第33話 劇の代役 2

 「セリフだったら旭ちゃんも覚えていたよね」


 琴音ちゃんを劇に出すことに成功したと思った矢先、投げかけられた予想外の言葉。すると事態を見守っていた壮一が言う。


「俺もそれが気になってたんだよね。旭も練習に付き合ってたし、ヒロインのセリフどころか大本に書かれている全てを暗記してなかったっけ?しかも台本を貰ったその日のうちに」


 ……ええ、覚えていますとも。一字一句間違いなく。

 だってあな恋の事だもん。覚えていないわけ無いじゃない。

 ゲームでは劇の様子は全部描かれずに要所要所に絞った内容だったけど、ファンブックとしてこの劇の台本が発売されていて、アタシはそれを読む用と保存用に二つ買って、ボロボロになるまで何度も読み返したものだ。

 琴音ちゃんに付き合ってもらった壮一の劇の練習だって、実は私と琴音ちゃんがヒロイン役を代わる代わる演じていた。


 だから、一応ヒロインの代役は私だってできると言えばできる。

 だけどそれじゃダメなの!なんたってこれは好感度を上げる大事なポイントなんだから。だから何としてもヒロイン役は琴音ちゃんじゃないといけないの。しかし……


「そうだ、春乃宮さんならできるじゃん」

「初日にはもう台本いらなくなってたもんな」

「と言うか不思議な事に、台本もらう前から何故か全セリフを暗記してなかったか?どうして今まで忘れてたんだろうな俺ら?」


 出来ればこのままずっと忘れていてほしかったよ。けどマズい、何だか流れが変わってきている。

 地味なアタシよりも見た目華のある琴音ちゃんの方が適任だとは思うけど、やっぱりクラスの奴が出た方が良いんじゃないかという空気がひしひしと伝わってくる。


「そ、壮一はどう思う?琴音ちゃんと一緒に劇をしてみたいって思わない?」


 こんな可愛い子と劇を出来るんだよ。もちろん乗り気だよね。そう期待を込めて聞いてみたんだけど。


「そりゃ倉田さんがやることに不満は無いよ。けど、俺達のクラスの問題に巻き込むのはどうかなあ。他に手が無いならともかく、旭がいるんだし」


 うっ、正論を言われた。それじゃあ琴音ちゃんはどうなの?やりたいよね、ヒロイン。

 すがるようなまなざしで見つめるアタシを、琴音ちゃんはじっと見つめ返している。そして。


「旭ちゃんがどうしてもできないって言うのなら私がやってもいいけど……」


 ハイ、アタシは出来ません!無理です!だけど琴音ちゃんはアタシの目を見て、諭すように言ってくる。


「ねえ、本当に良いの?だって王子様役は風見君なんだよ」


 何を言ってるの?だから琴音ちゃんにやらせたいんじゃない。


「もっとよく考えてみて。後になってやっぱりやっておけば良かったって悔んでも遅いんだよ。風見君の相手役、本当にやってみたいって思わないの?」


 そう言われても。この劇のヒロインは琴音ちゃんだってずっと思っていたからねえ。十年以上前から。

 ヒロイン役に佐藤さんが選ばれた時も失礼ながら、壮一と琴音ちゃんが並び立つ姿しか想像できなったし。

 しばらく黙っていると、今度は困ったように壮一が口を開く。


「悪い旭。そうだよな、相手が俺じゃあやり難いよな」

「えっ?いや、そう言うわけじゃないんだけど」

「良いよ、気を使ってもらわなくても。どうしても嫌なら、倉田さんにお願いするよ」


 だから違うったら。どうしよう、琴音ちゃんを劇に出さなきゃとは思うんだけど、このままだと壮一を無駄に傷つけかねない。アタシは壮一を幸せにしたいのに、こんなの本意じゃないよ。


「お願い旭ちゃん。恥ずかしがらずに、勇気を出して頑張ってみて。旭ちゃんならきっと出来るよ」


 真剣な眼差しで懇願する琴音ちゃん。何だかこの流れだと「分かった。アタシやってみる」と言って皆がワーって歓声を上げる展開がイメージされるんだけど、どうすれば良いの?


