ズレていく展開と心
第43話 何とか二人を
カレンダーの日付も変わって、8月に入った。
最近はうだるような暑さが続いていて、テレビをつけると熱中症への注意を呼び掛ける報道が、連日のように繰り返されている。
とはいえ、暑いのはあくまで屋外の話。春乃宮家は日本でも有数のお金持ち。その住まいともなると24時間快適に過ごせるようエアコンをガンガン付けまくっていて、非常に快適に過ごせるのだ。
しかし、そんな快適空間の中にいるからと言って、心まで快適と言うわけではない。アタシの心は夏の爽やかさとは裏腹にとてもどんよりとしていた。
「……壮一……琴音ちゃん……」
死んだような目をしながら、自室の机にうつ伏せているアタシ。しかし次の瞬間にはムクッと身をお越し、引き出しからあるものを取り出した。
右手には壮一の写真。左手には琴音ちゃんの写真をそれぞれ持つ。そして……
「私はただ、皆で仲良くいられたらそれだけで良いって思ってた。けど…」
「ごめん。俺は倉田さんが思っているほど、我慢強くはない。欲しいものがあれば手を伸ばしたい。例えその結果、大事な物を失ったとしても」
「ダ、ダメだよ。それじゃあ風見くんは今まで何の為に頑張ってきたの?私なんかの為に、全てを大無しにしないで」
「それは、俺を受け入れられないから言っているの?もしそうなら、潔く諦めるさ。けどもし違うなら、やっぱり引く気は無いから」
「それは……」
「答えてよ……」
見つめ会う壮一と琴音ちゃん……の写真。そしてここから……
「何やってるのさ、アサ姉」
「うわああぁぁぁぁぁっ!」
思わず声を上げてしまった。恐る恐る振り返ると、そこには引きつった表情の空太がいる。だから、部屋に入る時はノックをしてって……したんだろうな、たぶん。そして例によってアタシが気付かなかったのだろう。
空太はアタシの持つ壮一と琴音ちゃんの写真に目をやりながら、眉間にシワを寄せる。
「で、本当にいったい何をやってたの?」
「あな恋ごっこ。ゲーム中にあった壮一と琴音ちゃんの名シーンを二人の写真を使って再現していたの」
「めちゃくちゃ不気味だったよ。アサ姉、夜な夜なそんな事をやってたの?」
「何言ってるの?今は昼間よ」
「真っ昼間から何やってるの!」
そんな事を言われても。こうでもして心を落ち着かせないと、とても正気を保っておけそうにないのだ。え、すでに正気の沙汰じゃないって?そんなこと無いと思うけどなあ。
まあとにかく、アタシの心は今は深~く傷ついているのだ。
こうなってしまったのは桜花祭の後。アタシの好感度が一番高かったせいで、壮一と琴音ちゃんがラブラブになれないのではないかと気づいてしまったせいだ。
真実に気づいた後、アタシは過呼吸で倒れた。もしかしたらいっそそのまま、意識が戻らない方が幸せだったかも。それくらいあれはショッキングな出来事だったのだ。だってそうでしょ。恋のキューピッドのつもりが、実はお邪魔虫だったなんて。
あれからアタシは悩んだ。悩んで悩んで悩みまくった。とんでもない失態を犯していたとはいえ、壮一を幸せにするという誓いを解くつもりはない。しかし下手に二人の仲を取り持とうとすれば、自分の好感度まで上がってしまう。
だから迂闊に行動する事も出来ずに、あれ以来琴音ちゃんとも少し距離を置くようにした。だけど、これが思った以上に辛いんだよね。
元々ラブラブになっていく二人をすぐ近くで愛でるはずだったのに、それが全然できていない。本当なら夏休みに入ったら琴音ちゃんを誘っていっぱい遊びに行こうって思っていたのに、顔すら会わせられていない。
壮一と話す事は問題ないから普通に話しているけど、琴音ちゃんと二人でどこかに行ったりするような甘い展開にはなっていないらしい。
ああ、じれったい。間に入ってデートのセッティングとかしてあげたい。だけどそれはできない。
こんなわけでアタシは何も出来ないままだ。休みに入ってからは何をする気も起きずに、体調が悪いと言って部屋に閉じ籠ってばかり。やることと言えばさっきみたいに、二人の写真を使ってあな恋のシーンの再現をするくらい。ああ、本当はこんな感じのリアルの二人を、間近で見るつもりだったんだけどなあ。
「……アサ姉、アサ姉!聞いてる!?」
おっと、つい物思いにふけってしまって、空太のことを忘れていた。
「ごめんごめん。それで、何だっけ?」
「体調は大丈夫かって話。ずっと部屋から出てこないから、ソウ兄も心配してたよ。まあさっきの珍妙な遊びを見と、体は心配無さそうだね」
