第6話 事情を知る者 4
長い回想が終わった。
とまあこんなわけで、アタシが決意を固めたその日に、空太という理解者を得ることが出来たわけで。それから時が流れて今に至るのだ。
高校入学は目前に迫っている。あの日からアタシは、強くなれたかどうかは分からない。しかし何にせよ、アタシの願いはあの日のまま。後は全力でぶつかっていくだけである。
そう言えば、空太にあな恋の話をしてから、もうすぐ二年になる。始めは半信半疑だった空太だけど、今は違う。中途半端に知られるよりはとことん話して信じてもらおうと開き直ったアタシは、次々と未来に起こる出来事を話しては的中させていった。
そうしているうちに空太もアタシの言っている事が嘘じゃないって理解していき、今ではすっかり信じてくれているのだ。
「いや、俺はまだ半信半疑だから」
ありゃ?アタシの熱弁に横槍を入れる用に突っ込まれたぞ。
長らく回想を懐かしんでいたけど、そう言えば高校の制服を着ていたところに、空太が訪ねて来てたんだっけ。それにしても。
「なによ、まだ信じてくれてなかったの?未来で起こる事を当てていったじゃない」
そりゃあこの二年の間は、時間軸で言えばあな恋の本編開始前。作中で語られていたエピソードの数もそう多くはなく、出来る予言も限られていたけど、それでもいくつかは当てていたのだ。
ハズレ無しの、的中率100%。それなのに信じてくれてないだなんて、アタシってそんなに信用無いのかなあ?
「なにもアサ姉が俺を騙してるだなんて思っちゃいないけどさ。ここがゲームの世界で、俺もキャラクターの一人だって言われてもねえ。これがアサ姉に予知能力があるって言うのなら、まだ信じたかもしれないけどさあ」
「そうは言っても、本当なんだから仕方ないじゃない。この世界は、何から何まであな恋と同じなのよ。まあ旭様に限って言えば、何故かアタシになっちゃってるんだけどね。本当は男子だったのに」
「前から思ってたけど、その『旭様』って言うのはどうかと思うよ。自分に様付けする痛い人にしか見えないから。そりゃあアサ姉にとっては別の人を指してるって言うのは分かるけど」
それも仕方がない。アタシだって同じ名前になってしまった事には違和感があるんだ。だからこそ『様』をつけることによって、意識の中で差別化を図っているのである。
「まあとにかく、空太だってもう少ししたら、アタシの言ってる事が嘘じゃないって分かるわよ。だって高校に入ったら、いよいよあな恋の本編が始まるんだもの。高校で琴音ちゃんがいたら、さすがに信じてくれるわよね」
「さあてね。事前にそんな名前の子が入学してくるって調べてればすむ話だし」
「疑り深いなあ、まあいいけど。とにかくアタシはその子と壮一をくっつけたいの。そうだ、何かあったら、空太も協力してくてな……」
協力してくれない?そう言おうとして、はたと自分が犯した過ちに気付いた。
「……ごめん、無神経な事言った。空太だって攻略対象キャラだもんね。琴音ちゃんとくっつきたいって思ってるよね。なのにあたし、壮一とくっつけるだの、協力してだの言ってしまって……」
しでかした事の愚かさに気付き、思わず膝と両手を床につく。こんな酷い事を言われて、空太はさぞ傷付いたに違いない……
「いや、そもそも俺は琴音って人のこと知らないし。ヒロイン?なにそれって感じだから」
あれ、思っていた反応と違うなあ。そりゃ確かに琴音ちゃんとは面識が無いけど、攻略対象キャラなんだからてっきり、まだ見もしない琴音ちゃんに思いを馳せているのかと思っていたよ。
「そんな見ず知らずの人じゃ、好きになり様も無いし。そんなに良い子なの?」
「良い子なんてもんじゃないわよっ!」
そうか、空太は琴音ちゃんがどんな子かも知らないから、こんなにも反応が薄いのか。けど琴音ちゃんの良さを知らないだなんて、これはあまりに勿体無い。
アタシはスカートを翻し、声を大にして叫んだ。
「琴音ちゃんはね、すっっっごく良い子なの!アタシの一押しキャラは『旭様』。その次に壮一を押していたって事は、前にも言ったわよね。だけどそれはあくまで攻略対象キャラの話。ヒロインの琴音ちゃんもその二人に負けないくらいに素晴らしい!もしヒロインが琴音ちゃんでなかったら、アタシはきっと、ここまであな恋にハマってなかったわ」
「そ、そんなに?いつも崇拝している『旭様』や、あのソウ兄並みにアサ姉が気に入ってるって事?」
「そうなの。琴音ちゃんの素晴らしさを説明するには、まず『春風ルート』について語る必要があるわね。実はこのルート、旭様と壮一が琴音ちゃんを巡っての三角関係になっちゃう話なの。名の由来は、旭様と壮一の、それぞれの名前の頭文字をとっているわ」
「なるほど、春乃宮の『春』と風見の『風』で『春風』ね。そう言えば俺の学年にも、アサ姉とソウ兄を『春風コンビ』って呼んでるやつがいたっけなあ」
そりゃそうよ。『春風コンビ』という名称はあな恋の作中でもたびたび登場した、見目麗しい旭様と壮一につけられた通称なのだから。だけど、その二人の美しい友情が揺らいでしまうという大事件が起きるのが、この『春風』ルートなのだ。