 そうだ、空太。事情を知っている空太なら味方をしてくれるよね。

 すがるような気持ちで空太を見つめる。お願い、アンタが最後の砦なの。すると空太はアタシの目を見ながらフッと笑みを浮かべる。

 お、何かいい打開策があるんだね。すると空太の口がゆっくりと動き…


(ム・リ)


 そんなぁぁぁぁ!


 アンタは事情知ってるよね。なんでこんな簡単に諦めちゃうの⁉ああ、最後の砦だったのに。どうやらこの砦は相当脆いものだったようだ。発泡スチロールで造られた、風が吹けば飛んで行くレベルだ。こうなったらもう観念するしかないだろう。


「……ワカッタ。アタシヤッテミル」


 瞬間、歓喜の声が上がる。話が上手くまとまって、みんなとても嬉しそう。アタシはションボリなんだけどね。けどそれならせめて、せめてこれだけは聞き入れてほしい。


「みんな聞いて!やるのは良いけどその代わり、一つお願いがあるの。琴音ちゃん、例の件」

「あ、うん。ごめんなさい、ずうずうしいお願いだって事は分かってるんだけど……」


 アタシ達は今からやる劇を使って和風喫茶を宣伝するアイディアをみんなに伝える。朝から何もかもが上手くいっていないんだから、これくらいの要望は通ってほしい。すると。


「まあ、それくらいなら別に良いんじゃないか」

「何だか面白そうだし。逆に和風喫茶に足を運んだ人が劇に興味を持って、午後からの公演にお客さんが増えるかもしれないし」


 反応は上々。この要望は特に反対意見も無くあっさりと承諾された。


「さあ、方針は決まったことだし、最後の打ち合わせをしよう。旭も早く衣装に着替えて」


 壮一の指揮の下、みんな目まぐるしく動き始める。琴音ちゃんは邪魔になるといけないからと教室を後にし、空太は。


「残念だったね、琴音さんをヒロインにしてあげられなくて」


 慰めの言葉を掛けてくれた。コイツ、協力してくれなかったくせに。しかし今更そんな事を言っても仕方が無い。こうなったらもう、腹をくくってやってやるわよ。


「そう言えば今からやる劇って、いったいどんな内容なの?」

「えっ、アンタ知らなかったの?劇については何度も話したじゃん」

「トラブルが起きて琴音さんが代役を務めるって話は聞いてたよ。けど劇の内容については聞いてなかったんだ。話が長くなりそうだから、いつも俺が途中でストップをかけていたんだけどね」


 そう言えばそうだっけ。空太が知っている事と言えば、王子様とヒロインのラブストーリーってことくらいか。先にネタバレしているより本番まで詳しく知らない方が楽しめるだろうから良いけど。

 でもまあ、どんな感じのストーリーなのかは話しておいても良いだろう。


「そう難し話じゃないわ。誰もが知ってる御伽噺のパロディよ」

「それって、俺でも知ってる話?」

「間違いなくね。知らない人なんていないってくらい、有名な話だもの。内容は少し…ううん、大幅にアレンジされているけど、基本的な流れは原作に沿っているわ」

「いったいどんな話なの?」


 興味を持った風な空太。多くを語ったらネタバレになってしまうから大部分は伏せて、アタシはタイトルだけを言う事にする。その名も。


「『シンデレラとカボチャの煮付け』よ」



 シンデレラのお話はみんな知ってるよね。今からやる劇、『シンデレラとカボチャの煮付け』はそれのパロディで、ヒロインのシンデレラは継母や義姉にイジメられながらも、将来は料理人になりたいって夢を持った女の子なの。

 このシンデレラ、狂っていると言っていいくらいの料理好きで、お城で開かれる舞踏会や王子様には興味が無い。それよりも舞踏会に出される料理の作り方を学びたいって言う、ロマンチックの欠片も無い子ね。

 だからシンデレラは魔女にお願いするの。料理の作られるお城の厨房に行きたいって。


 さて、そんなシンデレラのお話、はじまりはじまり。

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