例え悪役令嬢が出てこようと計画に変更なし!

第15話 登場、悪役令嬢! 1

 桜崎高校に入学してから、もう二週間が過ぎようとしていた。新しい環境にも慣れてきて、授業を受けている時も最初の頃にあった緊張はすでになくなっている。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、チョークを持った先生の手が止まる。午前中の授業は全て終わりで、これから昼休み。先生が終了の挨拶をすると、生徒たちは次々に席を立ち始めた。


 おそらくほとんどの人がこれから食堂へと向かうのだろう。桜崎の食堂は味が良いだけでなくメニューも充実している。さらにその作りも豪華で、食堂と言うよりもレストランと言った方がずっとしっくりくるかな。

その分値段も学校の食堂としては驚くくらいの価格設定になっているけど、それを利用する生徒たちもまたほとんどが一般庶民からはかけ離れたリッチな生活を送っている人達だから、何の問題も無い。まあアタシも例外では無いんだけどね。

教科書を片付けると教室を出る前に、壮一の席へと向かった。


「アタシは今からお昼行くけど、壮一はどうするの?」

「俺は図書室に用があるから、悪いけど今日はパス」


 ありゃりゃ残念。

 壮一は私と一緒に行動することが多いけど、何も常に傍にいるわけじゃない。お昼だって一緒に食べることもあれば別々なこともある。できれば一緒が良かったけれど、用事があるなら仕方がない。


「旭は、お昼は倉田さんと?」

「うん。一緒に食べようって約束してるの」


そう、アタシと琴音ちゃんは入学式の日以来、ちょくちょく会って話をし、当初思っていたよりもずっと仲良くなれていた。

ゲームでは今くらいの時期だと、琴音ちゃんと旭様はたまに顔を合わせるくらいの間柄だったのに。同姓と言う気安さと私の積極的なアプローチによって、ゲームよりもより親しい関係になっている。今日みたいに一緒にお昼をとるなんてのがいい例だ。

琴音ちゃんと仲良くなるのはアタシが単純に嬉しいだけでなく、壮一と琴音ちゃんが接する機会も多くなるという利点もある。今回は生憎三人でお昼と言うわけにはいかなかったけど、まあこれからもチャンスはあるだろう。


「壮一も今度、一緒にお昼しない?」

「でも、俺がいたら二人の邪魔にならないか?」

「そんなこと無いよ。琴音ちゃんもきっと喜ぶって」

「そうか?旭や倉田さんがいいなら、俺は構わないよ」


 三人でのお昼の約束、頂きました。絶対だからね。


「間に合うか分からないけど、図書室に行った後時間があれば、俺も学食に行ってみるよ」


 え、本当?アタシは心の中でガッツポーズをする。

こんな風に壮一と琴音ちゃんの接点が増える事を考えると、今の所二人をくっつける計画は思っていたよりもずっと順調だと思われる。これは嬉しい誤算だよ。


 図書室へ向かう壮一と別れて廊下に出て、上機嫌で食堂へと歩いて行く。だけどその時、不意に声をかけられた。


「あの、春乃宮さん」


 目を向けると、そこにいたのは同じクラスの女の子が三人。

上品な物腰や仕草から、育ちの良さがうかがえる。桜崎では珍しくないとはいえ、三人ともいかにも良家のご息女と言った雰囲気だ。で、そのお嬢様たちが、アタシにいったい何の用?

すると、真ん中の一人が口を開く。


「春乃宮さん、よろしければお昼は私達とご一緒しませんか?」


 ああ、お昼のお誘いか。

最近こういったお誘いを受ける事が多くなった。最初のうちは春乃宮と言う家の大きさに圧倒され距離を置いていたクラスの子達も、少し経った今では多少敬語交じりではあるけど声をかけてくるようになった。