「旭様も壮一も、琴音ちゃんの事を好きになっていって。だけどいつも隣にいた親友も同じ気持ちだって事にも気づいて。友情を取るか自らの恋心を取るかで悩み、段々とその仲もギクシャクしていったの。あんなにも仲の良かった二人の関係が変わっていくのは見ていて胸が痛んだし、大喧嘩をしたシーンなんかは私も琴音ちゃんと同じく涙を流しわ。二人だって喧嘩はしても互いの事を嫌いになったわけじゃなくて。それ故により苦悩して、傷ついていって……」
「ストップ!」
調子よく喋っていたアタシに、空太が待ったをかける。なによ、まだ話の途中でしょう。
「長いよ!それに何だか熱意がコエ―よ。そもそもこの調子じゃ、いつになったらその琴音って人が出てくるんだよ。ほとんどソウ兄達の話じゃねーか」
「ちゃんとこれから出てきて大活躍するのよ。琴音ちゃんの事を聞きたくて仕方が無いのは分かるけど、もう少しだから我慢して」
「信用できねーな。いいからさっさとその子の話をしてよ。でないと、話聞いてあげないから」
むう、仕方ないわねえ。じゃあ、かいつまんで説明してあげよう。
『旭様』と壮一の仲が悪くなったことで、一番傷付いたのは実は琴音ちゃんだった。
琴音ちゃんだって何も望んで二人の関係を崩したわけじゃない。ただ純粋に相手に惹かれ、距離を縮めていった結果そうなっただけなのだ。二人の間に立つことになった彼女もまた、同じように悩み苦しんだ。そんな彼女をどうして責めることができるだろう。
そして琴音ちゃんは、壊れかけた二人の仲を取り持とうと必死に頑張った。泣きながら二人にこのままでいいのかと訴え奮闘する姿は、とても健気で、いじらしくて、可憐で、可愛いかった。
そんな琴音ちゃんの頑張りもあって二人は無事仲直りをするのだけど、その時アタシは感動のあまり涙で曇った画面に向かって割れんばかりの拍手を送っていた。『旭様』や壮一だけでなく、琴音ちゃんを含めた三人にだ。
二人の友情が崩れた原因が彼女にあるというのなら、それを修復し、より強固なものにしたのもまた彼女だ。あの時の感動は三人のうちだれが欠けても味わうことはできなかった。
というわけで琴音ちゃんこそまさに理想の女性。いや天使、女神だ。あまりに可愛くていい子なものだから、もういっその事二人とも幸せにしちゃえと何度思っただろう。逆ハーレムなんてドンと来いだ。
最終的には琴音ちゃんと結ばれるのはどちらか一人になるのだけれど、その時選ばれなかったもう一人も、心から二人の事を祝福してくれて、ゲームはエンディングを迎える。
以上があな恋における『春風』ルートの概要である。ああ、思い出したらまた涙が出てきた。三人とも本当に素敵だったよ。これに感動したからこそ、三人はアタシの中で最押しキャラとなり、来世にまでその記憶を引き継ぐ事になったんだ。
ふう、一気に話しを終えた。
さあ、どうだ空太。これで琴音ちゃんがいかに良い子か分かっただろう。するとドヤ顔で胸を張るアタシを見ながら、空太は一言。
「つまり、喧嘩した二人を頑張って仲直りさせた優しい子って事ね」
「軽っ!アタシの熱弁がそれだけで集約されちゃうの?文章にしたら一行も無いよ」
「だって実際にその琴音って人を見たわけじゃないから、今一つ実感が無いんだもの。アサ姉の男版の『旭様』やソウ兄は何となくイメージつくけど、肝心のその子はちょっとねえ」
なんてことを言うのだこの子は?アタシの熱弁を返せ!
「そんなぁ、琴音ちゃんの素晴らしさを分かってくれないなんて。アンタそれでも攻略対象キャラクター?そんなんだからアタシ的好感度で春風コンビと琴音ちゃんよりも下だったんだよ。わかる?四位以下。オリンピックだったらメダルをとれていないんだよ」
「心底どうでもいい!」
空太はもう何度目になるかもわからないため息をつきながら、疲れた様子でアタシを見る。
「ねえ、そのゲームに出てきた本家『旭様』ってのも、アサ姉みたいな暴走機関車みたいな人だったの?」
その物言いにカチンとくる。いくら知らないとはいえ、言っていい事と悪い事がある。アタシを旭様を比べるなんて、なんておこがましい。
「そんな訳ないでしょ!旭様は常に優雅で落ち着き払っていて、完璧なお人だったわよ」
「だったら少しは見習おうよ!前世を語る時のアサ姉には何度ドン引きさせられた事か」
「そんな簡単にマネできたら苦労しないわよ。そりゃあアタシだって頑張っているけど、やっぱり『旭様』のハードルは高い……って、そもそも誰が暴走機関車よ!」
「ツッコミ遅っ!」
結局アタシがいくら熱心に説明しても、空太は旭様の素晴らしさも、琴音ちゃんが如何に良い子なのかも今一つ分かってくれなかった。やはりあな恋の素晴らしさと言うのは、実際にプレイした物にしか分からないという事だろうか。
まあそんなこんなで、アタシと空太はグダグダと口喧嘩を始めてしまい、お茶が冷めると壮一が呼びに来るまで言い争いは続くのだった。
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