第44話 尾行 1


 空太が協力すると言ってくれてから数日後。

 二人に増えたからといって急に何かが変わるわけでもなく、ましてや今は夏休み。特に手も打てないまま、アタシは日々を過ごしていた。が……


「空太!出掛ける準備して!」


 手にしているスマホに向かって、アタシは声を張り上げていた。通話の相手は空太。するとしばらくの沈黙の後、弱々しい声が返ってくる。


『……少しは声のボリュームを考えてよ。耳が壊れるかと思った』

「あ、ごめん。けど、本当に緊急事態なの。今から出掛けるんだけど、来れる?」

『予定はないから大丈夫だけど、何かあったの?急にこんな事を言い出すって事は、ソウ兄絡みだよね』

「もちろん!実は壮一に今日の予定を聞いてみたんだけど、学校の友達と会うって答えたのよ」

『それがどうしたの?友達と会うくらい普通でしょ』

「そう思うでしょう。けどその友達というのが、何と琴音ちゃんなの!」


 これを知った時のアタシの喜びは想像に固くないだろう。まさかアタシの知らない間に、二人で会うような仲になっていただなんて。

 しかし喜ぶアタシとは裏腹に、空太は怪訝な声を出す。


『別に二人きりで会うわけじゃないかもよ。大勢で集まって勉強会かもしれないし』

「ふ、甘いわね」

『何?今脳裏に、澄ました顔が浮かんだんだけど』

「考えてみて。もし琴音ちゃんを交えての勉強会なら、アタシにも声をかけるはずでしょ。だけどそうしなかったってことは、二人きりで会うってことよ!」

『うーん、確かにアサ姉に声をかけないのは不自然かも。けど、だからといってまだ決めつけるのは軽率じゃないの?』

「アタシだって最初はビックリしたわよ。友達と会うって聞いた時も、本当に相手が琴音ちゃんだとは思わなかったわ。けど一応、会うのは琴音ちゃんなのって聞いてみたの」


 そしたら壮一は『まあそんなとこ』という、何とも歯切れの悪い言い方をしていた。しかも若干目をそらしながら。瞬間、付き合いの長いアタシは悟ったのだ。これは何かあると。


『何かって何さ?』

「決まってるじゃない。逢引きよ逢引き。きっと回りの目を忍んで、二人きりで会うつもりなのよ」

『本当にそうなの?またおかしな思い込みって事はないの?二人で会うにしても、例えばアサ姉の誕生日プレゼントを選ぶとか…いや、アサ姉の誕生日はまだ先か。だったらお見舞に何かを買うとか…』


 そうは言っているのものの、空太は自信無さげな様子。まあ、もし本当にアタシに何かを送ろうとしているのなら、もっとうまく隠しそうだしね。


「これは絶対に何かあるわ。というわけで、1時間後に駅前に集合で良い?」

『了解。くれぐれもハシャギすぎて、ソウ兄に怪しまれないようにね』


 わかってると答えた後、電話を切る。

 さて、急いで準備に取りかからないと。アタシは体調が悪くて床にふせってるって設定だから、派手な行動は起こさないようにしないとね。あと壮一の様子を観察するとなると…

 タンスや机の引き出しから、必要な物の用意を始める。何せ今日は壮一と琴音ちゃんのデート(たぶん)なのだ。気を引き締めて望まないと。




 一時間後、約束の駅についた時には、すでに空太の姿があった。


「お待たせ。ごめんね、遅くなって。歩いてたら何だか疲れちゃって」

「時間通りだよ。けど、もしかして体力落ちてるんじゃないの?ずっとエアコンのきいた部屋の中にいたんじゃ、この暑さは堪えるでしょ」

「うう、ずっと引き込もってた事を後悔している所よ。けど、壮一と琴音ちゃんの為だもの、これくらいどうってこと無いわ」

「それはよかった。ところでアサ姉、さっきからずっとツッコむタイミングをはかってたんだけど…その格好は何!?」


 ビシッと指を指される。

 よくぞ聞いてくれました。今日は壮一と琴音ちゃんを尾行してもバレないよう、一見したらアタシとわからないコーデにしてみました。


「サングラスにマスクに深めの帽子って、何なのその『ザ・怪しい人』みたいな格好は!?」

「どう?これならパッと見、アタシって気付かれないでしょ」

「気付いたとしても他人のフリをしたい。というかしたかった。確かに俺も最初はアサ姉って 気付かなかったよ。でもね、悪目立ちするからバレる可能性はかえって高くなるって」

「ええーっ!?そ、そういえば来る途中、やたらと視線を感じたような気が…」

「今でも十分注目の的だよ。周りをよく見てみなよ、町行く人達が時折アサ姉の事を二度見しているよ」

「やめて。それ以上言われたら傷つく。けど、それじゃあどうしようか?壮一達にバレないよう、やっぱり変装はした方がいいし」

「ウィッグでもつければ良いんじゃないの?帽子もそんなダサいのじゃなくて、もっとオシャレなやつに代えてさ」

「その手があった!ああ、でも今から用意する時間が無いかも」

「近くにそういうの売ってる店くらいあるでしょ。急がないと、本当に遅れちゃうよ」


 とりあえずスマホを使って、ウィッグや服が買えるお店を探してみる。アタシもそうだけど、用心のためには空太にも変装してもらった方がいいだろう。幸い春乃宮家の財力は無限大。金に糸目を付けずにジャンジャン買いそろえよう。

 ああ、なんだか今凄くお金持ちっぽい考え方をしてる。旭様のポジションに生まれたはいいけど前世から引き継いだ庶民の感覚が抜けていなかったアタシにとっては、これは珍しい事かもしれない。


「これがセレブのお金の使い方ってやつなのかな?」

「たぶん違うんじゃないの?そもそもの目的がソウ兄達を尾行するためなんだし。真のセレブなら、そんなバカなことをしないだろうからね」


 確かにそうかもね。

 おっと、おかしなことを考えている場合じゃない。幸い良さそうな店はすぐ調べられたし、待っててね壮一、琴音ちゃん。すぐに準備して、二人を愛でに行くから。

 

 ……ちなみにこれはストーキングじゃないよ。純粋に大好きな二人を観察したいって言う、純粋な好意だからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る