第40話 桜花祭の結末 1

 時刻は午後6時になろうかという頃。日が落ちるのが遅くなってきたとはいえ、辺りは少し暗くなり始めている。


 今日の桜花祭は様々なイレギュラーはあったものの、振り返ってみればやっぱり楽しかった。

 急遽アタシが代役をする事になった劇は、午後の上演も大盛況。どうやら和風喫茶のカボチャの煮付けが劇の宣伝になったらしく、立ち見客まで出たほどだった。

 その和風喫茶も大いに賑わいを見せ、最後にはほとんどの商品が完売したそうだ。

 劇と和風喫茶、双方が良い宣伝になってくれたお陰で、二クラスとも成果を上げることができ、発案者であるアタシや琴音ちゃんは何度もお礼を言われた。


 そして事の発端である勝負を持ちかけてきた御門さんはと言うと……いや、これについては語るまい。せっかくの良い気分が大無しになってしまう。ただ一言、目も当てられない敗北を受け入れられず大暴れしていたとだけ言っておこう。


 さて、そんなわけで桜花祭も無事に終わり、グラウンドではいらなくなったセットを集めて火を炊いている。

 せっかく作ったセットを燃やしてしまうのは少し勿体無い気もするけどこれも伝統だそうで、きっちり終わらせてまた明日からいつも通りに行こうと言うわけだ。

 生徒は皆グラウンドに出て、それぞれに最後の時を満喫している。流れる音楽に合わせてフォークダンスを踊っているカップルもいれば、中の良い友達同士で集まって、今日の出来事を振り返っている人達もいる。そんな中アタシはと言うと。


「ねえ、今更こんな所に来てどうするの?」


 付いてきた空太が首をかしげている。アタシ達が今いるのは、和風喫茶をやっていた琴音ちゃんの教室。しかしもうとっくに催し物は終わっていて、電気は消えている。勿論室内に、アタシ達以外の人影も無い。今はまだ、ね。


「黙って見てなさい。今から大事な中間発表があるんだから」

「中間発表?それって、桜花祭の話じゃないよね。中間どころか、もう終わっちゃってるし。と言うことはやっぱり、あな恋の事?」

「その通り。待っててね、もうすぐ琴音ちゃんと壮一がここに来るはずだから。アタシ達は見つかったらまずいから、隠れるわよ」


 そう言って空太の手を引きながら、教室前方にある教卓の影に身を隠す。


「それで、中間発表って何なの?いい加減説明してくれない?」

「ふっふっふ。実はねこの桜花祭の最後には、現時点で誰が一番好感度が高いかがわかるようになってるの」

「どうやって?空中にパラメーターでも表示されるの?」

「そんなわけ無いでしょ。これから琴音ちゃんがここに、和風喫茶の売り上げをまとめたノートを取りに来るのよ。そして教室を出ようとした時に、たまたま攻略対象キャラが通りかかるのよ。その通りかかったキャラと言うのが」

「なるほど、一番好感度が高い奴って訳ね」


 その通り。このイベント事態には好感度を上げる効果はないけど、現時点で誰がトップかわかるのは有り難い。乙女ゲームの中ではメニュー画面を開いて、いつでも各キャラクターの好感度を確かめられる物もあるけど、あな恋はそうではないから。


「まあ好感度ナンバー1は壮一に決まってるけどね。他の人達には悪いけど、アタシがそうなるよう頑張って来たんだし」

「色々裏工作やってたもんね。でもそれじゃあ、わざわざこうして見に来る必要も無かったんじゃないの?」

「念の為よ。万一他の人だった場合は、その人の好感度がこれ以上上がらないように注意しなきゃだし。それに…」

「それに?」

「壮一と琴音ちゃんのツーショットを見たい!」


 と言うかこれが本命だ。そもそもアタシは、仲良くなっていく壮一と琴音ちゃんを誰よりも近くで愛でたいが為に今まで生きてきたのだ。これを見逃すなんて事はできようはずが無い。


「そういうわけだから、空太にもラブラブな二人を見せてあげるね。だけど、見付からないように気を付けてよ」

「相変わらずブレないね。俺は別に見たいわけじゃ無いんだけどなあ」

「シッ、誰か来たわ」


 息を殺して教卓からこっそり頭を出し、教室に入って来た人影をとらえる。窓から差し込む光で照らされたそれは、紛れもなく琴音ちゃんだった。


(よしよし、順調順調)


 琴音ちゃんは教室内を見回した後、隅っこにある机の上に置かれたノートを手に取った。ゲームではこのタイミングで攻略対象キャラが、というか壮一が来ることになっているんだけど。

 ………………

 おかしい。壮一が現れる様子が無い。


(何やってるのよ壮一。琴音ちゃん待ちくたびれちゃうよ)


 しかし焦ったところで事態は変わらない。琴音ちゃんはノートをめくり中身を確かめた後、教室を出ようと入り口に向かう。


(ちょっと、本当に何やってるの!?)


 思わず教室から身を乗り出して、琴音ちゃんを目で追う。

 しかしこれがいけなかった。この教室の教卓は床に固定されていないタイプ。身を乗り出した際、おもいっきり動かしてしまったのだ。

 瞬間、ギギッという音が教室に響いた。


「ちょっ、アサ姉。何やってんの」

「やばっ」


 慌て再び身を隠したけど、もはや無意味。教室を出ようとしていた琴音ちゃんは驚いたように足を止め、こっちに振り返っていた。


「誰かいるの?」


 やっぱり気づかれた。まだ姿は見られていないみたいだけど、教室内に誰かが隠れているのは確実にバレているだろう。恐る恐るといった様子で、こっちに近づいてくる。

 マズイ。このままじゃ見つかるのも時間の問題。ええい、それなら。


(空太、あんたはこのまま隠れてて)


 小声で指示を出した後に立ち上がり、素直に姿を現すことにした。

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