第29話 桜花祭、開幕 5
「は?御門さんと勝負することになった?」
アタシの報告を聞いた壮一は、信じられないといった表情でポカンと口を開けている。
琴音ちゃんと別れた後自分の教室に戻ったアタシは、そこにいた壮一を捕まえて事の顛末を話したのだった。壮一はしばし呆れた様子だったけど、ハッと我に返ったかと思うと頭を押さえだした。
「御門さんって、あの御門さん?」
「そう、あの御門さん。と言うかあの人以外、勝負を吹っ掛けてくるような人はいないでしょう」
「そう、だね。つまり旭は御門さんの挑発にのって、勝負を受けてしまった。しかも倉田さんのクラスを巻き込んだ勝負を……何やってんの?」
「面目次第もございません」
素直に頭を下げる。アタシだってバカな勝負を受けたとは思っているよ。けどもう後戻りはできないの。
「相手はあの御門さんだからねえ。もし負けるような事があれば、きっと面倒なことになるよ」
「あ、でも命に係わる系の罰ゲームはしないって言ってたよ」
「そんな発想が出てくる時点ですでに不安だよ。負けてもペナルティが無かったとしても御門さんの事だから、教室に乗り込んできて長々と嫌味を言ってくるんじゃないかな。桜花祭が終わった後も毎日」
「げ、それはヤダ」
毎日御門さんに絡まれて嫌味を言われるなんて、罰ゲームと大して変わりないじゃん。それにアタシだけならまだしも、もし琴音ちゃんまで同じ目に遭ってしまったら。
毎日琴音ちゃんのクラスを訪れ、自分が勝ったとか和風喫茶はダサいとか悪口を言われている琴音ちゃんを想像すると、いたたまれない気持ちになる。周りでその様子を見る事になるクラスメイト達も、自分達が作った和風喫茶をバカにされるのだからいい気分はしないだろうし。
そうなると最悪琴音ちゃんは、クラスで孤立してしまうかも知れない。何なのそのバッドエンド的展開。
今更ながら事の重大さに気付き、思わす身を震わせる。
「ど、どうしよう壮一。バッドエンドなんて迎えたくないよ。たとえそこに専用のスチルがあったとしても、孤立した琴音ちゃんなんて見たくない」
「何の話をしているのかは分からないけど、過ぎた事は仕方が無い。今はどうにかして勝つ方法を考えよう。俺も協力するからさ」
「ありがとう壮一。とりあえず知り合いに声を賭ける所から始めてみる。空太にはもう連絡入れておいた」
「そうだな、俺も何人かに声をかけてみるよ。ところで旭、倉田さんの心配も大事だけど、うちのクラスのことも忘れてはいないよね」
「それは勿論」
アタシのクラスの出し物は劇。午前と午後の二回、体育館のステージを使って行われる。けどまあ。
「アタシは壮一と違って音響係だから、楽なものよ」
そうなのである。壮一は主要登場人物を演じることになっているのだけど、アタシはしがない音響係。別に音響を軽んじてるわけじゃないけど、役者に比べるとやはり気は楽だ。実はゲームでの旭様は役者だったんだけどね。生憎アタシは旭様とは違って華が無いから、役者には向いていないのだ。身の程はわきまえているから始めから裏方を志願して、大人しくすることにしていた。
もっともアタシに華があったところで、旭様と同じ役をやっていたとは思えないけど。だって性別が違うし。
ゲームで旭様が演じていたのは勿論男性役。宝塚じゃあるまいし、女のアタシが演じるなんて始めから無理があったのだ。
「ところで壮一、その劇のヒロイン様の調子はどうなってる?」
「ああ、佐藤さんね。そう言えばさっきから姿が見えないなあ」
そう言ってキョロキョロと辺りを見るけど、たぶん佐藤さんはここにはいないだろう。だって彼女は。
(ゲームでは本番当日に体調を崩して、劇に出られなくなっちゃうんだよね)
今まで一生懸命練習してきたというのに、当日になって熱を出してしまうのだ。今頃は保健室のベッドで唸っているかも。しかしヒロインがいなくては、アタシ達の劇は成り立たないのだ。
仕方なく誰か代役を立てようという話になった時、旭様が提案するのだ。
『そうだ、倉田さんだ。彼女はずっと俺達の練習に付き合ってくれてたから、セリフを全部覚えているはずだ』
ってな感じでね。ゲームで琴音ちゃんは、旭様と壮一、二人の練習に長い間付き合っていた。そしてもちろんこの世界でも、私が何度も誘って、琴音ちゃんには練習に付き合ってもらっていた。
間近で見た二人の掛け合いは、それはそれは良いものでした。
こうして琴音ちゃんはクラスが違うにも拘らず、急遽代役として出ることになるのだ。
ちなみにその劇における旭様と壮一の役はと言うと、琴音ちゃんと恋に落ちる王子様役だった。二人ともだ。
これは何も王子様が二人いるという話ではなく、せっかくクラスにイケメンが二人もいるのだから、午前と午後の上映で王子様を変えてみようという試みだ。
しかし急に代役をすることになった琴音ちゃんが緊張しないよう、やり易い相手を選んだらいいって、壮一が提案して。旭様と壮一、どちらを選ぶか選択肢が表れるのだ。
もちろん、この時選ばれた方は好感度が上がる。しかし今世では、旭様ポジションである私はさっきも言ったように音響係。王子様となるのは壮一だけだ。
つまり、琴音ちゃんが壮一と一緒に劇に出る事は間違いない。うやむやになっちゃった休憩時間に誰と回るかとは違って、これなら安心できる。完璧な作戦だ。
それにしても、ゲームではこの美味しい展開を素直に喜んだものだけど、体調を崩した佐藤さんの事を考えるとちょっと可哀想な気もする。ゲームでは本来のヒロイン役の子は名前すら出てこないモブキャラだったけど、今世では頑張って練習していた佐藤さんを見ていたからなあ。
「どうした旭、急にしょんぼりして」
「何でも無い。ところで劇の準備まで、まだ時間あるよね。今のうちに一度琴音ちゃんの所に顔を出してきても良いかな?」
「構わないよ。俺は佐藤さんを探してみる。最後の打ち合わせをしたいしね」
「う、うん。そうだね」
ゴメンね壮一、佐藤さんは多分今頃保健室にいて、劇には出られないんだ。だけどアタシは、何にも知らないふりをする。
体調を崩して美味しい役を譲ってくれた佐藤さんには、後でお見舞いとお礼をかねて何か差し入れをしておこう。
そんな事を考えながら、アタシは一人教室を後にした。
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