第52話 もう一度友達に 2

 壮一も琴音ちゃんもゲームのキャラクターじゃない。それを踏まえた上で、もう一度二人と向き合おう。そう決心したまでは良かったのだけど。


(タイミングが無いんだよねえ)


 あれから数週間経つけど、未だにアタシ達はギクシャクしたままだった。

 あんな事があった後だ。壮一とも琴音ちゃんとも話し辛い。

 今まで壮一とは一緒に登下校したり、毎日のように家に来たりもしていたけど、向こうも気まずいのかそれもパタリと無くなってしまった。

 思えば、壮一とこんなに長い間話さなかったことなんて今まであっただろうか?物心をついたときからいつも傍にいてくれて、それが当たり前になっていたけど、いなくなると何だか心にポッカリ穴が空いたような気持ちになる。

 そういえば、あな恋でも旭様と壮一にこんな風に距離が出来てしまったことがあったっけ。


 二人とも琴音ちゃんの事が好きになってしまって、ギクシャクして。親友同士なのにマトモに顔を会わせることも出来なくなってしまい、あれは見ていて辛かったなあ。

 あの時の旭様は、いったいどんな気持ちだったのだろう?ゲームでは琴音ちゃんの視点で物語が描かれていたから、分からない所も多い。だけどきっと、とても辛かったんだろうなあ。

 旭様は最後にはちゃんと仲直り出来てたけど、果たしてアタシにもそれが出来るだろうか?旭様のように、上手く向き合える自信が無い。


「ちょっと難しく考えすぎじゃないの?良いじゃない、アサ姉はアサ姉のやり方で動けば」


 この日いつものように身の上相談の為部屋に来てくれた空太が、そんな事を言ってくる。

 あれ以来空太は、中々進展しないアタシに愛想を尽かす事無く、こうして話を聞いてくれているのだ。


「そうは言ってもさあ。そんな悠長な事言ってて良いのかなあって思うわけよ。考えてみれば旭様が仲直り出来たのだって、間に入った琴音ちゃんが頑張ってくれたのが大きいのよ。でも今回は、その琴音ちゃんとも話せていないし」


 ただでさえアタシは低スペックで、その上琴音ちゃんの協力も無い。こんな事で本当に大丈夫なのだろうか?

 すると空太は、ジッとアタシを見つめてくる。


「俺がいるでしょ」

「えっ?」

「琴音さんがいなくても、代わりに俺が頑張るから。そりゃ琴音さんみたいに上手く出来るかは分からないけど、これでも付き合いは長いんだから。だから、そんな弱気にならないでよね」


 その表情はちょっと不満気。言った後に少し照れたのか、今度はそのつり目を僅かにそらしてくる。

 そうだ、アタシは何を怖がっていたのだろう。琴音ちゃんはいなくても、それに負けないくらい強い味方がいるじゃない。


「アサ姉ならきっと大丈夫だから。旭様がそうだったみたいに、ソウ兄とは親友なんでしょ。だったらきっと上手くいくよ」

「う~んでも親友だったのはゲームで二人がそうだったからで…」


 そこまで言ったところでハッと口を閉じた。いけない、またのゲーム感覚で考えてしまっていた。


「ごめん、違うよね。きっと壮一だって、ゲームで設定されてたからアタシに付き合ってた訳じゃないよね」

「当たり前でしょ。今まで一緒にいた理由が、そんな軽いもののわけないじゃない」

「そうだよね。また間違えるところだった」

「仕方がないよ。感覚なんてすぐに変えられるものじゃないし。けどソウ兄、琴音さんとでも良いから、話せる機会は無いの?体育祭で、同じチームになったんでしょ」


 そうなのである。先日行われたチーム決めで、アタシと壮一と琴音さんは、見事同じ白組になった。これもゲームの通りなんだけどね。

 ちなみに御門さんもゲームと同じ赤組。決まった次の休み時間にはわざわざクラスにやって来て『これで正々堂々と戦えますわね!』と言った後、いつもの笑い声を上げていた。まあそれはどうでも良いとして。


「同じチームになってもねえ。やっぱり気まずいのに代わり無いから、中々きっかけがつかめないのよ」


 会話が全く無い訳じゃないけど。

 しかしその会話も、『同じチームになったね』『そうだね』とか、『どの種目に出るの?』『混合リレー』といった一言二言ですむ淡泊なものばかり。それでも一応、三人とも話そうとはしているとは思う。距離感が掴めずに空回ってばかりだけど。


