文化祭イベントは定番よ
第25話 桜花祭、開幕 1
春が終わり、制服も夏服へと移行し、「夏服の壮一と琴音ちゃん、尊い!」と叫んだ六月の半ば。この日の桜崎学園はいつもとは違う雰囲気に包まれていた。
普段勉強している教室はカラフルな飾りでデコレーションされ、廊下には案内板が設置されている。校舎から外に出ると屋台が並び、まるでお祭りのよう。いや、お祭りそのものか。何せ今日は年に一度の文化祭、その名も『桜花祭』の日なのだから。
多くの学校では文化祭は秋に行われるけど、桜崎の場合は受験のことを考慮して毎年六月に行われている。
各クラスや部活動が飲食店を開いたり、劇などの出し物をするというのは他の学校と同じ。しかし桜崎は日本屈指のお金持ち学校、どこの出し物もお金のかけ方が違うのだ。
校庭に見えるのは、どこかのクラスが作った巨大な山車。噂ではプロを雇って作成を手伝ってもらったとか。他にも劇の舞台装置や小道具を本物の劇団から借りてきたり、町を走る列車の中吊り広告でクラスの出し物を宣伝していたりと、やることが少々常識を逸脱していた。
前世では一介の庶民だったと思われるアタシはそんな周りの様子に呆れながらも、やっぱりどこかワクワクしていた。
だって年に一度の文化祭だもの、楽しまなきゃ損じゃない。
時刻は朝の八時半。最後の準備に追われているクラスもあれば、このお祭り前の雰囲気を楽しんでいる子もいる。アタシはというと、後者だ。
クラスの出し物の準備はもう終わっているから、開始まで気ままに校内を散歩している。琴音ちゃんと一緒にね。
琴音ちゃんは周りをキョロキョロしながら、感心したように声を漏らす。
「やっぱり、どこのクラスも凄いね。さっき大きな鬼のオブジェが運ばれていたけど、何に使うんだろう?」
「たぶん二年生がやる桃太郎の劇で使うんだと思うよ。三メートルを越える翼を持って火を吐く大鬼に、桃太郎が勝てるかは分からないけど」
あんな化け物を前にしたら、御供の犬猿雉なんて主人を放り出して逃げ出してしまうかもしれない。まあそれはそうと、アタシには一つ気になる事があった。
「ところで琴音ちゃんは、休憩時間には誰と一緒に見て回るの?」
何の気無しに聞いたようで、実はこれが結構重要な事なのだ。この桜花祭りはゲームあな恋でもあったのだけど、普段とは違うお祭りというだけあって、そこには様々なイベントが用意されていた。
休憩時間に他のクラスの出し物を見て回るのもそのうちの一つで、その時に一緒に行動したキャラの好感度を大きく上げることが出来るという、外してはならないイベントなのだ。
ゲームでは画面に表示された攻略対象キャラの中から一人を選んでボタンを押せばよかったのだけど、生憎今世ではアタシに選択権は無い。琴音ちゃんが自分で選ぶことになるのだ。もちろん、壮一を選んでくれるよね?
アタシの見立てでは琴音ちゃんと一番仲が良い攻略対象キャラは壮一のはずだから、別に心配しなくても選んでくれるだろうとは思うけど、念のため確認はしておきたい。もしアタシの知らない所で他のキャラと仲良くなっていたりしたら大変だしね。
さあ言うんだ、壮一の名前を。しかしそんな私の願いとは裏腹に、琴音ちゃんは笑顔で、予想外の事を言い出した。
「あのね、もし旭ちゃんさえ良ければ、一緒に回りたいって思っているんだけど。ダメかな?」
「えっ、アタシ?」
いやいやいや、何言ってるの?どうしてそこでアタシが出てくるの?壮一にしようよ。だいたいゲームでは女友達と一緒に回るなんて選択肢はなかったはずだけどなあ。
しかしそこでハタと気が付いた。そう言えばアタシは今、旭様のポジションにいるのだ。女友達を誘うという選択肢は無かったけど、旭様を誘うという選択肢は当然あった。という事は、琴音ちゃんの脳内に展開されているであろう選択肢の中にはアタシがバッチリ存在していて、それを選んでしまったということでは無いだろうか。
(ダメだよ琴音ちゃん、選択肢間違えてるよ。早くメニュー画面を開いてデータをロードしてやり直すんだ!)
しかし時間が巻き戻ってくれないのを見ると、どうやらそれは無理なようだ。そもそもどうすれば今世で、メニュー画面が開けるというのだろう?
すると中々返事をしなかったせいか、琴音ちゃんが不安そうな声を出す。
「ごめん、迷惑だったかな?」
しょんぼりした様子で、弱々しい喋り。だけどその様子がとても可愛らしく、思わず抱きしめて撫で繰り回したくなる。
(そんなこと無いよ、全然OKだよ!今日はアタシと一緒に桜花祭を回ろう!)
本能のままそう叫びたかったけど、寸でのところで使命感がストップをかける。アタシが一緒に回ってどうするんだ、壮一じゃなきゃダメじゃないの!
ひょっとして、本当は壮一を誘いたいけど恥ずかしくて言い出せないだけなのかな?いや、きっとそうに決まっている。だって二人が話をしている時はとても楽しそうだし、きっと琴音ちゃんはもう壮一のことが好きなはずだもん。だったらアタシが一肌脱いであげないと。
「ダメじゃないよけど、それで良いの?アタシよりも壮一と……」
「あ、そうか。風見君と一緒に回るんだね。ゴメンね、変なこと言って。二人の邪魔をしたりはしないから」
「えっ?壮一とアタシが?いやいや、琴音ちゃんの方こそ壮一と一緒に……」
一緒に回りたくないの?そう聞こうかとした時、不意に後ろから誰かがぶつかってきた。
「あ、ごめんなさい。は、春乃宮さん⁉」
謝ってきたのは、両手で大きな段ボールを重そうに抱えた男子生徒。どうやらその段ボールのせいで視界が遮られ、前がよく見えていなかったらしい。
アタシは彼のことを知らなかったけど、彼の方は春乃宮の娘であるアタシの事を知っていたらしく、焦ったようにしている。そんな気にしなくてもいいのにね。
「アタシは平気だから、そう畏まらないで。それにしても、やけに大荷物ね。今から準備?」
「は、はい。クラスの喫茶店で使う食材が今届いたんです」
「今?ずいぶんギリギリね。前もって用意しておかなかったの?」
「それが、そうした方が良いって意見もあったんですけど、その日届いたばかりの新鮮な食材を使った方が良いって……」
ああ、そういう事ね。たしかに鮮度は大事だよね。
「そう御門さんが言い出したんです」
……誰が言い出したって?
そう思った時、不意に高らかに笑う声が辺りに響いた。
「おーっほっほっほ。ごきげんよう山田さん。わたくしが手配しましたフルーツ達は届いておりましたか?」
げ、御門さんだ。
御門さんはいつものように鳥さんと牧さんを連れて、校舎の方からこっちに近づいて来ていた。別に何かされたわけじゃないけど、そこはかとなく嫌な予感がするのは、はたして気のせいだろうか?
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