第21話 琴音ちゃんとお出かけ 1

 時が経つのは早いもので、桜崎学園の高等部に入学してから、もう一カ月が経とうとしていた。

 振り返ってみれば、この短い間にいろんなことがあったなあ。琴音ちゃんと出会って仲良くなったり、壮一と琴音ちゃんをくっつけるために奮闘したり、空太にツッコミを貰ったり、御門さんにウザいくらいに絡まれたり。


 だけどこの一カ月は今まで生きてきた中で、おそらく前世での一生を合わせても、最も充実した時間だっただろう。だってあこがれだったあな恋のキャラクター達と、あな恋の舞台である桜崎学園の高等部、同じ時間を過ごせていたのだから。

 もう毎日が興奮の連続だった。授業中や休み時間に、ゲーム内で起きていたのと同じシチュエーションが再現された時は声を上げそうになったし、廊下を歩いている時にたまたま攻略対象キャラとすれ違ったことがあったけど、その時は思わず目で追ってしまった。

 悪い言い方だけど、アタシは壮一以外の攻略対象キャラクターの事を、琴音ちゃんを狙う悪い虫という風に考えている。琴音ちゃんは壮一とくっつくべきだと思っているからね、これは仕方がないだろう。


 一応言っておくけど、決して彼等のことが嫌いなわけでは無い。だって彼等は全てあな恋を作る上では欠かせない、崇拝すべきキャラクター達だ。目的を果たすため警戒心は抱いているものの、やはり見かけたらつい嬉しくなってしまう。

 アタシにかかればあの面倒臭い御門さんでさえ、大事なあな恋のキャラクターなのだから、嫌いになりきれずにいるのだ。顔を合わせる度にケンカはしているけどね。


 そんなあな恋尽くしの時間が怒涛のように過ぎ去っていったけど、今日はゴールデンウィークで学校はお休み。聖地櫻崎学園にも、少しの間行くことは無い。

 しかし休みだからと言って、アタシのあな恋ライフまでお休みと言うわけでは無い。今日はある目的があって、空太と一緒に街を歩いていた。


「空太、今日はくれぐれも大人しくしててね」


 そう言いながら隣を見ると、空太もこちらに目を向けてくる。


「わかってるよ。と言うか、アサ姉にだけはそれを言われたくないんだけど。普段騒ぎを起こしているのはアサ姉の方だし」

「何を言い出すかなこの子は?アタシは別に騒ぎなんて起さないよ」

「どうだか。アサ姉、あな恋のことになると暴走するのがデフォルトだからねえ。知らないかもしれないけど、アサ姉が学校で良く騒ぎを起こしているって噂が、中等部にまで流れて来てるんだからね」

「そ、それは御門さんに絡まれたり、ゲームであったシチュエーションが現実のものになったことに興奮しちゃったからで、やむを得ないことだもん」


 と、一応言い訳はしてみたものの、騒ぎを起こしている自覚が無いわけじゃない。琴音ちゃんと壮一を仲良くさせようと画策する事もあれば、逆に他の攻略対象キャラが琴音ちゃんと仲良くなるのを阻止しようとしたこともあった。

 何せ桜崎の高等部では、琴音ちゃんと付き合う可能性のある攻略対象キャラクターがゴロゴロいるのだ。アタシとしては彼等が必要以上に琴音ちゃんと仲良くなってしまっては困るわけで、毎日のように琴音ちゃんをストーキングしては壮一以外の人とキャッキャウフフなシチュエーションが起きないよう注意しているのだ。


 例えば、琴音ちゃんが先生に頼まれたノートを運んでいるのを見て、琴音ちゃんと同じクラスの男子が「手伝おうか」と声をかけてきたことがあった。

 その男子も勿論攻略キャラ。それを見たアタシはすかさず、こんな事もあろうかと柔道部から拝借してきた畳を持って二人の前に現れて、こっちを手伝ってもらった。それにしても、畳を運ぶ女子生徒なんて、今思えばシュールの光景だなあ。


 またある時、琴音ちゃんが廊下で男子生徒と喋りしているのを見かけたこともあった。相手は一つ年上で体育会系の先輩、当然攻略対象キャラ。

 いつの間に知り合っていたのか、楽しそうに話している二人を見てこれはいけないと思ったアタシは、すかさず近くにあった火災ベルを鳴らした。結果生徒は全員校庭に避難、琴音ちゃんと先輩のお喋りも無事中断させられたわけだ。

 その後先生にこっぴどく叱られたけど。権力の犬ばかりと言われていた桜崎の先生にも、まともな人はいたんだね。


 まあそんな訳で、我ながら少々無茶をしたという自覚はさすがに有る。おそらくアタシは先生達から、今年の新入生の中で二番目に頭を抱える問題児となっている事だろう。

 因みにアタシの思う問題児一位は御門さん。いくらアタシでも、御門さんよりはマシだろう。しかしその事を言うと、空太はおもむろにため息をつく。


「マジで先生の胃に穴が空かない事を祈るよ。アサ姉、あな恋のことになると見境なさすぎ。今日こうやって出かけるのだって、それ絡みだしね」


「まあね。だって今日は、ゴールデンウィーク限定のイベントが起きる日なんだもの。ゲームでは今日のこの日、街へ出かけた琴音ちゃんが偶然攻略対象キャラと出会うことになってるの。もちろんその時あったキャラの好感度が上がるから、何としても壮一と会わせたいってわけ」

