第16話 登場、悪役令嬢! 2


 声をかけてきたのは、まるで昔の漫画の高飛車なお嬢様キャラが、そのまま三次元に這い出てきたような人。

 ピンと伸ばした背筋はふんぞり返っているようにすら見え、目の錯覚かその背後には、豪華な華が浮かんでいるようにも見える。もちろん実際はそんなものは無いのだけど、そう思わせるだけのオーラがこの人にはあるのだ。

 おまけに彼女の後ろには、取り巻きと思われる女子生徒が二人立っていて、本当に典型的なマンガで出てくるお嬢様、いや、悪役令嬢といった雰囲気。

 そしてアタシは、残念ながらこの人の事をよく知っていた。


「お久しぶりね春乃宮さん。また同じ学校に通えるだなんて嬉しいですわ。本当なら入学してすぐに挨拶に伺うのが礼儀ですけど、わたくしあなたの事などこれっぽっちも眼中に無かったので、すっかり忘れておりましたわ。ごめんあそばせ」


 言葉に棘を感じるよ。忘れていたって言うのなら、そのままずっと忘れていてくれればよかったものを。彼女は嫌みったらしく笑いながら、元々反らしていた背筋を更に後ろへ折り曲げていた。


 この人の名前は、御門樹里みかどじゅり

 春乃宮家と並ぶ名家の娘で、彼女との付き合いはかなり古い。幼馴染と言ってもいい間柄だ。

 小学校は同じで、中学は違ったけど家同士の繋がりもあり、パーティーなどで顔を合わせる機会は度々あった。

 そんなわけで長い付き合いではあるのだけど、アタシと彼女は別に仲が良いと言うわけでは無い。どれくらい良くないかというと。


「ああ、そういえば御門さんも桜崎にいたんだっけ。全然気づかなかった」

「なんですってぇぇぇっ!」


 ほらこの通り。話し始めて数秒で機嫌を損ねてしまうくらいには仲が悪い。ちなみに今まで御門さんの事に気付かなかったのは別に嫌味で言ったわけじゃないから。琴音ちゃんと壮一をくっつけることで頭がいっぱいだったんだ。


「あ、あ、あ、アナタ!言うに事欠いて気付かなかったってなんですの!あたくしの溢れ出るゴージャスな存在感をスルーするだなんて、目が死んでいるのではございませんの!」


 あー、確かにそうかもね。御門さんは良くも悪くも……悪くも悪くも悪目立ちする人だから、よく今まで気が付かなかったなと我ながら感心する。

 それにしても自分もそうだったくせに、気づかなかったの一言でやけにリアクションが大きい。まあ仕方が無いか、御門さんだもの。


 長い付き合いなので彼女の弱点はよく知っている。煽られる事に対して異様に耐性が低いのだ。一の煽りで十くらいのリアクションを返してくる。

 悔しそうにキーッと声を上げながら地団太を踏むのは良いけど、ちょっとうるさいよ。私だけでなくさっきまで話していた三人も思わず耳を塞ぐ。


「落ち着いてくださいませ御門様」

「気をしっかり持つのです」


 沈黙を守っていた取り巻きの二人が、慌てて御門さんを宥め始める。そういえば御門さん、昔からよく騒ぎを起しては取り巻きがそれを鎮めていたっけ。大変だなあ、彼女達も。


「ハァ、ハァ……あなたみたいな春乃宮家の肩書をとったら何にも残らないようなモブならともかく、わたくしの存在に気付かないだなんてどうかしてるんじゃありませんの!」


 モブ⁉この人、よくも気にしてる事を。

 アタシは旭様のような麗しい顔でもないし、能力だって数段劣ることを何よりも気にしている。弱点をよく知っていると言うのは彼女もまた同じだった。アタシ達はこんな風に顔を合わせる度に、いつもケンカをしているのだ。

 さすがに高校生になったのだから、向こうも少しは大人しくなるだろうと思っていたけど、どうやら少しも変わっていない。いや待てよ、前とはちょっと雰囲気が違うような……


「そう言えば、今日はあの独特な笑い方はしないの?小学校の頃は『オーッホッホッホ』って言うギャグにしかならない、漫画に出てくる金髪をくるくる巻いたお嬢様のような笑い方をしてたからね」

