第57話 もう一度友達に 7

 やって来たテントの傍には、やはり中等部の生徒と思われる子達がチラホラいた。これなら空太がいても問題無いよね。そう思っていると。


「あれ?空太来てたんだ」

「おはようソウ兄」


 こちらに気づいた壮一が近づいてきて、空太も挨拶をする。


「さっきそこで合ったの。連れてきちゃったけど、良いよね」

「それは構わないけど。ところで、倉田さんと話はできた?さっき一緒に出ていくのは見えたけど」

「ええと、それがちょっとトラブルがあって」

「つまり、まだちゃんとは話せてないってこと?」


 残念ながら。けど、そんな残念そうにしないでよ。次はちゃんとやるんだから。

 すると、空太もフォローに回ってくれる。


「まあ無理もないよ。あんな雑音が飛び交ってたんじゃ、集中できないって」

「雑音って?」

「まあ、色々あったのよ」


 御門さん達のアレコレの話なんて、説明するのが面倒くさい。それよりも今は応援をしないと。

 グラウンドに目を向けると、借り物競争の第一走者がスタートした所だった。

 コースの途中に置かれた紙をとり、それに書いてあった物、もしくは書いてあった条件に当てはまる人を連れてくるという、スタンダードなルール。ちなみにお金持ち学校の桜崎でも、ダイヤの指輪とか金の延べ棒、どっかの会社の社長といった無茶なお題は無い。いたって普通の借り物競争なのでご安心を。

 さて、そうこうしているうちに、早速第一走者が借り物を探しに来る。


「誰かガラケー持ってないかー。スマホじゃダメだ、ガラケーだ。何?持ってるけど教室に置いてある?」


 あーあ、残念。仕方がないか。体育祭中は普通持ち歩かないよね。


「ウィッグ付けてる人ってお題なんだけど、誰かいない?」

「ウィッグ?カツラでも良いなら地学の先生がさっき歩いてたけど」

「ありがとう。探してみるよ」


 地学の先生がカツラというのは周知の事実。もっとも本人は隠せてるつもりみたいだから借りに来られたら驚愕するだろうけど。

 そうして品物や人を借りてきた走者が次々とゴールしていく。こういうゲーム性の強い競争は見ていて楽しい。

 さて、次はいよいよ琴音ちゃんの番だ。


「倉田さんの番か。って、隣で睨んでいるのって……」


 壮一が顔をしかめる気持ちもわかる。何せ琴音ちゃんのすぐ隣のレーンにいたのは御門さんなのだ。そして、それを見た空太は首をかしげる。


「何であの人、琴音さんを睨んでいるんだろう?相手がアサ姉なら分かるんだけど」

「それもどうよ。でもたぶん、琴音ちゃんをアタシは仲間だって思っているんじゃないの?きっと代理戦争を仕掛けられたって思ってるのよ」

「へえー、よく分かるね」

「だって文化祭の時がそうだったもの。できれば御門さんの気持ちなんて、分かるようになりたくなかったよ」


 ため息をついていると、スタートの合図が鳴る。琴音ちゃんも御門さんも走り出し、すぐにお題の書かれた紙を拾った。そして。

 一早く動いたのは御門さん。瞬く間に赤組のテントまで駆けていった彼女は、ここまで聞こえる大きな声で皆に呼び掛ける。


「わたくしのお題は『友達』ですわ。どなたかついてらしてくださらない?」


 これは実に簡単なのを引いたものだ。そう、本来なら。

 赤組の数人が、恐る恐るといった様子で発言する。


「あの―、非常に言いにくいのですが」

「我々御門さんの友達というよりは下僕に近いので、条件に合っていないかと」


 日頃の行いの悪さから、友達と名乗り出られる者はいない。サービスお題なのに、なんてもったいないことか。


「そ、それじゃあ鳥さんと牧さん。あのお二人はどちらに?」


 御門さん、二人の事をちゃんと友達だって思っていたんだね。それだったらもう少し迷惑かけないであげようよ。

 しかし、生憎テントに二人の姿は無い。なぜなら。


「鳥さんは今保健室でうなされています。牧さんもその付き添いです」


 先ほどの御門さんによる摂関の影響だろう。鳥さん、痛わしいことだ。これには流石の御門さんも悪いと思ったようである。


「……そういえば先ほど許可を出しましたっけ。あれは少々やりすぎだったかもしれませんわね。反省しますわ」


 分かってくれたか。しかし二人を連れてこないと御門さんはゴールできない。慌てて保健室へ向かって走り出す。本来ならすぐすむお題なのに、これで大幅な時間のロスだ。


「因果応報ね。あんなお仕置きをしたんだから仕方がないか」

「連れてくるなら牧さんの方かな。鳥さんはもうしばらく休ませてあげた方が良いと思う」


 頷き合うアタシと空太。一方事情を知らない壮一は首をかしげている。


「いったい鳥さんに何があったの?」

「何がって……アレはとても口にできるものじゃないんだけど、知りたい?」

「いや、やめておく。知らない方が幸せそうだ」


 そうだろそうだろ、正しい判断だよ。それにしても、御門さんのお題も『友達』だったのか。琴音ちゃんと同じく。

 実はアタシは、琴音ちゃんがどんなお題を引くかを知っていた。だってこの借り物競争、あな恋でもあったんだもの。

 ゲームで琴音ちゃんは御門さんと同じ『友達』と書かれた紙を引いて、攻略対象キャラの中から一人を連れていくのだ。もちろん選ばれたキャラの好感度は上がる。

 再び壮一と琴音ちゃんをくっつけたいと思い始めたアタシとしては、ここは是非とも壮一を選んでほしいものだ。

 おっと、そんな事を考えているうちに、琴音ちゃんがこっちに向かって走ってきた。


「琴音さん、こっちに来るね」

「本当だ。何を借りるつもりなんだろう?」


 壮一、借りられるのはアナタよ。琴音ちゃんの視線は、明らかにこっちに向かっている。これはやっぱり、壮一を選んだと見て間違いないだろう。グッと握り拳を作っていると、琴音ちゃんがやって来た。


「倉田さん、お題は何?」


 壮一が尋ねると、琴音ちゃんは皆に引いた紙を見せてくる。そこに書かれていたのは、やはりゲームと同じく『友達』。そして琴音ちゃんは、何故か不安の混じったような切な気な表情を作る。

 えっ、どうしてそんな顔をしてるの?


「こんな事をお願いして、迷惑かもしれないけど……」


 いやいや、壮一を連れて行きたいんでしょ。そんなの全然迷惑じゃないから。


「一緒について来てほしいの」


 分かってるよ。ほら壮一、ついて行ってあげなよ。後推ししようと、そっと彼の背中に手を伸ばして……


「お願い、旭ちゃん!」


 アタシか!?

 伸ばしていた手が思わず空を切る。

 待ってよ。ここは壮一を選ぶ場面じゃないの?アタシとは現在、絶賛微妙な関係なんだし。いや、もしかして、だからこそなの?

 ケンカしているわけでもないのに、二人ともぎこちない。そんなアタシ達は友達と呼べるかどうかをハッキリさせるため、わざわざアタシを指名したのではないだろうか。

 その気持ちは分からなくは無いけど、よりによって好感度に関わるイベントで。


 どうしよう。空太はここがゲームの世界じゃ無いって言ってたけど、概ねゲームのストーリーに沿って物事が進んでいるのは間違い無い。となると、ここで指名を受け入れ、アタシの好感度を上げても良いものだろうか?

 アタシの好感度を上げても、壮一と琴音ちゃんをくっつける事は可能なんじゃないかとは思う。けど、やっぱり確証がある訳じゃ無いのだ。安全を考えると、ここは辞退するべきだけど。


「旭!」

「アサ姉!」


 壮一と空太がアタシを見る。ここで拒否してしまっては、取り返しのつかないことになりそうな気がする。けど、本当に大丈夫か?ゲームと違ってやり直しはきかないんだ。


「旭ちゃん……」


 不安そうな琴音ちゃん。そうだよね。せっかく頑張って指名したのに、受け入れてもらえなかったらって考えると、不安にもなるよね。

 でも、でもね。アタシはまだ、これはゲームじゃないって完全に割りきれた訳じゃないの。だって十数年信じてきたんだもの。急には無理。だから……


 だからアタシは謝罪の言葉を口にする。


「ごめん、壮一!」

「えっ?」


 急に謝られた壮一はキョトンとした顔をする。だけど次の反応を待つこともなく、アタシは琴音ちゃんの手を掴んだ。


「行こう、琴音ちゃん!」

「ーーッ!うんっ!」


 次の瞬間、アタシ達は走り出す。

 ごめんね壮一。このせいで壮一と琴音ちゃんをくっつけることが、もしかしたら困難になるかもしれない。だけど、それでも今は琴音ちゃんを笑顔にさせたいの。


 もう自分の気持ちに嘘をついて、とりたくもない態度をとるなんて事はするもんか!好感度?そんなもの知ったことか!アタシはアタシのやり方で、壮一と琴音ちゃんを笑顔にしてやるんだ!

 そう決意しながら隣に目を向けると、丁度同じようにこっちを見ていた琴音ちゃんと目が合う。


「旭ちゃん、ありがとう」

「いいよ。それよりごめん。今まで……」


 冷たい態度をとってて。そう言おうとしたのだけど、その前に指で口元を塞がれた。

 琴音ちゃんは何も言わない。だけどその優しい目を見ると、「もういいの」と言われているような気がした。


「行こう」

「了解!」


 なぜあんな態度をとっていたのか。怒ってはいないのか。お互いに聞きたい事はたくさんあったと思うけど、もう多くを尋ねると必要もない。こうして笑い合うことで、気持ちに決着をつけることができたのだから。

 それよりも今やるべき事は走ること。アタシ達は並び、そして笑い合いながら、ゴールを目指して駆けて行った。

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