第20話 登場、悪役令嬢! 6
琴音ちゃんを助けるのは壮一の役目。だから私は助けに行きたいと言う気持ちを殺して出て行くのを我慢していたけど、御門さんのあまりの言葉に、我慢はあっさりと限界を迎えてしまったのである。
だって仕方が無いじゃない。むしろ今まで堪えていたアタシを褒めてほしいくらいだよ。まあ流石に殴っちゃったのはやりすぎだったかもしれないけど。
「「御門様、ご無事ですか!」」
取り巻き二人が声をあげる。周りの人達も突然の乱入者に驚いているようだ。
「御門さんを殴るだなんて……誰だあれ?」
「バカ、今話に出ていた春乃宮さんだよ。御門家と並ぶ学園の二大巨頭だ」
アタシはそんな物になった覚えはないのだけれど。
辺りがざわつく中、御門さんは叩かれた頭を押さえながら元々赤かった顔をさらに真っ赤にさせてアタシを見た。
「いきなり何をしますの!」
「それはこっちのセリフよ。アンタ何を口走ってるの!鳥さんや牧さんも止めなさい、一緒にいて恥ずかしく無いの!」
なんだかとても人様にお聞かせ出来ないような事を言っていたような気がする。むしろ止めに入ったことを感謝してほしいくらいだ。って言うか取り巻き二人、アンタらはまだ常識がありそうだから流石に止めたらどうだ。主の品位にかかわるぞ。
「そんなこと言われましても。御門様の言う事は絶対ですし……」
「私達には御門様を止める術はありません」
どれだけ絶対服従なんだこの二人は。自分の意思持とうよ。
こうして周りから甘やかされ続けた結果できあがったのが、このネジが十本くらいとんだお嬢様というわけだ。
「フフフ、とうとう出てきましたわね、春乃宮さん」
御門さんがまるで威嚇するかのようにふんぞり返る。アタシもできれば出てきたくはなかったんだけどね、すっごく面倒臭そうだったし。
だけど目の前で琴音ちゃんがあんな風に言われるのを見て、これ以上黙っているだなんて出来なかった。
「旭ちゃんゴメンね。私のせいで変なことに巻き込んで」
「ううん、アタシが我慢できなかっただけだから」
そもそも御門さんが激しく因縁をつけてきたのだってアタシの名前が出てきたからだし。巻き込んだと言うならアタシの方だ。
壮一のことがあったから隠れていようと思っていたけど、こうして出てきたからにはもう遠慮する必要も無い。
「さっきから聞いてたら琴音ちゃんにいろいろ酷いこと言って。あんたこそ無駄に偉そうでこの上なく面倒臭くて、いったい何様のつもりよ」
「なああぁぁぁんですってえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
御門さんの絶叫が食堂中に響く。元々会えば喧嘩ばかりしているアタシ達。しかも普段ならアタシが面倒になってあしらう事も多かったけど、今回は事態が事態なだけに引く気はない。
張り詰めた空気が漂う。近くで見ていた人達もこれはまずいと感じたのか、コソコソと話す声が聞こえてくる。
「どうする、先生呼んでくるか?」
「でもこの学校の先生って揃いも揃って権力の犬だよ。あの二人の間に割って入るのは無理なんじゃないか」
「なら誰でもいいから止めてよ」
「嫌だよ。下手すると春乃宮と御門の両方から目を付けられるかもしれないんだぞ。もしかしたら消されるかも」
消されないから。さすがに御門さんもそこまではしないだろう、多分。
とにかく、誰もこの喧嘩を止めようとする人はいないみたいだった。アタシだって何も大事にしたいわけじゃないけど、こうなっては自分から引く事も出来ない。引く気が無いのは御門さんももちろん同じで、火花が飛ぶような睨み合いが続く。
だけど、そんな緊張の糸が張り詰める中、私達の間に割って入る勇者が現れた。
「二人とも、それくらいにしておこうか」
張りつめた空気にそぐわない柔らかな声がして、誰かがそっとアタシの肩を押さえた。
いや、それが誰かというのは分かっている。その声を聞き違えるはずが無いし、こんな風にアタシと御門さんの喧嘩に割って入るのはいつだって彼の役目だもの。
「壮一」
そこにいたのはやっぱり壮一だった。壮一は宥めるようにアタシの背中をポンと叩き、御門さんの前に立つ。
「久しぶりです、御門さん」
「あら風見さん。いつ以来かしら」
御門さんもアタシとは長い付き合いだけあって壮一の事もよく知っている。そして壮一も、御門さんの扱いには慣れている。ゲームでもこうやって琴音ちゃんに因縁をつける彼女の前に立ち、守ってあげたんだ。今はその時とは若干状況が変わってしまっているけど、ようやくゲームのシナリオ通りに事が運んできたという事だろう。
だけど周りで見ている人達は春乃宮であるアタシはともかく、その補佐役の家の子である壮一の事までは知らないみたいだ。皆一様に、誰だコイツはといった顔で、壮一を見ている。
春乃宮と御門の争いに飛び込んでいくのだから、よほどの奴かただのバカと思われているのかもしれない。
だけど本人はそんな周りの目なんて気にした様子も無く、落ち着いた顔で御門さんと対峙していた。
「風見さん、わたくしは今春乃宮さんと大事なお話をしておりますの。下がっていてくださいます?」
