達は手分けして、簡単な後片付けをしていく。そんな中アタシはというと。
「終わったー」
「まだ終わりじゃないでしょ。後片付けが残ってる」
空太に注意されながら、リレーで使ったバトンを片付けに体育倉庫に向かって歩いている。
「固いこと言わない。それにしても、琴音ちゃんと仲直りできて良かったー」
借り物競争の後は、これまでギクシャクしていたのが嘘のように、楽しく会話をすることができた。これも全て、空太と壮一が背中を推してくれたお陰である。
「ありがとね空太。アドバイスしてくれて」
「大したことはしてないよ。それより、今後の方針は決まったの?」
「方針って?」
「ソウ兄達をくっつけるかどうか。借り物競争の時は好感度の事があったけど、それでも琴音さんと一緒に行ってたよね」
「ああ、あれね。やっぱり気にはなったんだけど、縛られるのはやめにした。だってごちゃごちゃ考えて、また仲違いするのなんて嫌だもの」
「懸命だね。その方がアサ姉らしいよ」
「けどね、壮一と琴音ちゃんのことは……ん?ちょっと待って」
歩いていたアタシは、足を止めて空太を制止させる。注目すべきは体育倉庫の前。そこには壮一と琴音ちゃんが向かい合っていた。
「あ、ソウ兄」
「静かに。ちょっとこっちに来なさい」
空太の手を引っ張って、近くの茂みに隠れる。空太は不満げな顔をしたけど、ごめんね。ここは二人の様子を観察すべきだって、女の勘が言ってるの。
耳を済ますと、二人の会話が聞き取れる。どうやら話しているのは、アタシのことらしい。
「ありがとね風見くん。色々相談に乗ってくれて」
「俺は何もしてないよ。それより、二人が仲直りできて良かった」
「ごめんね、心配かけちゃって」
「俺よりも、倉田さんの方が心配してたでしょ。毎日旭の様子を聞いてきて。夏休みにはお見舞いに行って良いかって、何度も尋ねてたし」
そういえばそんな事を言っていたっけ。こうして改めて聞くと琴音ちゃんの優しさと、冷たい態度をとっていた自分への苛立ちが胸を打つ。こんなアタシを、見捨てないでありがとう。
「それで、結局原因は何だったの?旭、それだけは全然教えてくれないんだよ」
ごめんね壮一。それはとても説明できるような事では無いの。乙女ゲームだの好感度だのが原因だなんて、もちろん琴音ちゃんも想像していないだろう。そう思ったのだけど。
「原因は……もしかしたらって思うことはあるかも」
何とそんなことを言い出した。えっ、検討ついてるの?
驚いたアタシは、空太と顔を見合わせる。
「ど、どうしよう。琴音ちゃんにあな恋の事がバレちゃってる」
「落ち着きなよ。まだそうとは決まってないでしょ。琴音さんの勘違いかもしれないし。ていうか、絶対そうだよ」
「そ、そうだよね。普通に考えたらバレるわけないよね」
しかし、そうなると琴音ちゃんはいったい何を思っているのだろう?気になって耳を済ませていると琴音ちゃんは、何だか頬を赤く染めながら。モジモジとした様子で壮一に問いかけた。
「ねえ。風見くんはやっぱり、旭ちゃんの事が好きだよね」
「えっ?それは……」
「好き、だよね」
真剣な眼差しの琴音ちゃん。言いよどんで視線をそらした壮一だったけど、やがてそれを見つめ返す。
「ああ、好きだよ。旭の為なら、俺は何だってできる。そう思うくらいには、ね」
「そっか……そう、だよね。うん、分かってた」
琴音ちゃんは一瞬切な気な表情を見せるも、すぐにそれを隠すように笑顔を作った。
「ごめんね、やっぱり原因は教えられないや。けど、もう良いよね。無事に仲直り出来たんだし、もうあんな事は起きないようにするから」
「あ、ああ……」
「さあ、まだ後片付けは残っているんだから、早く終わらせよう。風見くんも疲れてるでしょ」
「ああ、そうだね」
壮一ははぐらかされてしまったと感じているようだけど、追及はしない。まるで何事も無かったように、二人はその場を後にする。
そうして姿が見えなくなった後、茂みに隠れていたアタシと空太はようやく顔を出す。そして。
「空太、今の見てた?」
「う、うん。それで、アサ姉はどうするの?ソウ兄、アサ姉の事が……」
「あの琴音ちゃんの壮一を見る目!あれは間違い無く恋する女の子の目よ!」
「そっち!?」
頭を抱える空太。そっちって、他に何か気になる事でもあるの?
「ソウ兄の発言はどうでも良いの!?ソウ兄、アサ姉の事が好きだって言ったんだよ」
「知ってるわよ。親友なんだから当たり前じゃないの」
「いや、そう思っているのはアサ姉だけで。ソウ兄が言いたいのは……恋愛的な意味だと……」
「うん、琴音ちゃんもそう勘違いしてたっぽいよね」
「勘違い!?」
それを聞いた時に見せた切な気な表情。だけどそんな顔をしたと言うことは、琴音ちゃんが壮一の事を好きだって事じゃないの!
