第23話 琴音ちゃんとお出かけ 3


 やって来たのは、最近できたオシャレなカフェ。店内に入ったアタシ達は店員さんに案内され、奥の席へと通される。

 アタシと空太が隣り合わせに座り、テーブルを挟んで琴音ちゃんも座った。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。どうぞごゆっくり」


 ぺこりとお辞儀をする店員さん。アタシは店内を見回した後、琴音ちゃんに目を向ける。


「噂通り、オシャレなお店だね」


 お店の中ははまるでログハウスを訪仏させるような造りをしていて、壁やテーブルなど、目に見える箇所はとことん『木』の作りに拘っていた。アタシは別に自然が好きと言うわけじゃないけど、こうして木に囲まれた空間というのは何となく落ち着く。


「それじゃあ、何を注文する?アタシは暑いからアイスカフェオレで」

「それじゃあ私はミルクティーにしようかな。空太君は?」

「キリマンジャロコーヒーをブラックで」


 おや、空太はいつの間にブラックなんて飲めるようになったのだろう?前にのんだ時は苦くて残していたのに。いや待てよ、これは……


「ブラックを飲みたいなんて、アンタまた壮一の真似してるの?」

「なっ⁉そんなんじゃないって」


 照れた様子で視線を逸らしたけど、隠しても無駄だよ。空太が壮一の真似をするのは、何も今に始まったことじゃない。昔壮一がクラシック音楽にハマった時は空太もCDを買ってきたし、小学生の頃壮一が自転車に乗れるようになった時は、自分だってできると言い出して、何度も転びながら必死に練習していたっけ。

 空太にとって壮一は頼りになるお兄ちゃんだから、つい真似をしたくなる気持ちは分からなくも無いけど。


「そう言えば、壮一がワサビ入りのお寿司を食べれるようになった時も真似してたっけ。結局一貫食べただけで挫折してたけど。今は食べれるようになったの?」

「……ワサビが無くても寿司は食べれる」


 まるで苦虫を噛み潰したように悔しそうな目をする空太。しかし思い出したように「そもそも真似をしたわけじゃないから」と言い張ってくる。


「まあまあ、好みは人それぞれなんだから、気にすること無いよ。私も実はワサビは苦手だし。あの鼻がツーンとなる感じが、どうしても好きになれなくて」

「ですよね。中には小学生の頃から、気にせずバクバク食べれるって人もいますけど」


 それはアタシのことを言っているのかな?そう言えば十歳くらいの時、ワサビが山盛りに乗ったお寿司を平然と食べるアタシを見て唖然としていたっけ。けどその時の空太は、真似をしようとはしなかったなあ。

 そう考えるとちょっと寂しい。あな恋では空太は壮一だけでなく、旭様の真似だってしていたから。


「ねえ、真似をするのはいつも壮一ばかりだけど、アタシみたいになりたいとは思ってくれないの?」

「はぁ?なに言ってるの?どうして俺がアサ姉みたいにならなくちゃいけないわけ?」


 はうっ!ナイフのように研ぎ澄まされた言葉が胸にぐっさりと刺さったような気分。分かってたよ。分かってたけど、いざ声に出されると思っていたよりもダメージが大きかった。


「見習うなら断然ソウ兄の方でしょ、だって……」


 空太はもごもごと口を動かし、小さな声を出す。


「……アサ姉のタイプはソウ兄なんだから」


 何か言ったようだけど、生憎声が小さすぎて聞き取れなかった。空太の方も聞こえていないって分かってたみたいだけど、言い直してはくれない。きっとわざわざ言うほどのことでも無いのだろう。

 それにしても、見習うなら壮一の方だって言うのはショックだったな。そりゃあアタシじゃ壮一に勝てないのは分かるけど。やっぱり、ねえ。


「何しょんぼりしてるのさ、旭」


 テーブルにうつ伏せていると、不意に後ろからそんな声が飛んできた。思わず顔を上げて振り返ると、そこにはいつの間に来ていたのか、壮一の姿があった。


「壮一!随分早かったね。用事はもう済ませたの?」

「ああ。待たせちゃいけないから、急いで片付けてきた。座っても良いかな?」

「勿論。琴音ちゃんの隣が空いてるよ」


 アタシがそう言うと、琴音ちゃんも席を詰め、どうぞと進めてくる。

 よし、計画通り。四人掛けの席でアタシと空太が並んで座っているから、後から来た壮一は自然と琴音ちゃんの隣に座ることになるのだ。向かい合って座るよりも隣通しに座った方が距離が縮まるってこの間読んだ恋愛のマニュアル本に書いてあったから、事前に空太と打ち合わせをしてこの配置になるよう座ってもらっていたのだ。


(ありがとう空太、バッチリ上手くいったわ)


 さっきまでショックを受けていたことなどすっかり忘れてウインクしてみせると、空太は乾いた笑いを浮かべた後壮一へと目を向ける。


「注文は、俺と同じブラックで良い?」

「じゃあそれで。って、空太ってブラック飲めたっけ?」

「またその話?それについてはさっきさんざん話したばかりだから。飲めるよ、ブラックくらい」

「悪い悪い。空太はコーヒーに砂糖もミルクもたっぷり入れるイメージがあったから」

「……確かにそれも嫌いじゃないけど」


 やっぱり空太の味覚は、まだお子様のようだ。だけどアタシは別に、砂糖やミルクを入れたっていいと思うよ。そういう所は旭様や壮一とは違う、空太の個性なのだから。

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