第5話 事情を知る者 3
棺に横たわっているのは、壮一のお父様とお母様。顏についた大きな傷が、事故の激しさを物語っている。アタシは呆然としながら、そんなご両親のご遺体を眺める壮一に目を向ける。
「壮一……ごめん」
力の無いアタシの声に、喪服姿の壮一が振り返る。そして辛いはずなのに、こんな時でさえアタシを元気づけようと笑顔を作ってくる。
「どうして旭が謝るの?むしろ俺は、感謝しているよ。こんな立派な葬儀を開いてもらえて、父さんも母さんもきっと喜んでいるよ」
違う。葬儀を開いたのはアタシのお父様。アタシは、何もできなかったのだ。
壮一のお父様もお母様もとても優しくて、アタシは二人を死なせたくなかった。事故を回避するため、アタシは陰ながら頑張ってきた。その日は車に乗らないでとお願いしたり、用事を頼んで外に出ないよう画策したりした。
当日壮一は、アタシのピアノの発表会に付き合ってくれて、そのせいで両親の死に目に会うことが出来ないということも、前もって分かっていた。
だから来なくても良いよと言おうかとも思ったけど、もしかしたらそのせいで壮一まで一緒に車に乗って、そのまま事故に遭う可能性も否めなかった。
何せあな恋では事故に遭う日は分かっていても、どこに向かおうとして何時に事故に遭うかという細かい事までは語られていなかったから。下手をして被害を広げることだけは避けたかった。
結局壮一はアタシに付き合ってくれて、そしてご両親は帰らぬ人となってしまったのだ。
こうなる事は分かっていたのに、助けたかったのに、アタシは無力だった。そう思うと目頭が熱くなり、大粒の涙が零れてくる。
「ごめんっ、ごめんね壮一っ。何もできなくて」
泣きじゃくるアタシを前にしても、壮一は相変わらず優しいままで。まるで子供を慰めるようにそっと頭を撫でてくる。
「そんなこと無い。旭は、俺の代わりに泣いてくれてる。それだけで十分だよ」
「でもっ……」
「旭がいてくれるから、俺は大丈夫でいられるんだよ。だからありがとう、旭」
……違う。
本来壮一を励ますはずの旭様は、この世界にはいない。アタシが、その座を奪ったから。
望んでそうなったわけじゃない。だけど本当の旭様なら、もっと壮一の力になれたんじゃないか。傷を癒してくれたんじゃないか。そう考えると、どうしても自責の念にかられてしまう。
「アタシがっ、アタシが壮一を幸せにするっ!」
「えっ?」
珍しく壮一が呆けた顔をする。だけどアタシはそれを気に留める余裕もなく、胸に秘めた言葉を紡いでいく。
「絶対に壮一を一人にさせたりしない!悲しいって思う暇がないくらい、すっごく幸せにするっ。絶対絶対、幸せにするからっ!」
嗚咽交じりの拙い言葉で、思いの丈を吐き出していく。
壮一はこんなアタシを、いったいどう思っているだろう。出来もしないことを言っているって、内心笑っているかもしれない。
確かにアタシは旭様みたいに何でも出来たりはしない。だけどこの誓いだけは、必ず果たして見せる。きっとそれが、アタシがこの世界に転生した理由なのだから。
壮一の手が背中に回り、強い力がかかる。抱きしめられているのだと気づいて顔を上げると、そこには微笑んでいる壮一がいた。
「本当にありがとう。旭がそう言ってくれるだけで、俺はもう十分幸せだよ」
本当に満足そうな壮一。だけど、こんなんじゃまだ全然足りない。壮一を本当に幸せにできるのは、旭様のニセモノであるアタシじゃなくて、ヒロインである琴音ちゃんだけだろう。だから、二人を必ずくっつける。
幼いころから抱き続けてきた夢は、ここにきて再度燃え上がった。
葬儀のあったその日の夜、部屋で沈んでいたアタシの下に、空太が訪ねてきた。