「まあね。本当は夏風邪を引いたわけでもないんだし」
そう言ってそっと、自分の胸に手を当てる。最近、ここの奥がズキズキ痛むのだ。
「大丈夫じゃないのは体じゃなくてむしろ…」
「頭の方だね」
「心よ!」
まったくこの子は。人が傷ついているというのにデリカシーの欠片もあったもんじゃない。
「けど、本当は何ともないなら少しは動いた方が良いよ。これ以上ソウ兄にも心配かけたくはないでしょ」
「それはそうなんだけでね。あーあ、壮一と琴音ちゃんが二人で遊びに行ってくれれば、少しは元気が出るんだけどなあ」
「寝込んでるアサ姉の事を放っておいて?そんなことするわけないでしょ」
「だよねー」
二人とも優しいからね。琴音ちゃんからも何度かお見舞いのメールをもらっている。生憎好感度上昇を避けるため、そっけない返事しか返せてないけど。
「ねえ、空太も何か案出してよ。二人をくっつける方法。壮一の幸せがかかってるのよ。アンタだってどうにかしたいって思うでしょ?」
「それが本当にソウ兄の幸せになるのかねえ?」
う~ん、なんだかあんまり乗り気じゃない様子。いいもん、それなら一人で何とかするから。何とか…何とか……
「ダメだ!良い案が全然浮かばない!」
「そりゃそうだろうね。だからこうしてどうする事も出来ずにいたんだし。けど、本当に少しも浮かばない?好感度のカラクリに気づいた後、試した事とかないの?」
「何?手伝ってくれるの?」
「まあ、乗り掛かった船だしね。それで、何かある?」
そりゃまあ無いわけじゃ無い。アタシなりに知恵を絞ってみたよ、結果はイマイチだったけど。しかしそれでも、もしかしたら参考にはなるかもしれない。
「例えばね、三人で遊びに行こうって誘った事があったかな」
「三人?でもそれじゃあ今までと変わらないし、アサ姉の好感度も上がるんじゃ?」
「その点は抜かり無いわよ。待ち合わせ直前に、急用ができて行けなくなったから二人で遊んできてってメールを送ったの。で、こっそり物陰に隠れて二人を観察してた」
「やってる事はストーカーと同じだね。それで、どうなったの?」
「……言い出しっぺのアタシがいないんじゃ仕方が無いかって話になって、その場で解散したわよ」
気を使ったりしないで、二人で遊んでくれば良かったのに。
「他にもあるわよ。実は夏休みに入る少し前に、琴音ちゃんの誕生日があって、学校のみんなとお祝いしたんだけどね」
「ああ、アサ姉が琴音さんに会わない為にドタキャンしたっていうあのお祝い?」
「うっ、心が痛む事を。まあ確かにドタキャンはしたけど、ちゃんと壮一と一緒にプレゼントは選んだわ。そうすれば壮一が琴音ちゃんにプレゼントを渡すことが出来るでしょ。これで好感度が上がるって思ったわけよ」
「で、結果は?」
「壮一が律義に二人からのプレゼントだって言っちゃったらしいのよ。後でありがとうってメールがきたわ。ああー、もう!正直に言わずに手柄独り占めしちゃえば良かったのに!」
「そんな事をするソウ兄で良いの?」
「……さすがにそれは嫌かも」
そうなったらキャラ変わりすぎだしね。
「そもそもそうなるって予想付かなかったの?俺、途中から展開読めてたんだけど」
「う、五月蠅いわね!ああー、でもあのプレゼントのせいでまた好感度が上がってしまっていたら、アタシは…アタシは―!」
「ちょっと、落ち着いて」
「ああー!もう頭がおかしくなりそう!こ、ここはあな恋ごっこを再開して気持ちを静めないと――」
「ダメだったら。ほら、これは没収」
とっさに手にした壮一と琴音ちゃんの写真を、あえなく空太に取り上げられてしまった。
「ああ、壮一3号と琴音ちゃん2号!」
「写真に変な名前つけない!ああ、もう。俺も手伝うからさ、二人で対策立てて行こう」
「えっ?今手伝うって言った?言ったよね。ありがとう空太―!」
「ちょっ、抱きつかない!」
思わず抱きしめて頭を撫でる。空太は照れたようにジタバタしだしたけど、今のうちにとられた写真はこっそり回収しておこう。
「ま、まだ役に立つと決まったわけじゃないから。俺だって恋愛の斡旋なんてしたこと無いし、アサ姉が絡んだらいけないって縛りがあるから難しいとは思うけど」
「それでもだよ。これから二人で頑張って行こ―!」
「まあ、ほどほどにね」
空太が協力してくれるのなら何とかなる……と思う。『壮一×琴音ちゃんラブラブ大作戦』再始動のため、アタシは再び闘志を燃やすのだった。
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