第30話 桜花祭、開幕 6
やって来た琴音ちゃんの教室では、壁や天井が和のテイストにデコレーションされていて。お昼にはまだ早いけど、ちらほらとお茶を飲む人の姿がある。
接客をしている生徒はみんな、お揃いの着物を着ていて中々格好良い。御門さんは和風喫茶なんて古臭いって言ってたけど、そんなこと無いね。アタシは好きだな、この雰囲気。
「旭ちゃん、来てくれたんだ」
店内の様子に見とれていると、アタシに気付いた琴音ちゃんが近づいてくる。その姿がまた……超絶可愛い!
女子はみんな淡い桜色の着物を着ていて可愛いのだけど、その中でも琴音ちゃんはひときわ輝いて見える。ああ、何だか後光がさしているようにすら見える。よし、拝んでおこう。
「どうしたの?急に手なんか合わせて」
「何でも無い。それより、お店の調子はどう?」
「上々。まだ時間は早いけど、結構お客さんって来るんだね。あ、そうそう。空太君が来てるよ」
「空太が?」
空太の奴、もう来ていたのか。
御門さんに勝負を挑まれた後少しでも売り上げを伸ばすため、アタシはすぐさま空太に電話を入れて、琴音ちゃんの和風喫茶に言ってくれと頼んでおいたのだ。空太は元々桜花祭に来るつもりだったから、快く承諾してくれた。
「奥の席にいるから、案内するね」
琴音ちゃんに連れられて、アタシは教室の奥へと移動する。すると窓際の席に一人でつき、湯飲みを手にしている空太の姿を見つけた。
「おはよう空太、来てくれてありがとう」
「どういたしまして。琴音さんすみません、アサ姉のせいで面倒な事に巻き込まれたみたいで。もし負けるような事があったら、アサ姉と絶交でも何でもしてください」
ぺこりと頭を下げる空太。うう、心が痛む。だけど琴音ちゃんは笑顔で首を横に振る。
「全然大丈夫、勝てばいいんだもの。ありがとう、心配してくれて。お代わりいる?ごちそうするよ」
「あ、それじゃあもう一杯いただきます。けど、お金はちゃんと払いますよ。売り上げ、少しでも伸ばさなきゃいけないんでしょう」
好意に甘えずに売り上げの心配をするだなんて、しっかりしてるなあ空太は。
アタシも空太の正面の席に座ると、メニューを手に取る。
「空太は何飲んでるの?」
「抹茶ミルク。結構甘くて美味しいよ」
「じゃあアタシもそれにしようかな。琴音ちゃん、抹茶ミルク二つね」
「かしこまりました。ちょっと待っててね」
注文を受けた琴音ちゃんは、オーダーを伝えに調理スタッフの元へと行く。そして二人になったところで、アタシは空太に話しかける。
「ごめんね、朝から面倒な事に巻き込んじゃって」
「別に良いよ。元々ここには来るつもりだったし。けど、いろんなお店で溢れていたから、探すのに苦労したよ」
「だったら、アタシに連絡してくれれば良かったのに…って、あれ?着信に気付いてなかったや」
スマホを取り出してみると、そこには空太からの不在着信の履歴があった。どうやら校内の喧騒のせいで、着信に気付けなかったようだ。
「俺も先に合流しようとは思ったんだけどねえ。アサ姉のことだから騒ぎの起きているところに行けば会えるかなって思ったんだけど」
「それはどういう意味かな?アタシは所かまわず騒ぎを起こすって言いたいの?」
「何だ、分かってるじゃない。と言うわけで騒ぎが起きているクラスを覗いては見たんだけど、いたのはアサ姉じゃなくて御門さんだった」
「ああ、御門さんね」
空太も御門さんの事はよく知っている。顏も性格も、関わらない方が良いという事も。きっと空太は御門さんを見るなり、踵を返してその場を後にしたに違いない。
「けど騒ぎが起きてたって、いったい何があったの?」
「よくは分からない。けど確か、山田って人が胃を壊したとか言って倒れてた」
山田く―――ん!
大丈夫かなあ?いったい何があったかは知らないけど、きっととても大変な事があったのは間違いないだろう。
「それで、山田君はどうなったの?救急車で運ばれた?」
「いや、そこまで大事じゃないよ。御門さんの取り巻きの…鳥さんだったか牧さんだったかが強力な胃薬を持っていたから、それを飲ませてた」
「そうなんだ、良かった。けど、よくそんなもの持ってたね。用意が良いなあ」
「俺も同じ事を思ったけど、『御門様にお仕えする者の必需品です』って言ったのを聞いて納得した」
ああ、うん。たしかに必需品だね。鳥さんに牧さん、普段はそんな雰囲気を出さないよう努めているみたいだけど、やっぱり苦労しているんだなあ。
「御門さん、どうしてあんなになっちゃったんだろう?あな恋でも確かにおかしな人だったけど、あそこまでぶっ飛んではいなかったんだけどなあ」
もしかして、何かバグでもあったのだろうか?バグで性格に影響があるのかとか。そもそもこの世界におけるバグって何だよと言うツッコミは、この際スルーしておくよ。
すると空太が何かに気付いたように口を開く。
「ちょっと思ったんだけどさあ。御門さん、ゲームの中ではアサ姉の婚約者だったんだよね」
「そこは旭様のって言ってほしいな。今の言い方だと百合展開になっちゃうよ」
「細かいところに拘るね。BLだとどんと来いなのに。まあとにかく婚約者で、御門さんは旭様に結構惚れ込んでいたってことで良い?」
アタシはそうだよと言って頷いた。ゲームでの御門さんは婚約者である旭様の事を慕っていて、その旭様と仲良くしている琴音ちゃんを目の敵として、よく意地悪をしていたっけ。
今世ではなぜか、アタシの方が目の敵にされているような気がするけど。
「もしかしたらゲームでは、旭様の存在が御門さんの暴走を抑えていたんじゃないかな?誰だって好きな人の前では、自分をよく見せようとするでしょ」
「ええーっ、御門さんにそんな可愛い所なんてあるかなあ?」
そう返しはしたけど、なるほど。あり得ない話ではない。
旭様がいたから、ゲームの中の御門さんは今よりもマシだったのかも。惚れていたというのもあるし、旭様は完璧超人だったから、御門さんの暴走を押さえられていたのかもしれない。だけど。
「生憎今世では旭様がいないから、歯止めがきかなくなってるかもって訳ね。だとすると今いるのが、完全体の御門さんってことね」
旭様がいない事で、とんでもなく面倒な御門さんが誕生してしまったという事か。元々御門さんは悪役令嬢であると同時にあな恋屈指のギャグキャラでもあったけど、抑止力が無くなったらあんな風になっちゃうんだね。
「あと旭様の代わりがアサ姉って言うのも原因かもね。おかしな人同士、変な方向に互いを高めあっちゃったのかも」
「うんうん、困ったものだねえ……て、空太。サラッとアタシの事ディスってない?」
「可能性の話をしただけだよ」
悪びれる様子も無く抹茶ミルクを口にする空太。何て失礼な、アタシはそんなにおかしくなんて無いぞ。
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