 友達ができるというのは素直に嬉しい。とはいえ、お昼はすでに琴音ちゃんと食べる約束をしているから。残念だけどここは、またの機会ということでご遠慮願おう。


「ごめんなさい。先に約束している人がいるの」


 せっかくの申し出ではあるけど、先約という事もありやっぱり琴音ちゃん優先だ。でもこの人達さえ良ければ皆で一緒にとるのも良いかもしれない。

 だけど、彼女たちは私の返事を聞いて、何やら表情を曇らせる。


「その相手と言うのは、もしかしてあの特待生の方ですか?」

「そうよ。知ってるの?」


 琴音ちゃんのような特待生の数は非常に少なく、それ故に他の生徒からも覚えられやすい。加えてアタシと一緒にいることも多かったから、彼女達の目に留まっていてもおかしくは無かった。

 だけど何だろう?三人とも、あまりいい顔をしていない気がする。するとその中の一人が、信じられない事を言い出した。


「春乃宮さん。失礼だとは思いますが、ご友人は選ばれた方が良いのではないでしょうか」

「…どういう意味?」


 思わず眉を顰める。彼女等は多少気圧されたみたいだったけど、それでも発言を取り下げることは無く、言葉を続ける。


「彼女のような凡庸な方では春乃宮さんのご友人として相応しくないと思うんです。交流を持つのならもっと、家柄のしっかりした方がいくらでもいるじゃないでしょうか?」


 …………はぁ。

顔にこそ出さなかったけど、心の中で大きくため息をつく。まったく、真顔でとんでもない事を言う子達だ。

桜﨑の生徒はそのほとんどが、どこかしらの良家に縁をもっている。そんな人達で形成されているからだろうか、ここでは本人の能力よりも家柄がそのままステイタスになっているところがあった。

更にはそれにより生徒達の間でランク付けのようなものまで行われていて、独自の学園カーストを作り上げている。その基準で言えば春乃宮家のアタシはランクの最上位に位置し、名家でもその縁者でもない琴音ちゃんは最下層という事になる。彼女達はそんな琴音ちゃんとアタシが仲良くしている事が、面白くないのだろう。

だけどアタシからすれば、そんな彼女達の発言の方がよほど面白くなかった。


「琴音ちゃんは良い子だよ」


叫びたい気持ちをぐっと抑えながら静かに答える。そもそもアタシは、家柄でランクをつけるだなんて馬鹿げたことだと思っている。その人のことをよく知りもしないで評価を下し、付き合にさえ口出ししてくるだなんて、あんたらいつの時代の人間だ。


だけどそんなアタシの想いは、どうやら彼女達には届いてはくれなかったようだ。


「ですが彼女は一般庶民、それも特待生ですよ。学校への寄付金だってロクに払ってない人達じゃないですか」


 だから何だって言うんだ?

特待生はそのほとんどが一般的な家庭の子達の為、たとえどれだけ優秀であっても他の生徒からは低く見られるという、間違った事態になってしまっている。

成績や人柄よりも、第一に家柄。アタシにとっては馬鹿げたことでも、生憎この子達にとっては大真面目なのだ。


 桜崎がこういう場所だと言うのは前世であな恋をやっていた時から知っている。また、この世界に生まれてから今まで出会った人の中にもそんな考え方の人は何人かいたし、アタシ自身春乃宮という家柄から、持ち上げられることも多かった。彼女達が同学年にもかかわらずアタシに敬語を使っているのもその為だ。

 だけどこうして琴音ちゃんの事を悪く言われると、あんなに良い子がどうしてこんな風に言われるのって思って、腹が立った。

あまり波風は立たせたくないけれど、こんな事を黙って聞き流せるほどアタシは寛容じゃなかった。

「ちょっと、よく知りもしないで何を勝手なことを言ってるのよ……」


 とうとう耐えかねて、抗議の言葉を口にする。だけどその時……


「あら、いいではありませんか。春乃宮さんがその子と仲良くしたいと言うのなら、無理に止める必要はございませんわ」


 突如アタシ達の間に新たな声が割って入り、その場にいた全員が一斉にそちらに目を向ける。

 この人は……


「御門さん……」


 そこにいたのは長いウェーブのかかったブロンドの髪をした、いかにも勝気そうな女子生徒だった。

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