第55話 もう一度友達に 5

 開会式や準備体操を終えた後、競技はつつがなく進行していった。チームの得点では、現在赤組が僅かにリードしているけど、まだまだ逆転可能。両チーム共に応援に熱が入る中、アタシは騎馬戦に出場していた。

 桜崎の騎馬戦は、実はあまり人気が無い。激しく帽子の取り合いをし、安定性に欠ける馬を作ってその上にのるので、全競技の中で最も怪我率が高いからだ。お上品な桜崎の生徒としては、敬遠したい気持ちも分からないわけでは無い。まあもっとも。


「行くよあんたら!赤組の奴らをぶちのめすよ!」

「「おぉーっ!」」


 始まったとたんにやけに気合いが入る人も少なくない。おそらく普段抑圧されている何かが開放されたのだろう。そしてそれは、相手チームも同じ。


「倉田さん、よくも南部先輩に色目使ったわねー!」


 見ればモブキャラと思われる女子の乗った馬が、琴音ちゃんの乗った馬の前に立ち塞がっている。実は琴音ちゃんもこの騎馬戦に出場していたのだ。

 ちなみに相手の子が言っている南部先輩というのは攻略対象キャラの一人。チャラいナンパ野郎で、向こうが琴音ちゃんに色目を使っているのだ。

 今まで壮一以外の攻略対象キャラはアタシが遠ざけてきたけど、どうやら最近琴音ちゃんと疎遠になっているうちに近づかれていたようだ。不覚。


「わ、私べつに色目なんて使っていません」

「シラを切るつもり?問答無用!みんな、やるわよ!」

「待って、話を聞いてー」

「倉田さん、まずは逃げよう」


 モブ子ちゃんの勢いに圧され、琴音ちゃん達は逃げ出した。大分興奮しているみたいだし、正しい選択だろう。

 けど、相手は素早い。あれでは追い付かれるのも時間の問題だろう。ああ、出来る事なら今すぐ助けに向かいたい。だけど…

 よそ見をするのをやめて、正面に目をやる。アタシも琴音ちゃんと同じように、馬の上にのる騎手をやっているのだけど、目の前には厄介な人がいるのだ。


「春乃宮さん、お覚悟を」


 対峙しているのは鳥さん。どうやら彼女は開戦と同時にアタシを狙ってきたようで、すぐに行く手を阻まれてしまった。おそらく御門さんの指示だろう。その証拠に。


「鳥さあぁぁぁぁん!負けるんじゃありませんわよぉぉぉぉお!」

「はい、御門様!」


 応援席から五月蝿いくらいに檄を飛ばす御門さんと、それに答える鳥さん。御門さんにしてみれば、取り巻きである鳥さんがアタシとぶつかるのは代理戦争みたいに思っているのだろう。

 せっかくわざわざ御門さんと競技が被るのを避けたのに、まさかこんな事になるだなんて。でもしょうがないじゃない。だってゲームでも、わざわざ取り巻きがどの競技に出たか何て細かい所は描かれてなかったんだもの。