実はというと、この時まで空太にあな恋の話をしてしまった事を、アタシはすっかり忘れてしまっていたのである。話した時は酔っぱらっていたし、事故を防げなかったショックもあったから、思い出す余裕が無かったのだ。
空太も壮一の御両親の死には心を痛めているようで、部屋に通されてからもしばらくは何も言わずに、重苦しい沈黙が続いた。
しかしこのままでは埒があかないと思ったのか、意を決したように尋ねてくる。
「なあ、アサ姉は前に、ソウ兄のお父さんとお母さんが事故で亡くなるって言ってたよね。どうして分かってたの?」
おそらく空太は、事故の知らせを聞いた時から、ずっと気になっていたのだろう。だけどアタシは、その問いにすぐに答えることが出来なかった。
真っ直ぐに見つめてくるその目が、まるで『どうして助けてあげなかったの?』と責めているような気がして。返事をすることが出来ない。
もちろん空太にそんなつもりは無かったのだろうけど、後悔に苛まされていたアタシにとっては、そのまなざしが鋭いナイフのように思えた。そして……
「うっ、うっ、うわああああぁぁぁぁんッ!」
気が付けばまた大号泣。急に泣かれてしまった空太は途端にオロオロしながら。アタシに駆け寄ったはいいけど、どうしたら良いか分からずに困っている様子。
「ちょっ、ちょっとアサ姉。どうしたのさ一体?」
「ごめんなさい、助けてあげられなくてっ」
昼間壮一に言ったのと同じように、懺悔の言葉を口にする。
そして吐露はそれだけにはとどまらず。先ほど問われた事故が起こると知っていた理由についても吐き出した。
前世の記憶に、乙女ゲームの世界。前は全く信じていなかった空太だけど、今回は真剣に耳を傾けている。
アタシは事故を防げなかった自分の無力さを嘆き、気が付くと壮一とまだ見ぬ琴音ちゃんをくっつけて、壮一には幸せになってもらおうと考えている事まで、全てを打ち明けてしまっていた。
話を聞いた空太は難しい顔をしていたけど、やがて静かに口を開く。
「ソウ兄とそのヒロインの子をくっつけるって、アサ姉は本当にそれで良いの?自分がくっつきたいとは思わないわけ?」
「……うん。だってアタシと琴音ちゃんがくっついたら、アブノーマルな百合展開になっちゃうじゃない。そんなの駄目よ」
「いや、俺が言いたかったのはそっちじゃなくて。ソウ兄が誰かとくっついても構わないのかって事。アサ姉、あんなにソウ兄と仲が良いのに」
「仲が良いって言っても、本物の旭様と壮一の仲に比べたら全然よ。だけど琴音ちゃんの件だけは、親友として何とかしないと」
何せ攻略対象キャラは壮一だけでは無いのだ。もしかしたら他の誰かが、琴音ちゃんを掻っ攫って行かないとも限らない。
「それで、後悔はしないの?」
「どうして後悔するの?壮一を幸せにできるんだよ。旭様だって、きっとそれを望んでいるよ」
「俺はその本物の旭様ってのを知らないからなんとも言えないけど。まあアサ姉がそれで良いって言うなら構わないけどさ……」
空太はため息をついた後、涙がつたうアタシの頬をそっと撫でる。
「だったら泣いてばかりいたらダメでしょ。ソウ兄を幸せにしたいなら、もっと強くならなくちゃ」
「空太……」
泣いている女の子を慰めるわけでなく檄を飛ばす。あな恋でも空太はこういう子だった。
年下なのに時折妙に格好良い事を言ってきて。優しい言葉で癒してくれるのではなく、何をすべきかをはっきりと口にする。どうやらそんな男前な所は、今世でも変わらないようだ。
アタシは涙を拭って、顔を上げた。
「わかった。空太の言う通り、泣くのはもうやめにする。もっと強くなる」
全ては壮一の為に。待っててね壮一、アタシが責任もって、琴音ちゃんとくっつけてあげるからね。
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