第17話 登場、悪役令嬢! 3

 御門樹里は「あな恋」の登場人物だ。

 だけど女の子である彼女はもちろん攻略対象ではない。その役割を一言で言うなら、主人公の琴音ちゃんを虐める悪役。それも、何とあろうことか旭様の婚約者というポジションだった。


 そりゃ彼女の御門家は名家だよ。二人が一緒になるのは春乃宮家にとっても御門家にとっても有益だよ。でもよりによってあんなのと婚約する事になるだなんて、おいたわしや旭様。

 アタシも、もし男に生まれていたら婚約の話が上がっていたのかも。恐ろしい話だ。


 とは言えゲームをプレイしていた頃は、実は彼女の事をそんなに嫌ってはいなかった。

 あのギャグとしか思えない性格は画面越しに見ている分には面白く、琴音ちゃんを虐めているシーンでさえもどこか滑稽で笑わせてもらった。更に彼女は、たとえどのルートを通ったとしても最終的には旭様から婚約破棄を言い渡されると言う哀れな結末を迎える事になる。

 そのため悪役と言っても、憎い相手と言いうよりも愛すべきおバカキャラと言う印象の方が強かったっけ。


 だけどそれはゲームでの話。いざ現実に目の前にいると只々ウザかった。しかも何だかゲーム以上にイタイ性格に磨きがかかっているような気さえする。

 そうなったのには心当たりもある。実はゲーム内での彼女は婚約者である旭様に心底惚れていて、彼の前では一応お淑やかに振る舞っていたのである。

 まあそれは分かる。旭様に惚れない女の子なんて、探す方が難しいからね。だけどこの世界でそのポジションにいるアタシに対する態度は、何故かその逆。事あるごとに突っかかってきては今日のような口喧嘩を繰り返している。


 おそらくだけど、自分と対等の家柄の女の子であるアタシに対して対抗心を燃やしたのだろう。小さい頃からライバル心をむき出しにし、ことあるごとに絡んできたっけ。

 アタシもその度に反撃していくと、彼女の攻撃や対抗心もますますエスカレートしていくばかり。そんな争いを何年も繰り返した結果、元々イタかった性格がさらにパワーアップしていったのだものと思われる。


「……旭ちゃん」


 これから三年間、御門さんと同じ学校に通うと思うと頭が痛い。しかしそんな彼女の存在も、アタシの思い描く壮一と琴音ちゃんのラブラブ計画成功のためには我慢しなければならないと言うのが頭の痛い話だ。


「……旭ちゃん……旭ちゃん」


 おや、誰かが呼んでいる。あれこれ考えていたのを一旦停止し顔を上げると、そこにはアタシの顔を覗き込む琴音ちゃんがいた。

 ここは食堂の一角。あの後琴音ちゃんと合流し、今は二人でお昼ご飯を食べている最中だった。


「ごめん、ボーッとしてて。何の話だっけ?」


 御門さんの事も気になったけど、せっかく琴音ちゃんとの食事だと言うのに話も聞いていないだなんて何たる不覚だろう。


「ううん、大したことは話してないから。それよりずいぶん考え込んでいたみたいだけど、どうかしたの?」


 琴音ちゃんが心配そうに聞いてくる。ああ、何て優しいんだろう。だけどとても相談できる内容じゃない。下手をすると前世にかかわる事まで喋ってしまいそうになる。


「ううん、そういうわけじゃないの」

「そう?それならいいいけど。でも何か悩んでる事があるなら言ってね」


 決して相談することはできないけど、こんな風に気遣ってくれるなんて素直に嬉しい。


「うん、ありがとう」


 琴音ちゃんに余計な心配をかけないためにも、御門さんの事は忘れて今は食事を楽しもう。

 アタシが食べているのは日替わりメニューのランチプレート。今日はカニクリームコロッケがメインとなっている。一方琴音ちゃんは食堂のメニューではなく、家から持参したお弁当だ。ここの食堂の価格設定は琴音ちゃんの家庭には少々厳しいらしく、昼食はいつもお母さん手作りのお弁当を持ってきている。