「上手くいかないねえ、中々」

「それがゲームとは違うところだね。本当は皆元の関係に戻りたいって思っているのに、難しいものだね」


 全くもってその通り。ただ話をするだけなのに、こんなに苦労するだなんて。だけど話しはできずにいるのに、何故か不思議と前よりも壮一や琴音ちゃんが何を思っているかが分かる気がするから不思議だ。

 体育祭の練習中に琴音ちゃんと目が合う事がある。教室で壮一から話しかけてくることもある。

 いずれも会話は続かないけど、そういった事が何度も起きるのは、きっと二人ともアタシを気にかけてくれているからだろう。

 だったら、まずはアタシから一歩を踏み出すべきだ。しかし、そうしなきゃいけないって分かってはいるんだけど。


「ああぁぁぁぁ!やっぱり言い出せないー!アタシは動かなきゃいけない時に動けないようなポンコツだったんだぁ―!」


 頭を抱えて叫ぶ。

 知ってたよ。アタシは旭様のような行動力も器用さもないって。だけどこんな大事な場面でも躊躇してしまうなんて、つくづく自分のヘタレぶりが嫌になる。


「落ち着きなよ。アサ姉がポンコツな事くらい、今に始まったことじゃないでしょ」

「言い方!ここは『そんなこと無いよ』って慰める場面でしょ!」

「慰めてもらいたいの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどね。ここで甘やかされたらとことんダメになりそうだし」


 だからと言って空太の言い方はあんまりな気もするけど。本当にこの子は容赦が無いな。


「俺は言わなきゃいけない事はハッキリ言うから。って、アサ姉なら知ってるか。あな恋の俺だってそうだったんだろうし」

「う~ん、それは違うかなあ。あな恋の空太はもっと、ソフトな言い方をするような子だったからねえ」

「えっ、そうだったの?」

「あれ、話した事無かったっけ?」


 思えば御門さんもそうだけど、空太もあな恋とは少し性格が変わっているんだよね。その事を突きつけられた本人はキョトンとした顔をする。


「たぶん旭様がアタシになった影響ね。本来なら小さい頃から憧れていたはずの旭様がいなくなったんだもの、無理もないわよ」

「なるほど。それじゃあ今の俺は完全にゲームの枠から外れてるって訳ね。アサ姉の影響で」

「悪かったわね。どうせアタシじゃ憧れようが無いわよ」


 思わず頬を膨らませてふて腐れたけど、空太は慌てたように言う。


「待ちなよ。別に俺は、旭様がアサ姉に変わった事に不満なんて無いから。むしろそのお陰で、得るものもあったって思うしね」

「何よ、得る物って?」

「例えば、ここがゲームの世界に似てるって知れたこと。実際まだ半信半疑だけど、アサ姉がいなければそんな面白い話は聞けなかったからね。どうしてそんなことが起こったのか、興味があるよ」

「そんなもんかねえ?」


 アタシは今一つピンと来ないけど。


「それに、もしアサ姉がいなったら困るしね」

「困る?どうして?」

「まあ色々。とにかくアサ姉は自分で思ってるよりもずっと、周りに良い影響を与えているんだから、そんなに卑下しないでよね」

「良い影響ねえ。御門さんが色々とパワーアップしたのは?」

「……中にはもちろん悪い影響もある」


 そりゃそうだ。ごめん、そもそも御門さんを例えに出すべきじゃなかった。


「とにかく悩んでいても仕方ないんだって。そうだ、今度体育祭があるならそのお祭り騒ぎに乗じて、勢いで動いてみたら?雰囲気に流されて案外上手くいくかもよ」

「ヤダよそんなノリだけで動くの!」


 と、思わず言ったものの、このままくすぶっているよりは良いかも。もちろん状況しだいではあるけど。


「とりあえず、アタシなりに考えて頑張ってみる。そういやアンタ、体育祭は見に来るんだっけ」

「そのつもり。来年には俺も高等部だから、見学しときたい。まあ体育祭なんて中等部も高等部もあまり変わらないだろうけど。そこんとこどうなの?去年までと違う所ってある?」

「そうねえ、やっぱり中等部と同じかな。御門さんが勝負を挑んできた以外は」

「そこは変化してほしくなかったよ」


 まったくだ。壮一と琴音ちゃんの事で手一杯なのだから、そっとしておいてほしかった。もしかしたら当日は、息つく暇も無いくらい面倒な事になったりして。


「こんな事で本当にどうにかなるのかなあ?」

「深く考えない方が良いかもね。なるようになるって思っておこう」


 確かに今悩んでも仕方が無いか。

 こうして一抹の不安を抱きながら、体育祭の日は近づいて来るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る