第51話 もう一度友達に 1

 ゲームの世界じゃない。空太は確かにそう言い切った。いや、でもねえ。


「ちょっ、ちょっと待ってよ。アンタまだ信じて無かったの?アタシが話した通り、あな恋で起きた通りの事が現実でも起きてるじゃん」


 それに壮一や琴音ちゃん、それに空太だって、ゲームに出てきたキャラクターだ。これだけ共通しているのに、いったいどこに疑う余地があると言うのか?


「けど、ゲームとは違う部分もあるんだよね。アサ姉が良い例でしょ。元は容姿端麗成績優秀、人望があってスポーツもできて常識人。しかも男だったって言うじゃない」

「それは……確かにそうだけど。旭様は完璧超人を絵に書いたような人だったわ」

「でしょう。それがどうしてアサ姉みたいな残念女子になっちゃったの?」

「残念じゃないわよ!」


 そりゃ旭様と比べたらそんな風に見られても仕方がないかもしれないけど、他にもっと言い方があるでしょ。


「それに、例えば御門さん。元はあの人は旭様の婚約者で、性格も今よりマシだったんでしょ。やっぱりアサ姉の言うあな恋と、この世界は違うんだよ」

「で、でもゲーム通に進行しているイベントだってあるよ。空太だって見てきたでしょう」

「それは認めるよ。だからこれは仮説なんだけど、この世界はアサ姉の言うあな恋とは似て非なる世界なんじゃないかって考えてる」

「似て非なる世界?何だかSFみたいね」

「俺もそう思うよ。枝分かれした世界って言うのかな。旭様がアサ姉になったことで、色んな事が変わってしまった世界がここってわけ」


 空太の言いたいことは何となくわかる。元々乙女ゲームはたくさんの選択肢があるから、いくつもの『もしも』の世界が存在するんだ。

 どうしてアタシが旭様の代わりになるなんていう『もしも』が生まれたのかは疑問ではあるけど。やっぱり、好きすぎたのが原因か?


「何でこんな世界ができたのかは分からないけど、重要なのはそこじゃない。アサ姉の言うゲームの世界とこの世界とでは、決定的に違う所があると思うんだ」

「そりゃあるでしょ。旭様という人類の宝が、アタシになっちゃったんだよ」

「いや、確かにそれは大きな違いなのかもしれないけど、でもそれだけじゃないんだよ」


 空太の言葉を受けて考えてみるけどサッパリ分からない。旭様がアタシになった以上の違いなんて何があるって言うの?


「さっきも言ったでしょ。ここはゲームの世界なんかじゃないって。プログラムされたシナリオ通りに進むゲームと、一人一人が独立した考えをもって動く、先の見えない現実。それが二つの大きな違いなんだ」


 どうだと言わんばかりにアタシを見る空太。だけどまだよく分からない。今までだってゲームの世界が現実のものになったって思ってたけど、それとどこが違うの?


「ええと、つまるところそれで、いったいどんな差が出るわけ?」

「ゲームではどんな行動をしたらどんな結果が出るか、あらかじめ決まっているわけでしょ。一緒にいたら好感度が上がって好きになるとか。だけど現実はもっと複雑で、同じ行動をとっても決まった結果になるとは限らないんだ」

「でも現に、アタシは琴音ちゃんと長く一緒にいたせいで、好感度が上がってるっぽいんだけど」

「それは結果論だよ。考えてもみて。誰かを好きになるっていうのは、そんな簡単じゃない。そもそも誰かを想ってドキドキするのも、上手く行かなくて悩むのも、プログラムされたものだなんて、俺は思いたく無いよ」


 それは……そうかも。ゲームをやっている時は旭様や壮一を琴音ちゃんとくっつけるために、がむしゃらに好感度を上げていた。だってそれが、ゲーム攻略の為の手段なのだから。

 しかし壮一も琴音ちゃんも、ちゃんと生きた人間なのだ。ゲーム感覚でくっつけようなんて考えるのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。


「でも、だったらどうすれば良いの?アタシは壮一を幸せにするって誓ったのに。今更それを無かった事になんてできない」

「その幸せにさせる方法って、琴音さんとくっつけるって事だよね。それが本当にソウ兄にとって幸せかどうか」

「なによ!相手が琴音ちゃんじゃ不満だって言うの!?」

「違うよ。確かにそうなったら幸せかもしれないし、俺としても最大のライバルがいなくなるわけだけど……って、そうじゃなくて」


 一人で何かブツブツ言ったかと思うと、顔を赤くして咳払いをする。そして気を取り直したように口を開く。


「一つの方法だけに囚われるなってこと。ゲームじゃ無いんだから、幸せなエンディングなんて頑張り次第でいくらでも作れるよ。ならそこに行き着くまでの過程で気持ちを無視して、わざわざ苦しい想いもすることなんて無いって」

「つまり、無理に壮一と琴音ちゃんをくっつけなくても良いってこと?」

「そう言うことかな。そもそもソウ兄が好きなのは……いや、これはいいか」


 空太の言いたいことはよくわかった。しかしだからと言って、全てを受け入れられるかというとそうではない。

 何せ今までずっと二人をくっつけることに人生を捧げてきたんだ。急に考え方を変えろと言われても、簡単にはいわかりましたと言えるわけがない。

 だけど、そんな悩むアタシに空太は言う。


「何も結論を急がなくても良いんじゃないの?よく考えて、その上でやっぱりソウ兄と琴音さんをくっつけたいって思ったらそれでも良いわけだし。大事なのは気持ちを考えることだよ」

「気持ち…ねえ」


 冷たい態度をとられた琴音ちゃんは、いったいどんな気持ちだったのだろう。それに怒らせてしまった壮一も。


「周りの事だけじゃないよ。アサ姉が本当はどうしたいかも、しっかり考えなきゃ。プログラムされたゲームのキャラクターと違って、アサ姉にだって心はあるんだから。それを蔑ろにしないこと」


 アタシの気持ち……

 正直、どうしたいのかなんてまだよく分からない。いや、ただ一つハッキリしている事がある。それは。


「……アタシ、琴音ちゃんと壮一にちゃんと謝りたい。冷たい態度をとってゴメンって。そして許されるなら、また二人と仲良くしたい」


 今まで二人の気持ちをちゃんとは考えていなかったというのに、虫の良い話だということは分かってる。

 だけどそれでも、今度こそちゃんと二人と向き合いたかった。


「ならそうすれば良いよ。俺だっていつまでも喧嘩してるのを見たくはないし。もちろん協力するから、出来る事から始めてみよう」

「空太、ありがとう!」


 感極まって、思わず空太を抱き締める。いつもは照れる空太だけど今日は引かずに、そっと頭を撫でてくれた。

 本当にありがとうね、空太。アタシ絶対にもう一度、二人と友達になってみせるから。

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