「なっ⁉人の黒歴史をほじくり返すんじゃありません事よ!」


 真っ赤な顔で抗議をしてくる。ああ、どうやらさすがに今では、あの笑い方の事を恥ずかしいって思っているみたいだ。


「あ、あの過去はもう封印しましたの。完璧に、厳重に、二度と表に出ないくらいに。今後二度と口に出さないでくださる」


 どうやら彼女の中でも相当イタイ記憶らしい。大きく深呼吸をして息を整えなおしている。


「……そんな事よりも、先ほどのお話ですわ」

「さっきの話。何だっけ?」

「あなたの交友関係についてです!」


 ああ、その事だったんだ。琴音ちゃんの事を悪く言われて腹が立っていたのに、御門さんのキャラが濃すぎてすっかり忘れてしまっていたよ。


「聞きましたわよ。あなた最近庶民……失礼、特待生の方と随分仲良くしているようね」


 そう言って楽しそうにニヤニヤと笑う。


「よろしくてよ。人間分相応というものがありますわ。あなたのような人はその特待生の方と一緒にいるのがとっっっても似合っていますわ。遠慮なく仲良くするといいですわ。オーッホッ……ゴホゴホッ!失礼」


 今絶対『オーッホッホ』って笑おうとしてたでしょ。どうやら封印した扉には、鍵をかけ忘れているようだ。


「あなた達もそう思いますわよね」

「「はい、そのとおりです御門様!」」


 後ろに回っていた二人の取り巻きに問いかけると、息を合わせた返事が返ってきた。そして更に。


「そこのあなた達も、もちろんそう思いますわよね?」


 今度は、アタシと話していた三人に問いかける。だけどこれには、彼女達も戸惑った様子。


「えっ?」

「そっ、それは……」


 この三人は面と向かって私を悪く言うことはできないのか、言葉に詰まっていた。

 まあ当然か、家柄を考えるとこの学校のトップ二人の板挟みになっているんだ。あるいは単に御門さんのキャラに圧倒されているのかもしれない。何も言えずに困った顔をしていると……


「ほら、彼女達もそうだと仰っていますわよ」

「えぇっ!」


 言って無いから。いったいどんな耳してるの?

 ほら、三人ともフルフルと首を横に振ってるよ。だけど御門さんはそんなことは気にせず、何故か勝ち誇ったように言う。


「あなたは特待生の方と一緒にいるのが、とおっっっても、お・に・あ・い・ですわよぉぉぉぉっ!もう一度言いますわ、アナタは特待生の方と一緒にいるのが、とおっっっても、お・に・あ・い・ですわよぉぉぉぉっ!」


 ……いや、何で二度言ったの⁉もう訳わかんないよ!

 だいたい彼女にとっては嫌味かもしれないけど、アタシにしてみれば琴音ちゃんとお似合いだと言うのはむしろ嬉しい限りだ。


 ああ、何だかバカバカしくなってきた。これ以上この人に付き合っていたら、琴音ちゃんとの約束に遅れてしまう。そう思ったアタシは背を向けさっさと食堂に向かう事にする。すると。


「えっ、春乃宮さん行っちゃうのですか?残って御門さんを何とかして下さいよ」


 最初に話していた三人が悲痛な叫びをあげる。だけど、関わりたくないと言うのはアタシだって同じなのだ。でも安心して。どうやら彼女もこれ以上ここに留まる気は無いようだから。


「さて挨拶も済んだことですし、そろそろお暇しますわ。何せわたくし、誰かさんと違って色々と忙しいですからね。誰かさんと違って、ね」


 いちいちいう事が嫌味だけど、アタシは何も言い返さずにスルーする。ここで挑発に乗ったって、面倒くさいだけだって事は分かってるんだ。


「さあ、行きますわよ鳥さん、牧さん」

「「はい、御門様!」」


 そう言って御門さんとその取り巻き達もまた去って行ったようだ。

 そういえばあの傍にいる二人、鳥さんと牧さんって言うのか。二人ともまんま取り巻きを連想させる名前だ。

 いや、おそらくそこから名付けられたのだろう。何せ彼女たち二人は御門さんの取り巻きとなるべくして作られたキャラクターなのだから。


 何の話かって?「あな恋」の話だ。彼女達は「あなたと繋ぐ恋」の登場人物だった。ゲームでは名前は出なかったと思うけど。確か喋る時の名前の欄には『取り巻き1』『取り巻き2』って書かれていたっけ。

 そして彼女達のボスである御門さんも、もちろん「あな恋」の登場人物だった。

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