 早く琴音ちゃんを助けに行きたいのに。アタシはダメ元で頼んでみる。


「ええと、鳥さん。見逃してもらえたら助かるんだけど」

「そういうわけには参りません。御門様の命令は絶対なのです」

「命令って。御門さん、他人を巻き込むなって壮一に言われてたじゃない」

「甘いですよ。私は御門様の身内です。勝負を持ちかけた時その場にもいました。つまるところ、他人には含まれていないのです」

「そっか、確かに筋は通って無くも無いね。お気の毒様」

「そう思うのなら負けてくださいませ」

「嫌だよ。アタシにだって事情があるんだから」


 こうしている間にも、琴音ちゃんは追い詰められていく。て言うか相手の子、目が血走っていて怖いんだけど。こうなったら早いとこ鳥さんを退けるしかない。


「みんな、速攻で終わらせるよ」

「「了解!」」


 馬の子達が声を揃えて答える。すると鳥さんも戦闘モードに入ったようで距離を詰めてくる。ジリジリと迫ってくる両馬の距離、そして。


「貰いました!」


 先に攻めてきたのは鳥さん。腕を伸ばし、一気にアタシのハチマキを奪おうとする。だけど。


「甘いよ!」


 アタシは決して運動が得意と言うわけではない。だけど、今まで旭様の名を汚したくない一心で様々な努力をしてきた身、情熱を力に変える術はよく知っている。

 伸びてくる鳥さんの手を避け、逆に相手のハチマキを掴んだ。


「ああっ!」


 鳥さんの悲痛な叫びが響く。ごめんね、ここで負けるわけにはいかないの。


「鳥さん!何をやっているのですかー」

「も、申し訳ございません、御門様!」


 泣きそうな顔の鳥さんと、怒りを露にする御門さん。でもって牧さんは慌てて御門さんをなだめる。


「落ち着いてくださいませ御門様。今は競技中でございます」

「ええい、放しなさい牧さん!こうなったらわたくし自らが出陣して……」

「お止めください、御門様!」


 頑張れ牧さん、競技が中断するかどうかは、アナタにかかっているよ。このあんまりな様子に、馬の子達はドン引きだ。


「何だか凄いね」

「私達、勝って良かったのかな?」

「ま、まあやっちゃったものは仕方がないじゃない。気を取り直して次にいこう。ほらあそこ、狙われている子の援護に向かうよ」


 指差した先にいるのはもちろん琴音ちゃんと、それを追う鬼気迫る表情の女子。


「ええー、あんなの相手にするのー?」

「もっと別のにしようよ」

「そういわないで。あれを野放しにしてたら、怪我人が出てもおかしくないわ。アタシ達の手で早目に何とかしないと」


 本当は琴音ちゃんを助けたいという私事何だけど、ごめんね。だけど皆はとても良い子で、話を聞くと納得してくれた。

「なるほど、確かに危険ね。よし、全速前進!」


 皆ありがとう。

 琴音ちゃん達はグラウンドの角に追い詰められている。

 もう逃げ場は無い。だけど、距離をつめる相手の馬の後ろから、今度はアタシ達が迫る。


「琴音ちゃん!」

「旭ちゃん!?」


 いつ以来だろう、アタシ達の目が合う。

 しかし相手の女子はこっちに気づくと、クルリと方向転換をして来る。


「邪魔をするなっ!まずは貴様から片付けてくれるっ!」


 台詞が完全に悪役になっている。

 琴音ちゃん達が逃げ回る気持ちもわかる。だって怖いもん。情熱を力に変えるのは得意だけど、どうやらそれは向こうも同じみたい。目をギラギラさせて手を付き出してきた。


「うわっ」


 間一髪でそれを避けるも、猛攻は止まらない。両手を使って執拗に攻めまくる。

 このままではらちがあかない。こっちも攻めていかないといずれはやられる。そう判断したアタシは、相手の腕をはねのけてハチマキに手を伸ばす。


「いただき!」

「させるかあっ!」


 ハチマキを手にしたと思った瞬間、向こうの手が顔に当たった。わざと当てた訳ではないみたいだけど、体制を崩したアタシはぐらついて馬から落ちる。


「わっ!」

「春乃宮さんっ!」


 馬になっていた子達が組むのをやめて、心配そうに落ちたアタシに目を向けてくる。けど、上手く受け身はとれていたから、少々手を擦りむいた程度だ。そしてその手には、しっかりと戦利品のハチマキが握られている。


「よし、取った」


 馬が崩れてしまったからアタシ達も失格だけど、強敵をやっつけられたのだからよしとしよう。


「ごめんね、取ったは良いけどやられちゃって」

「いいよいいよ」

「それよりも、どこかぶつけたりしてない?」

「平気平気」


 アタシは笑いながら、先程まで戦っていた相手に目を向ける。彼女は悔しそうにしていたけど、失格したのだから仕方がない。潔く退散していく。そして。


「旭ちゃん!」


 助かった琴音ちゃんがアタシを呼ぶ。アタシもそんな琴音ちゃんから目を離さない。


「ありがとう、助けてくれて!」

「ーーッ!どういたしまして!」


 やはりまだぎこちなさはある。だけど少しだけ、開いていた距離が縮まったような気がする。

 今は競技の途中だからこれ以上は話す事はできない。けどこの競技が終わったら、今度こそ話をしよう。そう決心した。

 その後琴音ちゃんは最後まで失格にならず、騎馬戦は白組の勝利で幕を閉じたのだった。

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