第41話 桜花祭の結末 2

「え、旭ちゃん?」

「や、やあ琴音ちゃん。どうしたのこんな所で?」


 白々しいセリフを吐きながら、内心お前こそどうしたと自身にツッコミを入れる。どう考えても琴音ちゃんより、他クラスのアタシがこの場にいる方がどうかしている。


「アタシはノートを取りに来たんだけど、旭ちゃんこそどうしたの?」


 当然そう聞くよね。だけど素直に琴音ちゃんと壮一のツーショットを出歯亀するつもりでしたと言うわけにもいかない。


「ええと、実は財布を落としちゃって。もしかしたらここかなって思って探してたんだよ」


 嘘をついてしまったのは心苦しいけど、仕方がないと割り切るしかない。すると琴音ちゃんは途端に心配そうな顔になる。


「大変じゃない。私も探すの手伝うよ。どんな財布なの?」


 ううっ、良心が痛む。勿論本当に落とした訳ではないので、探したところで見つかるはずが無い。


「だ、大丈夫。さっき見つけたから」

「そうだったんだ。良かった」


 ほっとしたように安堵の表情を見せる。お願い、これ以上アタシの良心を攻めないで。

 それにしても、こんな状況になっても何故か未だに壮一は現れない。いったいどこで何をやっているんだろう?


「そう言えば、壮一見てない?多分校舎の中にいるとは思うんだけど」

「風見君?ごめん、わからない。ここに来るまで校舎内では誰とも会わなかったし、グラウンドにいるんじゃないの?皆外に出ているみたいだし」

「あー、うん。そうかもね」


 いや、そんなはずは無いだろう。ゲーム通りなら、壮一はここに来なければならないはずなのに。万一来るのが他の攻略対象キャラだったとしても、校舎内にアタシ達しか残っていないというのはおかしな話である。もしかして、今からグラウンドから走ってくるとか?

 そっと窓に目を向けると、火の焚かれているグラウンドが見える。

 そこでは今日一日頑張った桜崎の生徒達が笑い合っていて、皆とても楽しそう。何となくその様子を眺めていると、不意に琴音ちゃんが口を開いた。


「私、今日改めて思ったよ。桜崎に来て良かったって」


 視線を移すと、はにかんで笑っている琴音ちゃん。その笑顔がまた可愛くて、思わず抱き締めたくなる衝動を必死に押さえ込む。


「実は入学したばかりの頃は、少し不安だったの。私は他の皆と違って名家の出でもないし、周りから浮いちゃうんじゃないかって。ちゃんとここでやっていけるのかって、心配だった」


 その気持ちはよく分かってる。あな恋でも琴音ちゃんは、当初は心細くて。周りにあわせて言動に気を付けていたっけ。

 だけど様々な人と触れ合うことで、徐々に打ち解けていったのだ。


「それじゃあ、今はどう?まだ不安がある?それとも、ちゃんと毎日を楽しいって思えてる?」

「勿論、楽しいよ」


 良かった。旭様がそうしていたように、琴音ちゃんが寂しい思いをしないようアタシなりに頑張って来たつもりだったけど、上手くできてるかどうかなんてわからなかったから、ちょっと心配してたんだ。

 けど今の琴音ちゃんを見ていると、それは杞憂だったって事がよくわかる。さっき言ったのはアタシに気を使って強がっているとかでは無く、本心からの言葉だろう。入学してからずっと一緒にいたんだから、それくらいは分かる。


「琴音ちゃんが良い子だから、皆ちゃんと好きになってくれたんだよ」

「そうかな?私は自分の事を良い子だなんて思えないけど。あ、でも皆のお陰で今がとっても楽しいって思えるのは、間違い無いかな」

「それだけ桜崎には良い人が多いってことだね」


 何せ乙女ゲームの舞台となる学校。人の良いイケメンや、いざという時に力になってくれる優しい人達は数多くいる。最初あった距離感なんて、慣れてくれば簡単に取り払われるのだ。

 流石桜崎学園。そう思っていると、琴音ちゃんは照れたように笑みを浮かべる。


「旭ちゃんもだよ。旭ちゃんがいてくれたから、私は今こうして笑っていられるんだもの」

「琴音ちゃん…」


 ああ、なんて嬉しい事を言ってくれるのだろう。しかもこのセリフはゲームで桜花祭の最後に、まさにこの教室で好感度が一番高い相手に言うセリフなのだ。それをこんな間近で聞くことができるだなんて……


(……あれ?)


 ちょっと待って。今このセリフが出たってことは、いったいどういうこと?これからやってくる壮一に言うんじゃないの?

 訳がわからずに混乱していると、琴音ちゃんが顔をのぞき込んでくる。


「どうしたの?気分でも悪いの?」

「う、ううん。そんなこと無いよ。全然元気だよ」

「だったら良いけど…そう言えば、風見君を探しているんだよね。多分グラウンドにいると思うから、行ってみよう」

「う、うん」


 そう答えたものの、壮一はこれからここに来るはずじゃないのかと考える。しかしそれと同時に、何かがおかしいような気がしてならないのだ。

 だけどいつまでもモタモタしてはいられない。教室を出ようとしていた琴音ちゃんが、中々動こうとしないアタシに振り返る。


「どうしたの?早く行こう」

「ごめん、今行くね」


 慌てて駆け寄った後で振り返ると、未だ教卓の裏に隠れていた空太が顔を覗かせている。ゴメンね、ここで出てこられたらややこしくなっちゃうかもしれないから、アタシ達が出ていくまで隠れてて。

 こっそり手を合わせると空太は理解してくれたようで、しょうがないなと言いたげにため息をついた。

 ほんとにゴメンね。今度何かご馳走するから。

 手短に謝って、琴音ちゃんをと一緒に教室から出ていく。しかし……


 廊下を歩きながらアタシは考える。いったいどうして攻略対象キャラが誰も、教室に姿を現さなかったのだろう?

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