「うーん、だんだん読めてきたわ。アタシの推理によるとね」
「アサ姉の推理が当たってる気がしない」
「良いから黙って聞く。まず琴音ちゃんは壮一の事が好き。これは間違い無いわね」
「確かにあの様子、そうなのかも。でもなんで急に?」
急にかどうかはわからない。何せ最近、琴音ちゃんとも壮一とも距離を置いていたから二人がどんな事をしていたかなんて知らないのだ。いや待てよ。
「琴音ちゃん、壮一に毎日アタシの事で相談してたって言ってたわよね。きっと傷心中に相談にのってもらっていたから、壮一の優しさに惹かれたのよ」
人は傷ついている時に優しくされると恋に落ち易いって、夏休み中に読んだ恋愛のマニュアル本にも書いてあった。
何て事だ。冷たい態度をとってしまった事は今も後悔している。だけどまさかそれが、こんな風に作用するだなんて。
空太の言った通り、確かにこれはゲームではあり得なかった展開。人生何がどう転ぶか分からない。
「本当にそうなのかな?ああ、でもさっきの琴音さんの様子を見ると、確かに否定できない」
「でしょでしょ」
「そういえばアサ姉の態度の理由に心当たりがあるような事を言っていたけど、もしかしてそれもこの事が関係しているのかも」
「どう言うことよ?」
目を輝かせて尋ねる。空太はまだ悩んだ風だったけど、小さく口を開いた。
「もしかしたら琴音さん、アサ姉がソウ兄に気があるって勘違いしてたんじゃないかな?それなのに自分がソウ兄の事を好きになったから、アサ姉の機嫌を損ねたって思った…かも?」
「それよ!」
これで全て辻褄があった。しかも琴音ちゃんは壮一の事が好き。だとすれば、アタシのやるべき事は一つだ。
「……空太」
「……何でしょう?」
「アタシ、やっぱり二人をくっつけたい!」
ゲームに囚われてはいけないと、一度は取り下げた目標だった。だけど既に二人が両想いなら話は別だ。今一度、二人のキューピッドになってみせましょう!
「ちょっと待ってよ!確かに琴音さんはソウ兄の事が好きかもしれないけど、ソウ兄の気持ちはどうなるの!?」
「何を言ってるの、昼間教えたじゃない。壮一も琴音ちゃんの事が好きなのよ」
「それは無い!」
「何でよ!?」
アタシは確かに壮一に聞いたのだ。琴音ちゃんの事は好きかと。そして壮一はそれに『はい』と答えている。しかし空太は。
「それは友達としての好きだから。別に琴音さんじゃダメって訳じゃ無いけど、好きってことはあり得ないんだよ。だってソウ兄は……」
何か言おうとしたけど、口をモゴモゴと動かすばかりで喋ろうとしない。いったいどうしたと言うのだろう?
「空太が何を勘違いしているのかは知らないけど」
「勘違いしてるのはアサ姉だから!」
「そんなの分かんないでしょ。とにかく方針は固まったわ。壮一と琴音ちゃんをくっつける。これに決まり!」
「もう決定なの!?」
「というわけで空太。悪いんだけどこれからも協力してくれるかな?ほら、アタシだけじゃ何かと失敗しちゃう事もあるから」
こんな風にお願いするのはいささか恥ずかしいけど、アタシはミスも勘違いもする。今回の一件で痛いほどそれを知ったのだ。
「けど、空太が協力してくれたら百人力だからね。アンタだって壮一が幸せになってくれた方が嬉しいでしょ」
「そりゃそうなってくれた方が嬉しいけどさ。でもねえ」
空太は煮え切らない様子だったけど、やがて何かを諦めたようにため息をついた。
「わかったよ。ちゃんと協力するから。確かにアサ姉の暴走を止めれるのは、俺しかいないからね」
「本当!?ありがとう空太!やっぱり頼りになるー」
そう言って頭を撫でようとしたけど、照れたように離れてしまった。
「そういうの良いから。それより、まだ片付けの途中でしょ」
「あ、そうだった」
そう言えばリレーで使ったバトンを片付けに来たんだっけ。壮一と琴音ちゃんに気をとられて、すっかり忘れてしまっていた。
「じゃあとりあえず、作戦会議は放課後ね」
「今日からするの?体育祭で疲れているのによくやるね」
「当たり前よ。善は急げって言うじゃない」
いまいち乗り気じゃなさそうな空太の背中を叩きながら、体育倉庫へ向かって歩いていく。
こう頼りっぱなしでは申し訳ないとは、アタシも思うよ。だけどそれでもアタシには、空太が必要なの。だからお願い、今だけは力を貸してね。
隣を歩く空太を横目で見ながら、アタシは心の中でそんな事を考えていたのだった。
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