第8話 ゲーム開始 2


 各部活動が各々パフォーマンスを始めている部室棟は、何と言うか……カオスだった。

 フルートを演奏している吹奏楽部や、似顔絵デッサンをしている美術部はいい。問題なのは交霊術の真っ最中の心霊同好会や、足に紐を括り付けて校舎の屋上から飛び降りているバンジージャンプ同好会といった珍妙な同好会たち。


 なぜ学校側はこんな部を認めているんだと突っ込みたくなるようなものもあるけど、それらの多くは学校に多額の寄付金を払うことによって認められているという噂がまことしやかに囁かれている。と、ゲームでは説明されていた。

 金持ちめ……いや、この世界では私も金持ち側の人間か。


 それはともかく、どの部活や同好会も、新入生を獲得しようと躍起になっている。少しでも目立とうと部室を飛び出し、廊下でパフォーマンスをする部活も少なくはない。


「こら登山部、ここは文化部の部室棟だぞ。廊下にテントを設置するんじゃない!常識が無いのか!」

「お前らに常識を問われたくはないぞミステリー研究会!何だよ安全安心な完全犯罪のやり方って!」


 ここまで来るとちょっとしたお祭りみたいだ。壮一もこんなおかしな人たちを目の当たりにして、思わず苦笑している。


「そう言えば、どうして文化部の方に来たの?中学まではテニスをやっていたからテニス部か、別のをやるにしてもてっきりスポーツ関係だと思ってたけど」

「あー、テニスは目的果たしたから、もう良いかなって思って」

「目的?まあ良いけど、それなら空太は残念がるかもね。旭と一緒にテニスをしてる時の空太、凄く楽しそうだったもの」


 壮一の言葉で、テニスウェアを着てラケットを持つ空太の姿を思い出す。中学の時はアタシはテニス部で、一つ下の空太とよく練習をしていた。ある目的があって始めたテニスだったけど、空太と一緒に過ごす時間は悪いものでは無かった。とは言え。


「高校では部活は入る気ないかな。元々そういう設定だし」

「設定って?と言うかそれじゃあ、何のために部活動紹介を見に来たの?」

「え、えっと。入る気は無いけど、もし見学しているうちに気になる部活があったら、入っても良いかなー、なんて」


 危ない危ない。あな恋で旭様はどの部活にも属していなかったからアタシもそうするつもりだけれど、そんなことを壮一に言っても分からないだろう。

 おっと、それよりも本題だ。実を言うと、本当は部活なんてろくに見ていなかった。

 全てゲームのストーリーに添えるよう行動して、琴音ちゃんとの出会いを果たすため。さっきから辺りを見回しながら、ずっと琴音ちゃんだけを探していた。


「おお、あれは!」


 目に飛び込んできたそれを見て、思わず声を上げる。と言っても、琴音ちゃんを見つけたと言うわけでは無い。だけど視線の先にあるアレこそが、出会うきっかけを作ってくれることをアタシは知っている。


「え、化学部?」


 壮一がキョトンとした声を出す。そりゃそんな顔にもなるだろう中学時代のアタシの化学の成績は、努力の甲斐あって平均以上ではあったけど、特別得意なわけでは無く、別段興味があるわけでもなかった。


「旭、化学部に入りたかったの?」

「そう言うわけじゃ無いんだけどね。何だか、面白そうな実験をしてるなーって思って」


 化学部の人達はペットショップにでもあるような大きな水槽を使って、何やら実験をしようとしている。だけど実は、アタシはその実験自体には何の興味も無いのだ。興味があるのは……


(ここで化学部の実験が行われてるってことは、近くにいるはずよね。未来の壮一の恋人で、アタシの女神でもある琴音ちゃんが!)


 そう、この化学部の実験が、琴音ちゃんと壮一の出会いのイベントを起こしてくれるのだ。と言うわけでアタシはその実験には目もくれずに、まだ見ぬ琴音ちゃんの姿を探し……


「――――っ!」


 叫びそうになって、けれど興奮のあまり口からはただの一音も言葉が漏れることは無かった。

 そこにあったのは小さな顔に、大きくて丸い瞳と、肩まで伸びたウェーブのかかった髪。何もかもがゲームと同じだった。琴音ちゃんだ。

 夢にまで見たリアル琴音ちゃんの姿を目の当たりにして、思わず感動で気絶しそうになる。


(か、可愛い‼)


 一見すると特別綺麗というわけでも華やかだというわけでは無く、目立つ方ではないかもしれない。だけどどこか不思議と印象に残る愛くるしさがあった。

 そう広くない廊下で行われている様々なパフォーマンスを目にしながら、どこか楽しそうな表情を浮かべる琴音ちゃんはまさに女神そのものだった。


(ああ、何て可愛いの。出来る事なら、このまま攫って行きたい)


 だけどその衝動をグッとこらえる。今はゲームであった通り、ちゃんと手順を踏んで琴音ちゃんとの出逢いを果たすんだ。

 目で追っていると、彼女は化学部の前で足を止める。入る気があるかどうかは分からないけど、今から行われる実験に興味を持ったみたいだ。


(あ、何だか小首を傾げている。きっとどんな実験をするんだろうって、考えてるんだ。だけどただそれだけの仕草なのに、どうしてこんなに目を奪われちゃうの⁉)


 実際に見た琴音ちゃんは、ゲーム画面の中にいた頃よりもずっと愛おしく思えた。ゲームでは琴音ちゃんの容姿は平凡と書かれていたけどそんなの絶対噓でしょ。

 壮一や空太もそうだったけど、ゲームでは顔アイコンや一部のスチルでしか見られなかった彼女が、ここならどの角度からでも見られるし、細かな表情の動きなんかも見て取ることができる。

 ああ、私はなんて幸せなんだろう、この世界に生まれて良かったと。出来ることならこのまま時間を止めてずっと琴音ちゃんを見続けていたい。

 だけどそんな至福の時間は長くは続かなかった。


「うわっ!」


 化学部の方から声が上がる。見ると何やらトラブルがあったのか、水槽に水を入れていたホースが、激しく暴れ出していた。

 暴れたホースからは依然として、水が出続けている。

 ここは校舎の中の廊下であり、屋外ではない。今までは出された水は全て水槽が受け止めてくれていたけど、暴れるホースのまき散らす水はそこを離れ、廊下をビショビショに濡らしていく。

 見ていた生徒達もトラブルが起きた事は分かったようだけど、皆ただ見るばかりで、誰も動こうとはしない。そう、アタシ一人を除いては。


「出会いイベントきた――!」


 思わず声を上げた。初めて見るリアル琴音ちゃんに心を奪われていたけど、実はこうなる事をアタシは知っていたのだ。この騒動もまた、ゲームであった出来事と全く同じだったのだから。そして、これから自分がどうすればいいかも分かっている。


「ちょ、旭。どこ行くの?」


 壮一が声を上げたけど、アタシの勢いは止まらない。

 琴音ちゃんとの運命的な出会いを果たすため、壮一の幸せな未来を掴むため、琴音ちゃんの方へと駆け出していた。

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