第19話 登場、悪役令嬢! 5
さっきは許してくれたのに、アタシと仲が良いと言うだけでぶつかってきたとか言い出すだなんて、いったい何を考えているんだ。だいたいそんな事をしたって、アタシにも琴音ちゃんにも何のメリットも無い。そう思っていたけど。
「春乃宮さんの魂胆は分かっていましてよ。大方あなたのような庶民にみんなの前で無視させて、わたくしに恥をかかせようってつもりですのね。ああ、何て陰湿なんでしょう」
バカじゃなかろうかこの人は?いや、御門さんが馬鹿だってことは、前世から知ってはいたんだけど、それにしたって何て言いがかりだろう。
事態を見守っていた生徒達も「えっ?」と声を漏らしている。
「いくらなんでも、それはないだろう」
「バカ、相手は御門家のお嬢様だぞ。滅多なことを言うんじゃない」
みんな御門さんが言っている事がおかしいとは思っているようだけど、それを指摘するような人はいない。
まあ当然だよね。所詮は他人事だし、余計な事を言って目をつけられたくはないだろうし。
「いえ、あの……旭ちゃんは関係無くて……」
琴音ちゃんは呆気にとられながらもなんとか否定する。なのにそれでも御門さんは止まらなかった。
「いいえ、そうに決まってますわ。人を使ってコソコソと嫌がらせをしてくるだなんて、いかにも陰険な春乃宮さんのやりそうなことですわ。ねえ、あなた達もそう思うでしょう」
「「はい、御門様!」」
息の合った返事をする取り巻き二人。
今回はもちろん、今までだって私はそんなことした覚えは無いのだけれど。どうやら御門さんの中ではアタシがそういうやつだというのは確定事項になっているみたいだ。
本当なら今すぐ出て行って文句の一つも言ってやりたいけど、ぐっとこらえて我慢する。これも壮一のためなんだ。だけど。
「違います!旭ちゃんはそんな人じゃありません!」
琴音ちゃんがはっきりとそう口にした。琴音ちゃんはさっきまでのオドオドとした気弱な物言いからは一転し、凛とした態度で御門さんの言葉を否定する。
「旭ちゃんは陰険なんかじゃありません。人を使って意地悪をするなんて、そんなわけ無いじゃないですか!」
「なっ?」
突如反論してきた琴音ちゃんを見て、それまで喚き散らしていた御門さんも言葉を止める。
だけど今度は、鳥さんと牧さんが黙っていなかった。
「あなた、いきなり何を言い出すの?御門様がそうだと言っているのですから、アナタはただ頷いていればいいのです」
「そうです。御門様に対する返事は、『その通りです』『もちろんでございます』『はい、御門様』、その三つというのは常識でしょう」
いや、それはアナタ達だけだから。
無茶苦茶を言う取り巻きたち。ギャラリーたちもツッコみたいのを必死でこらえている様子。 しかし琴音ちゃんは、そんな取り巻きたちの言葉にも屈しない。
「でも、違うものは違うとしか言えません。取り消してください」
いつものにこやかな琴音ちゃんとは違い、その声には微かに怒気が含まれている。もしかして、怒ってる?
