第14話 反省会 2


「ところでアサ姉、部活動見学をしてきたんだろ。何部に入るかは決めたの?」

「そんなのどこにも入らないわよ。旭様がそうだったし。今日見学に行ったのはあくまで琴音ちゃんと会うためよ」


 前に空太には出会いイベントのについて話した事があるのだから、そんな事は分かっているだろうに。しかしこれを聞いた空太は表情を曇らせる。


「結局は旭様に合わせるわけね。けど旭様はそうだったかもしれないけど、アサ姉には無いの?やりたい事」

「別に無いわね。今は壮一と琴音ちゃんをくっつけるのに手一杯だし。それがアタシがこの世界にいる意味だからね」


 他の事にうつつを抜かして、大事な使命を疎かにするわけにはいかないのだ。


「ふーん。だったらさあ、どうして中学の頃はテニス部に入っていたの?」


 その質問にギクリとする。実は旭様は中学でも何の部活に入っていなかったのだけど、アタシはテニス部に籍を置いていたのだ。


「ちょ、ちょっとした気の迷いよ」


 慌ててそう言ったけど、そんなものじゃ空太は誤魔化されない。ジトっとした目でアタシを見てくる。そして……


「まあだいたい分かるけどね。大方俺にちゃんと、テニスを教えたかったからだろう」


 ううっ、さすが空太。やっぱりわかっちゃったか。

 実はゲームでは旭様はどの部活にも入っていなかったけど、その代わりいろんな部活の助っ人を買って出ていた。もちろんテニス部も例外では無く、その腕は天才的。そしてテニス部の活動に参加している時、一つ年下の従兄弟の存在が気になってしまったのだ。

 当時テニスがあまり上手じゃなかった空太の為、旭様は彼の練習に付き合う。空太はそんな旭様に憧れて努力を続け、やがては大会で準優勝を勝ち取るほどに成長するのだ。


ああ、美しい友情が垣間見れるイベント。前世のアタシはこの心温まるエピソードに目頭が熱くなったものだ。しかし、今世でこれを再現するにはいささか無理があった。何せアタシは旭様みたいに運動神経はよくない。つまり、空太にテニスを教えることができなかったのだ。

このままではいけない。そう思ったアタシは中学に入るとすぐにテニス部に入部した。全てはいずれ来る空太にテニスを教えるため。凡人のアタシは前もって努力して、腕を磨く他なかったのである。


「アサ姉、俺がテニスを始めてから、随分熱心に指導してくれたよね。自分だってそこまで上手いわけじゃないのにさ。大方旭様がそうしてたから、自分もやらなくちゃって思ったんだろうけど」


 やっぱり空太はお見通しのようだ。けど実は旭様の真似をしたかっただけと言うわけじゃないのだ。

 テニス部に入った理由はもっと単純に、空太の力になりたかったから。今でこそ生意気を言ってくる空太だけど、昔はよくアタシの事をお姉ちゃんと呼んで後ろをついて来てたっけ。

 旭様は関係なく、そんな可愛い従妹のために、アタシはこの子にテニスをやってて楽しいって思えるようになってほしかったのだ。恥ずかしいから本人には言えないんだけどね。


「ま、まあ良いじゃないその話は。そういや空太、最近の調子はどう?次の大会ではいい結果が残せそう?」

「まあね。たしかアサ姉の話では、俺は準優勝できるんだっけ」

「あな恋ではそうだったわね。けどごめん、練習に付き合ったのが旭様じゃなくてアタシだから、どれだけ力になれたか見当もつかなくて、どうなるかなんて分からないの」


 今世でも空太は確実に上手くなってきているけど、あな恋の空太と比べるとどうなのだろうか。目下のところ見当がつかない。もしかしたら実力が追い付いていなくて、初戦敗退ってことも。そうなると空太は落ち込んでしまうだろうか?そんなことを想像して、つい不安になってしまう。

 アタシじゃ旭様の代わりなんてつとまらないというのは分かってる。けどそのせいで、空太にまで嫌な想いをさせてしまうのは嫌だ。


「何?急に沈んだ顔して。まあ大方、指導したのが自分だからいい結果が残せないかもって考えてるんでしょ」

「ど、どうして分かったの?」

「アサ姉は単純バカだから、考えてることくらいすぐに分かるよ。けど大丈夫。準優勝どころか、優勝を狙ってるから」

「へ?」


 いやいや、いくらなんでもそれは。だって旭様が指導しても準優勝止まりだったんだよ。気持ちはわかるけど、それはちょっと難しいんじゃないかなあ。


「別に可能性が全く無いって訳じゃないでしょ。アサ姉が旭様より教えるのが上手かったかもしれないんだし」

「何言ってるの?そんな恐れ多い」


 アタシが旭様より上手いだなんて、そんな事あるわけない。現にアタシのテニスの腕は凡人並みなんだし。


「俺は旭様を知らないから、アサ姉がそれより劣ってるなんて言われてもピンとこない。けど、テニスを教えてくれたアサ姉は最高のコーチだったって信じてる。旭様には無い強さを、きっとアサ姉は持っているよ」

「ないない、そんなの買い被りだって。アタシにできて旭様にできない事なんて無いんだもの」

「そう?それじゃあ旭様もアサ姉みたいに試合中に奇声を発したり、鬼のような形相をして相手を委縮させて格上選手に勝つような珍プレーをしていたの?」

「旭様がそんなことするわけ無いでしょう!て言うかアタシだってそんなことしてない!」


 鬼のような形相って、女の子に使う言葉か?確かに去年試合で強豪選手と戦った時には気合を入れて挑んで、勝利をおさめた事はあったけど。

 空太も見ている試合だったし、旭様なら負けないと思って、死に物狂いで勝ちに行ったんだっけ。


「アレは優雅さの欠片も無いプレーだったけど、必死さが伝わって来たよ。相手が自分より強くても、決して憶すことなくぶつかっていく。それは元々何でも出来る旭様では教えられなかった事じゃないの?やっぱり、指導してくれたのがアサ姉で良かったよ」

「そ、そんなこと無いよ」


 アタシの方が旭様よりも良いだなんて、そんなの間違ってる。けどそんな空太の言葉を、嬉しいと思ってしまっている自分もいた。

 今までアタシは、ずっと旭様の名を汚してしまっているのではないかという罪悪感を抱いてきたけど、こんな風に誰かから肯定されるなんて初めてだったから。まずい、そんなはず無いって思っているのに、嬉しさのあまりつい顔がにやけてしまう。


「とにかくそう言うわけだから。旭様を意識してしまうのは仕方が無いにしても、アサ姉はもっと自信を持った方が良いよ。今度の大会で、俺が証明してみせるから」

「空太……」


 何だかんだ言いつつ、この子も良い所があるのよね。

 いつもは生意気な憎まれ口をたたいてばかりだけれど、こんなうれしい事を言ってくれるだなんて。感極まったアタシは、思わず空太を抱きしめた。


「ありがとう、ありがとう空太。いったいいつの間にそんなイケメンセリフを言えるようになったの?お姉ちゃんは嬉しいよー。さすがはあな恋の攻略対象キャラクター」


 左手で空太を抱き寄せながら、右手ではわしゃわしゃと頭を撫で繰り回す。一方空太は慌てたようにジタバタもがいている。


「ちょっとアサ姉、こんな風に子ども扱いするのはやめてよね」


 真っ赤になっちゃって、やっぱり可愛い。この愛くるしいマスクに、いったいどれほどのあな恋ファンがメロメロになったことか。

 アタシは従姉妹のお姉さんという特権を生かして、空太を可愛がり続けるのだった。

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