壮一が間に入ろうと御門さんの態度に変わりはない。そんな彼女の様子を見て壮一は肩をすくめる。
「すみません。旭が何か迷惑をかけたみたいですね」
「迷惑なんてもんじゃありませんわ。今日という今日は決着をつけさせてもらいますわ」
壮一が頭を下げようと御門さんの怒りは収まりそうにない。だけどそこで壮一は言った。
「それは失礼しました。ですが決着と言っても、いったいどうやって付けるつもりですか?」
「えっ?それは勿論……」
とたんに御門さんが言葉に詰まる。彼女は興奮すると深く考えずに話すので、今みたいに発言に対して突っ込まれると弱くなる。壮一は長年の経験からその事をよく知っていた。
「決着をつけると言うからには何か方法があるのですよね?」
「ええとそれは……鳥さん牧さん、何かありませんの?」
「えっ」
「私達ですか?」
鳥さんと牧さんに無茶ぶりを始めたけど、もちろんこの二人にしたって案なんてあるわけがない。まさか殴り合いのケンカをさせるわけにもいかないしね。
だいいち決着をつけようと思ってつけられるのなら、そもそもこんな長い因縁にはならなかっただろう。
そうこうしている間に昼休み終了を告げるチャイムが鳴って、そこですかさず壮一が言う。
「あ、昼休み終わりましたね。どうです、ここは俺に預けて頂けませんか?」
「えっ、えっ?」
「これ以上御門さんに時間を取らせては申し訳ありませんし、いかがでしょう」
「そ、そうですわね」
御門さんは少しの間戸惑っていたけど、やがてコホンと小さく咳払いをする。
「し、仕方ありませんわね。ここは風見さんの顔を立てて、引いて差し上げますわ。行きますわよ、鳥さん牧さん」
「「はい、御門様」」
バツの悪そうな顔をしながらも御門さんは踵を返すと、取り巻き二人と共に去って行った。終わってみれば、何とチョロい事か。初めから壮一が来ていれば、話が長くなることも無かっただろう。
壮一は御門さんを見送ると、今度は私に目を向ける。
「旭、大丈夫だった?」
「もちろん、いつもの事だからね。それより琴音ちゃんだよ」
御門さんの強烈なキャラに慣れていない琴音ちゃんがいきなりあんなにも詰め寄られたんだ。きっと相当怖い思いをしたに違いない。
壮一、ここはひとつ琴音ちゃんに優しい言葉をかけてあげて。
「そうだな。倉田さん、旭と御門さんの喧嘩に巻き込まれるだなんて大変だったね」
「そんな、違うの。元々私が騒ぎを起こしてて、旭ちゃんはそれを助けてくれたんだよ」
琴音ちゃんはそう言うけど、こんな事になったのにはこっちにも非があると言わざるを得ない。
「ううん。御門さんがあんなにしつこかったのも、元をたどればアタシが琴音ちゃんとよく一緒にいたからだよ。ごめんね」
琴音ちゃんはゲームでも旭様と仲がよかったせいで御門さんから嫉妬され、嫌がらせを受けていた。経緯は全く違うけど、『旭』と仲が良いため嫌がらせを受けるというのは共通している。
結果的にそれがあったため、琴音ちゃんは旭様や壮一とより距離を縮める事が出来たのだから、この世界でも壮一とくっつけるためには御門さんから目の敵にされるというのは避けては通れないのかもしれない。
とはいえその原因がアタシにいるというのはやっぱり心苦しかった。だけどそんな謝るアタシに、琴音ちゃんは笑いかける。
「そんなことないよ。それに、旭ちゃんが私の為にあんなに怒ってくれて、とても嬉しかった」
「琴音ちゃん……」
それを言うならこっちだって同じだよ。最初はただ謝る一方だった琴音ちゃんは、アタシの事を悪く言われた途端、あの超絶面倒臭い御門さんに対して凛とした態度で反論し、決して引くことは無かった。その事を思い出すと、胸が熱くなる。
「それだけじゃないの。私、旭ちゃんがいなかったら、きっと今以上にこの学校に馴染めていなかったと思う。でも旭ちゃんと会って、毎日話をして、とても楽しいって思えるの」
改めてこんな事を言うのは恥ずかしいのだろう。いつの間にか琴音ちゃんの顔は耳まで真っ赤になっていた。
なんだかとってもこそばゆい気分になる。でも決して嫌じゃない。
「旭ちゃんと会えてよかった」
うわっ。琴音ちゃんの笑顔、メチャメチャ可愛い!ゲームでは琴音ちゃんを助けた壮一が抱きしめていたけど、アタシもやっていいかな?いいよね。
ギューッ
というわけで思いっきり琴音ちゃんの体を抱きしめる。ああ、幸せ……じゃない!
思わず目の前にある幸福に心奪われそうになったけど、なに美味しい役割を盗っちゃってるんだアタシは!
こんな事をしてしまって、壮一は気を悪くしてはいないだろうか。慌てて琴音ちゃんから離れて恐る恐る目を向けたけど、当の本人はケロッとした顔をしている。
「とりあえず、二人とも無事でよかった」
まあね。あな恋だのイベントだのを壮一は知らないから、アタシが重大なミスを犯しただなんて思ってもいないのだろう。けど、このままではいけない。
(もう二度と欲望にかられて軽率な行動はとらない。壮一と琴音ちゃんをくっつけなきゃいけないんだから)
こっそりと拳を握りながら、アタシは改めて誓うのだった。
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