すると御門さんたちもそれに気づいたようで、今まで以上に顔を険しくさせる。
「まあ、何て礼儀知らずなんでしょう。さすがは春乃宮さんのご友人ですわね」
御門さんがそう言うと、琴音ちゃんの顔にさらにはっきりとした怒りの表情が現われた。
「確かに私はあなた達から見たら品も礼儀も無いでしょうから何を言われても仕方ないです。でもその事に旭ちゃんは何の関係もありません。変な言いがかりはやめて下さい」
琴音ちゃん……やっぱり怒ってくれているんだ、アタシの為に。
相手は学園カーストも面倒臭さも最上位の御門さんなのに。それでも物怖じせずに凛とした態度をとる琴音ちゃんと見ていると、胸が熱くなってきた。
本当を言えば、今すぐ駆け寄ってありがとうと言いたい。無茶苦茶を言う御門さんから守ってあげたい。
でもダメだ、助けるのは壮一でなければならない。今アタシが出て言って口出しをしてしまっては、全てが大無しになってしまう。
一方正面切って反論を受けた御門さんは信じられないといった顔をしている。きっと今までアタシ以外の人間にここまで刃向かわれた経験が無いのだろう。
だけどそんな表情もつかの間、すぐに元の険しい顔へと戻り、ワナワナと全身を振わせ始めた。明らかに怒っているのが分かる。そして―――
「まあ……まあっ!まああアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ――――――ッ!」
うるさっ!まるでサイレンのような雄叫びを上げる御門さん。アタシも他の人も、皆一様に耳を塞ぐ。
「おい、本当にアレがあの御門家のお嬢様なのか?」
「想像していたお嬢様とだいぶ違うけど、やっぱあの人には逆らわない方が良いなこりゃ」
御門さんの態度にドン引きするギャラリー達。しかしそうとは知らない本人はというと。
「あ、あ、あ、あなた!さっきから生意気ですわよ!」
予想通り怒りを爆発させ、ヒステリックに喚きはじめた。その剣幕に琴音ちゃんがビクリと肩を震わせる。
「言うに事欠いて言いがかり?わたくしがいつそのような事をしましたの?わたくしはただ、真実を述べていただけですのよ。そうでしょう」
「「はい、その通りです御門様」」
鳥さんと牧さんが肯定し、御門さんはさらに言葉を続ける。
「それなのにまるでわたくしが悪いような言い方をして、訳が分かりませんわ」
「「はい、その通りです御門様!」」
「そもそもあなた、少しは周りに目を向けたらいかがかしら。アナタの非常識な言動で騒ぐから、関係の無い方々まで迷惑しているでしょう」
「「その通りです御門様!」」
いや、迷惑かけてるのはアンタだって。
御門さんはギャラリーを一瞥したけど、やっぱり関わりたくないのか、誰一人目を合わせようとしない。だけど。
「ほら、皆さんそうだと仰っています」
はあ?
何故か勝ち誇った様子の御門さん。事態を見守っていた生徒たちは互いに顔を見合わせながら「お前言ったか?」「いや、俺は何も」と困惑の表情を浮かべている。勿論琴音ちゃんも例外では無い。
「え?いや、あの。誰も何も言っていませんけど」
「いいえ、皆さんちゃんと目で訴えてくれました!」
いや、誰も目を合わせてなかったって。
「御門様の言う通りです!」
「少なくとも私と鳥さんだけはそうしました。私と鳥さんだけは!」
牧さんはそう言うけど『だけ』ってことは、他の人は違うってことだよね。どうやらその辺はちゃんと分って言葉を選んでいるらしい。だけど御門さんは満足そうにうんうんと頷いている。
「ほらごらんなさい。所詮わたくしとアナタとでは、信頼というものが違いましてよ。おーほっほっほっほ」
ああ、助けに行きたい。封印したと言っていたはずの漫画に出てくるお嬢様のような笑い声をあげる御門さんを見ていると、嫌でもそう思ってしまう。でもダメだ、アタシが口を出すわけにはいかない。壮一、早く来てあげてよ。
しかしそうしている間にも、琴音ちゃんは必死に抵抗を見せる。
「だけど、本当に旭ちゃんは関係無いんです」
「まあッ⁉まだそんなことを仰いますの⁉もう許しませんわよ」
キッと琴音ちゃんを睨む御門さん。そして止まる事の無い怒号が始まった。
「あの女の差し金でないと言うなら何なのですの。まさかアナタ庶民のクセにわたくしに意見しようとでも言うつもりですの。だとしたらなんて無知で無礼で愚かなのでしょう。育ちの悪さがうかがえますわ。だいたいアナタのような庶民がこの学校に通えるのも、わたくし達の家からの寄付金があってのものでしょう。なのにアナタのその態度ときたら何ですか。無視はする、反論はする、あげくの果てに春乃宮旭の庇いだてをする。どれほどの暴挙を行うつもりなのですの。身の程をわきまえなさい!」
酷い!それに五月蠅い!これでは琴音ちゃんが可哀想。けどだめだ。口出ししちゃいけない。
「この不愉快さ、まるで春乃宮旭を見ているようですわ。あの春乃宮旭、知性の欠片も無い陰険なアバズレ女めー!」
口出し、するわけには…
「春乃宮旭め、○○で××のくせに。△△が□□で※※※※ですわ!あのような方、#$%<>+*&‘=@¥になってしまえば……」
ゴンッ!
いけない、口じゃなくて手が出てしまった。気が付いた時にはアタシは飛び出して御門さんの頭を一発叩いていた。
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