第32話 劇の代役 1

 琴音ちゃんと空太を連れて自分の教室に戻ってみると、案の定そこではみんなが騒いでいた。


「おい、佐藤さんが体調を崩したって本当か?」

「どうするんだよ。ヒロイン不在じゃ劇になんねーぞ」

「誰か代わりの奴を使うしかないか。おい、誰かセリフ覚えている奴はいるか?」


 よし、ゲームと一字一句間違いないやり取りが展開されている。あな恋は幾度となくプレイしたから、細かいセリフにいたるまで完全に覚えているのだ。


「何だか様子が変ね。二人とも、ちょっと待ってて」


 琴音ちゃんと空太を教室の入り口に待たせると、アタシは何も知らない風を装って。みんなと一緒になって頭を捻っている壮一に尋ねる。


「ねえ、いったい何があったの?」

「旭か。実は佐藤さんが熱を出して、今保健室にいるんだ。だけどこれだと劇ができないから、誰か代役を立てようって話してるんだけど、セリフを覚えている子がいなくてね」

「ええーっ、大変じゃない」


 驚くフリをして、内心ガッツポーズをとる。佐藤さんには本当に悪いけど、事は順調に運んでいるようだ。

 琴音ちゃんと壮一を文化祭デートに行かせるのに失敗したり、御門さんに勝負を挑まれたり、今朝から上手くいかない事ばかりだったけど、この分だと今回は大丈夫そう。


「それでね旭……」

「ああーっ、いるよ!セリフを覚えている子!」


 そう言ってアタシは、待たせてある琴音ちゃんの方に駆け寄って行く。


「ごめん琴音ちゃん。今ちょっとトラブルが起きてるの」

「うん、話は聞いたよ。大変なことになってるみたい。もう宣伝をお願いするどころじゃないかも」

「いや、それはちゃんとお願いするとして。けどこのままだと、劇が出来なくなっっちゃうの。ああ、まさかこんな事になるだなんて」


 頭を押さえながら、少々大袈裟にリアクションを取る。まるで自分の事のように心配そうな表情の琴音ちゃん。一方その隣にいる空太は冷めた様子だけど。


「白々しい。全部わかってたくせに」


 うん、自覚はあるよ。けどこれは必要な事なの。

 さあ琴音ちゃん、事態は把握したね。今うちのクラスがピンチなんだよ。この事態に、どうすればいいか分かるよね。


「琴音ちゃん、確かヒロインのセリフ全部覚えていたよね。いつも壮一の練習に付き合ってくれていたんだもん」

「え、私?」


 いきなりの御指名に驚く琴音ちゃん。そして話を聞いていたクラスの皆は、一斉にこっちに注目する。


「マジで?君、セリフを全部覚えてるの?」


 そりゃあもう。この日の為にアタシがお願いして、壮一の練習の相手をしてもらっていたのだ。真面目な琴音ちゃんは他のクラスの劇だろうと手は抜かなかったから、台本は全て頭の中に入ってるよ。まさに天の助けと言った所だろう。


「一応セリフは覚えているけど。私はクラスが違うし、それに……」

「クラスなんて関係無いよ!今この危機を救えるのは琴音ちゃんだけなの!」


 両手を合わせて懇願すると、他の皆も口々に言う。


「俺達からも頼む。どうしても劇を成功させたいんだ」

「急にこんな事を頼んで悪いってのは分かってるけど、緊急事態なんだ」

「お願いよ。このままじゃ佐藤さんも、安らかに眠ることは出来ないわ。草葉の陰で泣くことになるよ」


 いや、佐藤さん生きてるから。

 まあそれはさておき、もう公開まであまり時間が無い。琴音ちゃんは合わせ練習もしていないしクラスも違うけど、もうそんな事を気にしている場合では無い。どうにかしてこの状況を打開しようと、みんな必死に説得を続ける。


「琴音ちゃんならきっと出来るよ。頭も良いし物怖じもしないから、本番にも強いはず。もちろんアタシ達も影でサポートするから。ね、壮一だって琴音ちゃんなら大丈夫って思うでしょ」

「確かに倉田さんなら役をこなしてくれると思う。練習に付き合ってくれた時もセリフは完璧だったし、演技もできてた。けど旭…」

「ほら、聞いた?壮一だって太鼓判を押してるんだよ。もうこれは琴音ちゃんにお願いする他道は無いよ」

「え、ええ~⁉」


 琴音ちゃんはやはり戸惑っている様子。そりゃいきなりこんな大役を任されるんだもの、当然だよね。けど舞台に立った琴音ちゃんは役を完璧にこなしてくれて、見事劇を成功させられるって事をアタシは知っている。

 よし、不安を取り除くため、ちょっと背中を押してあげよう。


「ゴメンね、こんなお願いをして。けど琴音ちゃんでないとダメなの。不安に思うことなんてないわ。ステージに立ってすぐは緊張するけど、深呼吸して気持ちを落ち着かせたら、セリフが次々と出てくるから。演じているうちに見ている人の視線も気にならなくなって、物語の世界に入り込んでいけるよ。王子様と二人きりのシーンの時はヒロインの気持ちとシンクロして、まるで本当にその子になったみたいな感覚になるし、衣装の心配だってしなくていいよ。偶然サイズがピッタリのはずだから。演じきった後はやって良かったって思えるし、それから……もがっ」

「アサ姉ストップ!」


 気持ちよく熱弁していたところ、空太に口を塞がれてしまった。何よ、人が背中を押している時に。

 しかし空太は小さい声で囁いてくる。


「今言ってるのって、全部ゲームのテキストに書いてあったことだよね。興奮する気持ちはわかるけど、少しは押さえて。皆変に思ってるよ」


 嘘?もしかしてアタシ、暴走してた?

 けど確かに空太の言う通り、あまりゲームで言ってた事をベラベラ喋らない方が良いかも。

 コホンと咳ばらいをした後、気を取り直して琴音ちゃんと向き合う。


「まあそう言うわけなんだけど、ダメかな?もちろん気が進まないのなら無理にとは言わないけど」


 ゲームの中でこのシチュエーションの時、旭様が言っていたセリフをそのまま口にしてみる。本来ならこの後「分かった。私やってみる」と返事をしてくれるんだけど、果たして…


「分かった。私やってみる」


 やった。一字一句同じ答えだ。これで壮一と琴音ちゃんのラブラブな劇を生で見ることが出来る。


「だけど、本当に私で良いの?その、王子様役は風見くんなんだし」

「何言ってるの、だからこそ……いや、琴音ちゃん以外に出来る人なんていないよ」


 危ない危ない、つい口を滑らせてしまうところだった。だけど琴音ちゃんは何やら腑に落ちないといった表情でアタシを見つめる。そして。


「だけど、セリフだったら旭ちゃんも覚えていたよね。完璧に」

「……えっ?」

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