「なるほどね。で、本来は偶然出会うはずだけど、事前に一緒に遊びに行く約束を取り付ける事で、偶然を必然にしようって考えたわけね」


 うんうん、その通り。ゲームでは街に出た琴音ちゃんがどこに行くかを選択するのだけど、生憎今世の琴音ちゃんがどこを選ぶのかは分からない。ゲームだとカフェに行けば、そこで旭様や壮一と会っていたのだけど、もしかしたらスーパーでお買い物、なんて選択肢を選ぶかもしれないのだ。

 だったら、事前にこの日の行動を誘導しておけばいい。ゴールデンウィークの前の日、アタシは休みになったらカフェにお茶しに行かないかと琴音ちゃんを誘っておいたのだ。結果快くOKを貰い、アタシ達は今日待ち合わせしたのちにカフェへと向かう手筈になっている。


 過程は違えど、これで皆でカフェでお茶をするというシチュエーションは再現できる。生憎壮一は急な用事ができたそうで今はいないけど、後で合流すると言ってくれたから多分問題はないはず。

 計画はおおむね順調。我ながらこの『事前にお約束作戦』は名案だったなあ。そうで無かったら当日朝から琴音ちゃんの事を見張って、偶然を装って街で会うしかなかったよ。

 まあそうは言っても、実は全て計画通りと言うわけでは無く、予定外のことも起こってはいるんだけどね。


「なに、アサ姉?」


 アタシの視線に気付いたのか、空太が首をかしげてくる。予定外だったのは今日の事を話した際、空太が自分も行ってみたいと言い出したこと。ゲームでは今日のお茶の場には空太はいなかったんだけどなあ。


「まあ別にいいんだけどね、問題があるとも思えないし」

「何人の顔見てブツブツ言ってるのさ?」

「ううん、何でもない。ところでさあ、どうして急に自分も行きたいだなんて言いだしたの?まさか、琴音ちゃんの事が気になっているわけじゃないよね」

 まさかね。そう思っていたけど、空太は少し考える仕草を取った後、小さく口を開いた。


「気になる……ねえ。まああながち間違ってはいないかな」

「ええっ⁉空太、いつの間に琴音ちゃんの事を好きになっちゃってたの⁉」


 衝撃のカミングアウト。こんな事は寝耳に水だ。

 何ということだ。壮一以外の攻略対象キャラが琴音ちゃんに惚れないよう、細心の注意を払ってきたというのに。まさか身近にいる空太が好きになっていただなんて。

 すると動揺を隠せないアタシに、空太は呆れた様子で視線を送ってくる。


「何勘違いしてるの。だいたい俺は琴音さんの顔も知らないんだよ。好きになるわけないでしょ」

「えっ?そう言えばそうだっけ。でも気になるって言ったよね」

「別に好きって訳じゃないけど、どんな人なのかは気にはなるよ。アサ姉から耳にタコができるくらい、毎日いろいろ聞かされてるからね」

「ああ、そういう事ね。たしかについ調子に乗ってたくさん喋っちゃってたっけ」


 何せアタシは人生を賭けるほどのあな恋好き。高等部に入ってからというもの、琴音ちゃんとどんな事を話したかや、どんなシチュエーションが再現されたかなど、その日あった出来事を誰でも良いから語りたいという衝動に駆られてしまったのだ。


(ああ、誰かとあな恋について語りたい。けど、今世ではあな恋の話が出来る人なんていないしなあ。けど、やっぱり誰かに言いたい。そうだ、空太がいた。あの子になら話せるや)


 てな感じで、毎日のように電話していたっけ。それじゃあ琴音ちゃんに興味を持っちゃうのも無理ないよね。


「それじゃあ仕方が無いか。話ばっかり聞かされて顔も知らないなんて生殺しだものね。けど、くれぐれも琴音ちゃんに失礼の無いようにね」

「わかってるよ」

「あと、琴音ちゃんが可愛いからって惚れないように」

「惚れないから!」

「でも、空太はあな恋の攻略キャラだしねえ。やっぱり心配しちゃうよ」

「あのねえ。忘れているかもしれないけど、俺はそれをまだ認めたわけじゃないから。そもそも俺が好きなのは……」

「え、なに?」


 最後の方はゴニョゴニョと口ごもっていてよく聞こえなかった。


「何でも無い。それより急がないと、待ち合わせに遅れるよ」

「ホントだ、もうこんな時間。琴音ちゃんを待たせるわけにはいかないわ。さっさと歩くよ!」


 空太を引っ張りながら、足早に街を歩いて行く。空太を琴音ちゃんと合わせて大丈夫かという気持ちは依然あるけど、まあ大丈夫だと思っておこう。

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