第56話 もう一度友達に 6
グラウンドの中央では綱引きが行われ、多くの生徒がそれを応援している。だけどアタシはそこから少し離れて、校舎の近くにいた。琴音ちゃんと向かい合いながら。
騎馬戦が終わった後、アタシと琴音ちゃんは誰とも無しに白組のテントを離れた。何も口にしなくても、互いに言いたい事があると言うのは目を見ればわかる。けれどこうして対峙したはいいけど、中々口を開けない。
すると、アタシより先に琴音ちゃんが動いた。
「さっきはありがとう。手、大丈夫?」
「うん、平気。大したことないよ」
絆創膏の貼られた手を、ヒラヒラと振って見せる。するとホッとしたように息をつく琴音ちゃん。
「ごめんね。私がモタモタしてたから、迷惑かけちゃったね」
「そんなことないよ。それに、迷惑掛けてたのはむしろ……」
ここで一旦口を閉じる。大事な事だから、まずは深呼吸して息を整えなきゃ。
静かだ。グラウンドの喧騒も、何だかやけに遠くに感じる。他に聞こえてくるのと言えば…
~お許しください、御門様!~
…ちょっとした雑音くらいだ。
「そういえば夏休み中は、体壊してたんだよね。さっき激しく動いてたけど、平気なの?」
「うん、元々そう悪かった訳じゃないから」
~どうか、どうかお許しを~
「琴音ちゃんこそどうなの?家の手伝いだって毎日やっているんでしょ。疲れてない?」
「疲れてない…って言えば嘘になるかな。でも夕べはたっぷり寝たから、今日は大丈夫」
~次こそは、次こそは必ず~
「それでね琴音ちゃん。アタシ、言わなくちゃいけない事があるの」
「何?」
~御門様、どうかそれだけはご勘弁を~
「実はね…」
「うん…」
~お慈悲を、何とぞお慈悲を~
「実は…」
~うぎゃああああああああっ!~
ええい、気が散ってまともに話すこともできない!
見ると琴音ちゃんも気になるのか、チラチラと目が横を向いている。視線の先にいるのは、哀れな鳥さん。彼女は騎馬戦で負けた罰なのか、御門さんからとても口には出せないような折檻を受けている最中である。
「ごめん。それで、御門さんが何だっけ?」
「いや、別に御門さんは関係なくてね」
「ご、ごめん」
「いいよ別に」
向こうの様子がつい気になってしまっているのはアタシも同じだ。
こんな事なら、鳥さんの為にもさっきわざと負けていればよかったと後悔する。
けど、いつまでも悩んでいても仕方がない。
「あのね……」
しかしその時、タイミング悪く校内放送が流れた。
『借り物競争に参加される生徒は、入場門前に集合してください。借り物競争に……』
またもや話が中断される。どうしてこういよいよって時に限って邪魔が入るの?あれ、しかも借り物競争って事は……
「…ごめん、私行かなきゃ」
琴音ちゃんが申し訳なさそうに謝ってくる。そう、琴音ちゃんは借り物競争にも出場するのだ。さっき騎馬戦に出たばかりなのに、休む暇が無いなあ。
話をしなくちゃとは思う。しかしだからといってここで引き留める訳にもいかず、アタシは泣く泣く頷いた。
「わかった。借り物競争、頑張ってね」
「ありがとう。話、後でちゃんと聞くからね」
名残惜しそうにてを振って去っていく琴音ちゃん。ああ、結局肝心なことは何も言えず終いか。
今回は仕方がないとは思うよ。御門さん達に気を剃らされたり、集合が掛かったんだから。でもね、もうちょいどうにかならなかったかなあ!
1人でウジウジ悩んでいると、ふと背後に誰かの気配を感じた。
「残念だったね、アサ姉」
「空太?」
振り返るとそこには、同情するように眉を下げる空太の姿があった。いったいいつから見ていたのだろう?
