第24話 琴音ちゃんとお出かけ 4


 壮一はコーヒーを注文して、ほどなくして運ばれてきた飲み物をそれぞれ受け取り口をつけていると、ふと琴音ちゃんが聞いてきた。


「そう言えば旭ちゃんって、学校でも家でも風見君と一緒にいるんだよね。やっぱり、昔から仲が良いの?」


 おおっ!琴音ちゃんの方から壮一の話題を出してきた。ひょっとしてこれは意識しているってことかも。

 アタシは壮一の評価をさらに上げるべく、すかさず語り始める。


「壮一とは家族ぐるみの付き合いだからね。小さい頃から大好きだよ。けど壮一ったら幼稚園の時から優しくて格好良かったから、周りの女の子が頬っておかなくてね。しょっちゅう声をかけられていて困ったよ」


 壮一には琴音ちゃんという将来を(アタシが勝手に)約束した相手がいるのだ。言い寄ってきた子達には悪いけど、身を引いてもらうしかない。


「けど、ここでホイホイついて行かないのが壮一の良い所だよね。アタシも浮気はしちゃダメって言ってはいたけど、そんなこと言わなくても悪い虫なんて自分で追い払っちゃうんだから。あ、けど冷たいって訳じゃなくて、いい加減な気持ちで女の子と向き合いたくないってだけだから。きっと本気で好きになった人相手には、すっごく優しいよ。あとそれから……」

「ちょっと、アサ姉!」


 ノリノリで喋っていたのに、空太が寄尾から割り込んできた。これからが良い所なんだけどなあ。

 だけど空太は何だか呆れた様子で、小声で話しかけてくる。


「何なのこのソウ兄アピール。聞いてて引くレベルなんだけど」

「何言ってるのよ。琴音ちゃんに壮一を売り込むチャンスなんだよ。こうやって壮一の良い所を言っていけば、きっと二人はラブラブになれるわ」


 どうよこの完璧な計画は。けれども何故か空太は眉間にシワを寄せた後、頭でも痛いのか手でおでこを押さえる。


「琴音さんに対するアピールだったんだね。けどこれじゃあ、ノロケ話にしか聞こえないよまさかとは思うけど、いつもこんな感じで話してるの?」

「勿論よ。日頃から売り込んでおいた方が効果あるでしょ」

「限度ってものがあるでしょ。ほら、ソウ兄を見てみなよ」


 すると褒めちぎられたのが恥ずかしかったのか、壮一は苦笑いを浮かべている。全部本当のことなんだから、別に照れる必要は無いと思うけどなあ。


「どうやら旭は、相当俺のことを買いかぶっているみたいだね。そんな大したことをしてきたわけじゃないんだけどなあ」

「そんなこと無いって。ああ、けどこういう謙虚な所も美徳だよね」


 顔よし、頭よし、性格よしと三拍子そろっている。こんなお買い得物件を前にしたら、どんな女の子でもときめいちゃうだろう。さてさて、それでは琴音ちゃんの反応はというと。


「良いね、仲が良くて。旭ちゃんにこんなに好かれるだなんて、風見君が羨ましいよ」


 あれ、思っていた反応と微妙に違うなあ。壮一が羨ましがられるってどういう事?まあ悪い印象を与えたわけじゃないようだからから良いんだけど。

 それにしても、こんな風に女子トークをするというのも中々楽しい。今までアタシの周りには、春乃宮家の名を聞いて委縮してしまう子が多かったから。壮一や空太はいたけれど、琴音ちゃんのように気兼ねなく笑いあえる女の子の友達というのは、考えてみれば初めてかもしれない。


「話を聞いているだけで、風見君の事を大事に想ってるってことがよく伝わてくるよ」

「そりゃあもう。壮一のことは大好きだしね。アタシが壮一を幸せにしなくちゃって思ってるし」

「もう十分幸せなんじゃないかな。でしょ、風見君」

「……まあ、ね」


 そっとコーヒーを口に運ぶ壮一。その表情は心なしか嬉しそう。一方空太は、反対に顔色が悪い。


「誤解を招くような事ばかり言って、どうなっても知らないよ」


 誤解?いったい何を言っているんだこの子は?

 しかし頭にハテナを浮かべるアタシとは違って、壮一は何かに気付いたように真顔になり、琴音ちゃんと向き合う。


「そうだね。勘違いされないうちに、ちゃんと言っておいた方が良いかな。倉田さん、さっきから旭が言っている好きは、思っているようなのとは違うから」

「え、そうなの?でも……」


 途端に戸惑ったようにアタシの様子を窺う琴音ちゃん。けど驚いているのはアタシも同じ。勘違いってなんだ?アタシはちゃんと壮一のことが好きなのに。


「俺はあくまで春乃宮家に仕えているだけで、旭とは特別な関係って訳じゃないから、そこのところを……」

「そんな!」


 壮一の発言が信じられなくて、思わず声を上げる。

 春乃宮家に仕えているだけって、そんなの嘘だ!確かに立場としてはそうだけど、あな恋の壮一と旭様は主従関係なんて気にしていない、最高の親友同士だったじゃない。二人のただならぬ関係を描いた同人誌が出るくらいに!

 いや、これはもしかしてアタシでは親友と呼ぶにふさわしくないってこと?酷いよ壮一、そりゃあ旭様とアタシじゃ比べ物にならないというのは分かるけど、壮一から向けられていた優しさが単に立場によるものだけじゃないって信じていたのに。


「そっか、壮一はアタシが春乃宮家だから仕えていただけなんだね……」

「ちょっ、違うっ!ごめん、言葉が悪かった。俺が言いたかったのは旭が言っている『好き』に深い意味は無いって事で、旭の事はちゃんと友達だって思ってる」

「友達?それって、ただの友達なの?」


 そこは親友と言ってほしかったなあ。


「それは……ちょっと違うかも。けど、今これ以上の事を言うつもりは無い。やっぱり、立場はわきまえなくちゃいけないから。全部言ってしまったら、歯止めがきかなくなりそうだし」


 歯止め?あ、そうか。親しい中にも礼儀ありって言うし、あまり馴れ馴れしすぎるのも良くないって言いたいんだね。

 アタシはそれでも別に構わないんだけど、壮一は春乃宮家に仕える事に誇りを持っているし。公私混同をしない為にも線引きは必要って思っているのだろう。真面目だからねえ。


「分かった。ごめんね、変なこと言ったりして。けど、アタシが壮一の事を大好きだっていう気持ちに変わりはないから」

「それは……覚えておくよ。応えられるかどうかはともかくとして。旭が春乃宮じゃなかったら、きっと俺は……」


 壮一は何か言いかけたけど、それ以上は言わずに口を閉ざした。そしてこんなアタシ達の会話を聞きながら、琴音ちゃんは目を輝かせていた。


「私は立場とか家のこととかはよく分からないけど、二人の気持ちが同じなら素直になった方が良いと思うな。風見君、大変かもしれないけど頑張ってね」


 そんなエールを送ってくれた。やっぱり優しいなあ。

 しかし空太はそんな琴音ちゃんとは対照的に、どういうわけとっても気まずそうな顔になっている。


「二人の気持ちが同じなら、ね。どうしてアサ姉はわざわざ爆弾を大きくするような真似ばかりするかな?どうなっても知らないからね」


 何だかよく分からない事を言い、気持ちを飲み込むように残っていたコーヒーを飲み干す空太。そして砂糖もミルクも入っていない苦いその味に、顔をしかめるのだった。

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