 楽しく話しながら食べていると、ふとこちらに向けられた視線を感じた。最初はアタシを見ているのかと思ったけど、どうも違うみたいだ。それに何やらクスクスと笑い声まで聞こえてきた。


「……何だ、あの弁当。ずいぶん安っぽいな」

「ここのメニューじゃ高くて手が出ないんだろ。何しろ学費も払えない特待生だからな。あんなの持ってこれるだなんて、庶民は図太いな」


 話しているのは二人の男子生徒。どうやら琴音ちゃんのお弁当を見てバカにしているようだ。

 このお弁当のいったい何が悪いと言うのだろう。いや、お弁当と言うより特待生を笑いたいだけで、理由は何でもいいのかもしれない。なんにせよバカバカしい話だ。

 彼等の会話は勿論琴音ちゃんにも聞こえたらしく、何だか表情が曇っている。よーし、それなら。


「ねえ、その玉子焼き貰ってもいい?」


 アタシは聞こえてくる声をかき消すように、わざと大きめの声で言った。


「えっ?いいけど」


 琴音ちゃんは驚いた顔をしたけど、お弁当箱から卵焼きを取り出すと私のお皿に乗せてくれた。

 アタシはありがとうと言った後にさっそく一口食べると、ほんのりとした甘みが口の中に広がっていった。

 琴音ちゃんのお弁当は決して特別なわけでも豪華なわけでも無い。だけど今食べた卵焼きに限らず、その全てがお母さんの手作りで、どれも丁寧に作られている。それを毎朝早く起きて用意するのだから、その球は結構なものになるだろう。お母さんがいかに琴音ちゃんを大事に思っているかがよく分かる。


「美味しい。琴音ちゃんのお母さんって料理上手だね」

「そ、そうかな」


 琴音ちゃんは照れながらも嬉しそうだ。次に悪口を言っていた奴らに鋭い目を向ける。

 彼等は流石に居心地が悪かったのか、それ以上は何も言わずに去って行った。これでようやく落ち着いて食事ができる。


「旭ちゃん、ありがとう」


 再びテーブルへと向き直ると琴音ちゃんが言った。


「何が?」


 とぼけたけど、琴音ちゃんは小さく笑ってそれに返す。


「私なら平気だよ。なんたって庶民は図太いからね」


 真っ直ぐにそんな事が言えるのは、きっと図太さではなく強さと言うのだろう。

 ゲームでは今後しばらく琴音ちゃんは特待生という事で何度も理不尽な扱いを受ける事になるけど、それでも決して心が折れることは無かった。

 琴音ちゃんがもう一度笑うと、つられてアタシも笑ってしまう。

 彼女と話していると、何とも言えない心地よさを感じる時がある。それは多分、彼女があな恋のヒロインだからと言うだけじゃない。


 今までアタシの周りにいた人は、そのほとんどがアタシを春乃宮家の娘と言うフィルターを通して見ていた。もちろん壮一や空太という例外はあるけど。

 被害妄想と言われてしまうかもしれないけど、事あるごとに家の名前を出されたり、同級生から敬語で話されたりすると嫌でもそう感じてしまう。そのせいで回りの人と壁を感じたり息苦しく思ったりする事も少なくなかった。だけど、琴音ちゃんは違った。


「そう言えば旭ちゃん、午前中の授業でね……」

「ええっ、そんな事があったの?」


 他愛もないお喋りをしながら、笑い合うアタシ達。琴音ちゃんは、アタシを春乃宮家の娘としてではなく一人の友達として見てくれていて、それがとても心地良い。

 きっと家柄やそれによる格付けなんかとは無縁の生活を、長い間送ってきたと言うのが大きいだろう。

 知り合ってすぐ、アタシの家の事を知った時は流石に少し緊張していたようだったけど、気にせず普通に接してほしいと伝えると次第にその硬さも無くなって良いき、今ではすっかり砕けた関係になっていた。


 そう言えばあな恋で旭様も、琴音ちゃんが自分を春乃宮としてではなくただの『旭』として見てくれることが嬉しいと言っていたっけ。当時のアタシはそんな名家に生まれた者の悩みなんて知りもせずに、うんうんと分かったように頷いていたけど、今になってその時の旭様の気持ちを、少し理解できた気がする。

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