「そう落ち込むこと無いって。先伸ばしにはなったけど雰囲気は悪くなかったし、次はきっと言えるよ」
「そうね。過ぎたことを悔やんでもしょうがないしね。ところでアンタ、今来たところよね。壮一とは会った?」
「いいや。たぶん白組のテントにいるんだろうし、挨拶は出来そうにないかな。俺は一般席でゆっくり見学しとくよ」
「別に来てもいいわよ。どうせ来年にはアンタもここの生徒なんだから、問題ないって。そこんところ結構緩いし」
事実応援テントの周辺には、中等部の生徒の姿がチラチラ見られるのだ。空太1人増えたところで何の問題もない。
「もうすぐ琴音ちゃんが出てくるから、一緒に応援しよう」
空太は少し考えたようだったけど、すぐに頷く。
「そういうことなら。それで、琴音さんが出るのって借り物競争だよね」
「そう。ゲームあな恋でもあった、由緒正しき競技よ」
「そうなの?」
キョトンとした様子の空太。実はこの借り物競争、好感度にも影響する競技なのだ。正直競技の結果なんて二の次、好感度がどう変化するかの方に関心がある。
「好感度に影響するからって、また暴走したりしないでよね。恥ずかしいから」
「わ、分かってるわよ。もう自重しようって決めたんだし」
あくまで前ほど躍起にならないってだけだけどね。今朝壮一と話をしてわかったけど、壮一は琴音ちゃんのことが気になるみたいだし。ゲームとは違うっていうのはわかるけど、二人をくっつけた方が良いのではとはつい思ってしまう。
「実はね。壮一、やっぱり琴音ちゃんの事が好きみたいなの」
思いきって打ち明けてみる。驚くかもと思って反応をうかがったけど、空太は眉間にシワをよせてきた。
「はあ?いったい何を根拠にそんなこと言ってるの?」
あれ、思っていた反応と少し違うな。驚きはしているみたいだけど、何だかありえないって思ってるようなリアクションだ。
「そんなの態度を見ていれば分かるわよ。長年一緒にいる親友なんだよ」
「同じく長年一緒にいる俺から言わせてもらうよ。それ絶対勘違いだから!」
真っ向から否定されてしまった。長年一緒にいるのは同じだけど、こうまで意見が分かれるなんて。
「でもでも、琴音ちゃんの事好きだって言ってたし」
「友達としての好きなんじゃないの?ちゃんと確認した?」
「しなくても分かるわよ。女の勘がそう告げてるの!」
「アサ姉の女の勘なんてこれっぽっちも当てにならないよ」
「酷いっ!」
女の勘を甘く見るな!事は恋愛に関しての女子の嗅覚は男子のそれを大きく上回るんだ!もっともアタシは恋バナもあまりしたこと無いから、経験不足ではあるんだけどね。
それにしても、いったいどうしてこうもハッキリ否定できるのだろう。根拠も無くこんな事を言う子じゃ無いんだけどな。
「ねえ、もしかして何か理由でもあるの?壮一が琴音ちゃんを好きじゃないって思う理由」
「理由ね。そりゃまあ、あるけど」
「えっ、なになに?」
興奮したアタシは、食いぎみに顔を近づける。しかし空太はバツの悪そうな顔をして、ため息をつく。
「俺からは言えない。そもそも人の秘密なんて、ベラベラ喋って良いものじゃないでしょ」
「そんな~」
ここまで興味を持たせといてそれ?だけど空太の言う事ももっともだ。アタシもあな恋関連の秘密を皆に黙っているのだし、あまり強くは言えないな。
ああ、でもやっぱり気にはなる。
「じゃあせめてヒントだけでも」
「ヒントねえ。じゃあ、もっとソウ兄の気持ちをよく考えてみて。以上」
「何よそれー!」
不満を露にし、顔をしかめる。
壮一の気持ちなんていつも考えている。それで分からないからこうして聞いているのに。
しかし空太は、これ以上何も言う気は無いようだ。
「いいからもう行くよ。借り物競争、始まっちゃうよ」
「ああっ、そうだった!って、待ってよー!」
すでに歩き出した空太を慌てて追いかける。
結局壮一が琴音ちゃんの事を好きな訳じゃないかもしれない理由は分からず終い。まあいいか、空太の勘違いかもしれないし。それよりも今は琴音ちゃんの応援をしなくちゃ。
気持ちを切り替え、白組のテントへと急ぐのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます